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1章

15.身辺調査

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「じゃあお嬢様、いいですね、何かあったらすぐ笛を吹いてくださいね。すぐに飛んでいきますから。絶対ですよ」

 こうして念押しされるのは、これで七回目。 
 ダリアは「分かったから。ほら、さっさと仕事仕事」と、メイドのレティを通りの向こうへと押しやった。

(やれやれ、やっと調査をはじめられるわ。まずはこの店からね)

 マリエラについての聞き込みをするにあたって、ダリアはシンプルな綿のワンピースと後ろでさっとまとめた髪型といういで立ちである。この姿なら、伯爵令嬢と思う者はいないだろう。 

 ダリアは目の前の建物に目を向ける。
 古ぼけた看板はいつから手入れされていないのか、店の名前が消えかかっている。商売に身を入れていないことは、明らかだ。

 ダリアは、メイドのレティを伴って町はずれの住宅街を訪れていた。

 この辺りは、治安がいいとはお世辞にも言えない。キティが自分を一人で残していくのをためらうのも無理はない。近くには娼館やガラの悪い男たちがたまり場にしている飲み屋などが、ひっそりと営業している。
 そこを、ダリアは歩いていた。

 マリエラが暮らしていたのは、そんな町はずれの一角だった。

 ゴルドア男爵が、母親を病で亡くしひとりになったマリエラを屋敷に娘として迎えたのは今から一年前。自分の血を分けた子であるマリエラを引き取り、男爵家の令嬢として公表したのだ。

 噂によれば、母親を亡くした後この酒店の二階で住み込みでメイドとして数か月ほど働いていたらしい。
 
「ごめんください。ちょっとお尋ねします。どなたかいらっしゃいますか」

 軋むドアを開けて、声をかける。

「なんだい、あんた。あんたみたいな金のなさそうなガキがくるところじゃないよ」

 しわがれた声のでっぷりと太った中年女性が、ダリアを値踏みするようにつま先から頭のてっぺんまでじろりと見る。どうやらこれが、ここの女主人のようだ。
 ダリアは、その口から酒の匂いを感じ取った。こんな明るい時間からすでに酔っぱらっているらしい。

「あの、友達を探しているんです。最近見かけなくなって。ここに住んでるって聞いてたから、それで」
「うちにはそんな子いな……ん?あ、あぁ。あんた、マリエラの友だちかい」

 一瞬何かを思い出したように、女の顔つきが変わった。

「マリエラならもうここにはいないよ。あの子は、男爵様のとこに引き取られたのさ。なんといってもあの子はゴルドア男爵様の娘なんだからねぇ」

「でも父親はいないって。男爵様なんてそんなまさか」

 ダリアは女の言葉に驚いたふりをして、信じられないと首を振って見せた。
 女はぺらぺらとしゃべり続ける。

「あたしだって驚いたさ。でもねぇ、あの子は正真正銘貴族のお嬢様なんだよ。ゴルドア男爵様を父親に持つ、れっきとしたね。はじめからなんか品があるっていうかさ、ただのここいらの子どもじゃないとは思ってたんだよ。あたしは」

「いつお屋敷に?」

 ダリアがそう尋ねると女はしばし間をおいて、口ごもりながら答えた。

「えっと……、確かあれは一年前だったかねぇ、いや、もっと前だったかしら。とにかくある日、男爵様の使いって人があの子を迎えにきたのさ。それっきり、あたしはあの子に会ってないんだ。きっと今頃は、何不自由のないいい暮らしをしていることだろうさ」

 そう言って女は、ひひひ、と下卑た笑いを口元に浮かべながら臭い息を吐き出した。

 ひと通り話を聞き出し、ダリアは店の外に出た。体に酒の匂いが染みついたような気がして、思わず服を手で払う。

 女は疑いもせず、こちらの質問にぺらぺらと答えてくれた。まるで、事前に誰かが聞きに来ることを想定していたかのように。変化があったのは、マリエラが男爵に迎えられた日がいつだったかと尋ねた時くらい。

「次は、あの通りね」

 次にダリアが向かったのは、細い路地にある小さな家だった。
 ドアをノックするまでもなく、男はでっぷりと太った腹をみっともなく突き出して、玄関先で煙草をくゆらせていた。

「こんにちは。マリエラという子を探してるんですが、今どこにいるのか分かりませんか?」

 ダリアは、単刀直入に切り出した。男はねっとりとした嫌な目つきでダリアを一瞥すると、小さく笑った。

「あの娘っ子なら男爵様のところさ。あんた、あの子に何の用だ」

「友達です。急に姿が見えなくなったから、どうしたのかと思って探しているの」

 男の目がじっとこちらを警戒するように光った。どうやらダリアを観察しているようだ。

「お前、本当にマリエラを知っているのか。なんで俺のとこに来た?」

「この辺で見かけたって話を聞いてここに来たのよ。あの子に借りてたものがあって、それを返したいの」

 明らかに男は、こちらを不審の目で見つめていた。さっきの女主人よりも、この男からは嫌な予感がする。

「……ふん。向こうはもういい暮らしをしてるんだ。お前なんかもう相手にされるもんか。さっさと帰んな」

 男はそれ以上、話す気はないようだった。ダリアはすぐに路地を出るとレティと合流し、得た情報を共有した。

「誰もマリエラをよく知る人間がいませんね。一年前に男爵が迎えにきたとだけ。でもその前の所在を誰も知らないし、母親のことも誰も知らないみたいです。まるで急に現れて、また急に消えたみたい」

 レティによれば、マリエラがこの町にきたのは今から一年と半年ほど前のこと。この辺りで暮らしていたのはたった数か月という短い期間だ。それ以前にどこで何をしていたのか、母親はどんな人間だったのかを知る人間はだれ一人いなかった。
 そんなことがあるだろうか。

 ダリアは、マリエラがここに住んでいたというのは作り話だと確信した。

(その証拠にさっきの男があとをつけてきているし、ね)

 ダリアとレティのあとを気配を隠しながら、先ほどの男がつけてきている。おそらくはこのあと、マリエラについて探し回っている人間がいると、男爵のもとに報告しにいくのだろう。

「レティ」

「分かってます。お嬢様は先にお屋敷へ。私はあとで戻ります」

 ダリアはレティとともに人混みに紛れ込み、レティと別れて先に伯爵家の屋敷へと戻った。きっと一時間もすれば、男のあとを追跡したレティも帰ってくるだろう。

 ダリアは、マリエラがくれたハンカチをそっと撫でながらため息をついた。

「やっぱり偽物だったのね……。残念だわ」

 自分の予想が当たってしまったことに、どこか落胆の色を隠せないダリアだった。
 



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