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3章
3.伯爵令嬢襲撃事件 その3
しおりを挟む頑丈な縄で縛り上げられ、馬車の前に並べられた四人の男たち。
その前で仁王立ちになり、睨みをきかせているのはダリア付きのメイド、キティである。
「俺たちは何も知らねえ。それに俺たちは別に悪だくみなんて、なんにも」
「馬車をぶつけたのは謝るよ。でもこんな大事になるなんて一言も聞いてな……あっ!」
うっかり口を滑らせた男のあごを、ダリアは鞭の先で持ち上げた。
「伯爵家の人間に危害を加えようとしたなんてバレたら、あなたたちの首はその体とすぐにお別れね。たとえ未遂でもね。……一体その命と引き換えに、いくらのはした金で雇われたのかしら。かわいそうねぇ」
ダリアの言葉に、男たちは震えあがった。
「そんな……俺たちはただ当面の酒代になると思って。それにちょっとあんたを連れ出して傷物にすれば、今後も何かれば雇ってやるって言われて……それで」
「貴族の中でも評判の悪い悪役令嬢だから、誰も罪には問わないって……。それに殺さずに人前に出れないように顔を傷つけて、薬を飲ませるだけでいいって」
ごにょごにょと弁解を続ける男たちの話では、命まで狙えとは依頼されていなかったようである。
が、男爵のことだ。少なくとも婚約者候補から脱落せざるを得ないくらいのけがなり、状況を狙っていたはずである。
「ありました!拘束用の縄とナイフ、それにお金がたっぷり入った袋も。……えっと、中に薬が入ってます。これは先日マリエラ殿が男爵から渡されたっていう、あの薬と同じものです」
思った通りである。
つい先日、マリエラが男爵にダリアに仕込むよう命じられたという薬の分析結果が判明していた。
娼館などで秘密裏に売買されているその薬は、子を成せないようにするためのものだ。大量に服用しなければ命には関わらないため、毒薬とは言えない。だが、その後二度と子どもは望めなくなる。
もしダリアがこの薬を盛られたとしたら、伯爵家のたったひとりの跡継ぎであるダリアの代で伯爵家は終わりを迎えることになる。伯爵家の未来を潰すには、もってこいだろう。
「もしさほどのけがを負わせられなくても、薬なら足がつきにくいしじわじわと私を社会的に抹殺できるというわけね。伯爵家の将来も潰せるし。男爵らしいわ」
「それで、どうします?ダリアお嬢様を狙った時点で、私は死罪でいいと思いますけど」
キティは純朴なかわいらしい見た目とは違って、性格はいたって強気である。その辺の男などよりはるかに、腕っぷしも強い。
自分たちよりもはるかに小柄でかわいらしいキティの、今にもこの場で刺し殺しかない冷え冷えとした視線に、男たちは今にも泣きそうである。
「どうする?あなたたち。今ここでこちらに寝返れば、罪は軽くしてあげましょう。それにこちらの指示通り動いてくれれば、給金を出すわ。そうね、これくらいでどうかしら」
ダリアが提示した金額に、男たちはころりと180度態度を変え、完全に寝返った。
なんでも協力しますという男たちに、ダリア側が指示したことは三つだった。
まずは、襲撃は成功し二度と表舞台には出れないほどの傷を負わせたと説明すること。
二つ目は、証拠として、男爵にダリアと同じ黒髪の束と血まみれのドレスの一部を渡すこと。
そして、必要があればまた手を貸すと約束して男爵を油断させること。
この三つを約束させた。もちろん監視の目がいつでも光っていることをキティが伝えると、男たちは絶対に裏切らないと固く誓った。
そして男たちはへこへこと頭を下げながら、男爵のもとへと戻っていった。
「疑われませんかね。髪の毛はかつらですし、見る人が見れば偽物って分かると思うんですけど。なんといっても、ダリア様の黒髪は極上の美しさですもん」
ダリアのそばで仕えることを、生きがいと豪語してやまないキティらしい発言である。
「大丈夫よ。それにあんな血まみれのドレスと一緒に渡せば、すぐに持ち去るように命令するに決まってるわ。自分の手元にそんな証拠をわざわざ置いておくほどは、さすがに馬鹿じゃないでしょう」
ダリアはそう言って、キティを呆れたような目で見た。
(どうしてかマリエラを見ていると、キティと同じ匂いを感じるのよね。なんというか、上手く言えないけれど自分に対して熱量を感じるというか……。気のせいかしら)
ダリアはマリエラを男爵の企みを共有して以来、マリエラを心から信頼していた。
情に熱くて正義感も強くて、たくましさもある。孤児院の子どもたちをとても大切に思っているし、人生を自分の力で切り開く力を持っている。
まるでその体から、生命力がわき出しているように感じられて眩しいほどだ。
そんなたくましく強さと優しさを持ったマリエラを、ダリアは気に入っていた。
(でもまぁ、推しとかなんとか、少し変った発言をすることもあるけれど。推しって何かしら。そう言えばキティも以前にそんなことを言っていたような……?)
ダリアはそんなことを考えながら、伯爵家に向けて馬を走らせるのだった。
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