8 / 8
8
しおりを挟む
何とも言えぬ後味の悪さに、皆一様に沈黙し場の空気は沈んでいた。そこに、重臣の一人が国王に恭しく声をかけた。
「陛下。用意が整いましてございます」
うむ、と小さく頷き国王がリカルドに視線を移すと、それにリカルドもまた小さく頷き返す。それは、次なる舞台のはじまりの合図だった。
高らかなラッパの音とともに会場の大きな扉がゆっくりと開き、そこから次々と他国の要人たちが華やかな衣装を身にまとい入場してくる。皆何が始まるのかとどよめき、ざわざわとその様子をうかがった。
要人たちが次々に玉座の前に歩み出て、挨拶をするための列を作る。それが一通り終わった後、国王がリカルドを呼んだ。
それに応え、リカルドがゆったりとした足取りで近づくと玉座の前にひざまずく。先ほどまでのざわめきが嘘のように、場がしんと静まり返った。
「今日この時より、我が国の次期王位継承者はこのリカルドとなる。この場を借りて、その命を与えるものとする。異存のある者はあるか! あれば今すぐに申し出よ」
国王の威厳に満ちた厚みのある声が、朗々と響いた。当然のことながら、それに異を唱える者などいようはずもない。
静寂に包まれていた会場から拍手が起こり始め、それは大きなうねりのある波のように広がり、轟音のような大きな拍手とともに満場一致で認められた。
「リカルド、そなたをこの国の未来を担う王子として正式に認める。その日までこの国のため身を粉にして大いに励め。良いな」
リカルドが恭しく首を垂れ、胸に手を当て忠誠を誓った。
「そして伯爵家長女、フローラ。ここへ」
続いて呼び出されたフローラがリカルドの少し後ろに控えると、リカルドが優雅な仕草で立ち上がりその細く小さな手を取った。
「フローラ、あなたに正式に婚約を申し込みたい。幼い頃より私はあなたを妻にしたいとずっと願ってきた。どうか私の手を取り、ともにこの国の未来を支えてはくれないだろうか」
リカルドの甘い表情をにじませた真摯なその姿に、フローラの頬が染まる。まだ恋など知らぬ幼い頃、初めてその手を握ったその瞬間に、フローラもまた唯一の人だと感じていたのだ。とうに返事は決まっていた。
フローラは、輝くばかりの笑みを浮かべて片足を引き頭を垂れた。
「謹んでお受けいたします。恥ずかしくないよう、この生涯を賭してお支えすることを誓います。リカルド王子殿下」
湧き上がる大歓声と拍手が、渦のように会場を包み込んだ。
「さあ! これからこの場はこの国の未来を祝う宴の席となる。皆存分に楽しんでいくがよい」
その一声で、楽隊が楽器を手に取り一斉に軽やかな音楽を奏で出す。
「フローラ。さぁ手を」
リカルドに誘われて、フローラは少し恥ずかしそうにけれど嬉しそうに頬を染めて中央に歩み出る。二人は観衆のあたたかい視線に見つめられながら、くるりくるりと軽やかな動きで踊り出す。
「いやぁ、この先もどうやら安泰なようですな。憂慮を見事取り払ったその手腕、見事でございました。今後とも我が国とも末永くお付き合い願いたいものですな」
「誠に。実に鮮やかでございました。我が国ともなにとぞ懇意に願います」
各国の要人たちから似たような言葉が飛び出し、国王はその胸のわずかに走る痛みを覆い隠し威厳のある表情で頷いた。
いつの世も、国が傾けば民が犠牲になる。今回の断罪は、隣国との政治問題が絡む事態にまで進んでしまったために、なんとしても隣国との悪しきつながりなどないことを各国に証明し、この国の未来が盤石であることを各国に示す必要があった。そのために痛みを伴う結果にはなったが、それも国を思えば致し方ない。
国王の視線の先で、未来の国王とその王妃が幸せそうに笑う。あの二人ならばきっとこの国を安寧に守り続けてくれるに違いないと、国王は安堵する。
一瞬も視線を外すことなく熱い視線で見つめ合うリカルドとフローラを、ミルドレッドがうっとりと夢を見るような表情で見つめる。そこに一人の青年が近づき、声をかけた。
「ミルドレッド嬢」
振り向いたミルドレッドの前に立っていたのは、すらりとした長身の銀髪の青年だった。その身なりからすぐに隣国の第二王子と気づき、ミルドレッドは慌てて腰を折った。
「はじめまして。どうか私と一曲踊っていただけませんか?」
甘く微笑まれ、ミルドレッドの顔が赤く染まった。まるで夢を見るような表情で相手を見つめたままホールへと手を引かれ、ダンスの輪に加わるとくるりくるりと踊り出す。
気づけばリカルドとフローラが、隣で踊りながらミルドレッドと隣国の第二王子に笑顔を向けていた。
「フローラお姉様!」
ミルドレッドがはにかみながら、弾んだ声でフローラに呼びかける。
「ミルドレッド。実はこの男はね、君の絵姿を見て以来ずっと君に恋焦がれていたんだよ。やっと君に会えるとそれはもううるさくて大変だったんだ。少し抜けたところもあるがいい男だし、結婚相手としてお薦めするよ」
リカルドがそう言って、からかうような表情を浮かべ笑った。
「リカルド、余計なことを言わないでくれ。本気なんだぞ」
王子が慌てたようにリカルドを制するも、その顔は赤い。それに釣られるようにミルドレッドの顔もまた真っ赤に染まる。照れ合う初々しい二人に、フローラとリカルドが邪魔をしないようにとまた離れていく。
「妹の婚礼姿も、そう遠い日ではなさそうね」
長く続いた重い役目から解放され、晴れやかな顔でフローラが笑う。
「私としてはぜひその前に、君と幸せになりたいな。私も、この日をもうずいぶん待ち焦がれていたからね」
心からの愛情をその目に乗せて熱く見つめられ、フローラは目を潤ませうなずく。
その夜、国の未来を祝う宴は遅くまで続いた。音楽が軽やかに鳴り響き、いつまでも明るい表情と笑い声とがあふれていた。
「陛下。用意が整いましてございます」
うむ、と小さく頷き国王がリカルドに視線を移すと、それにリカルドもまた小さく頷き返す。それは、次なる舞台のはじまりの合図だった。
高らかなラッパの音とともに会場の大きな扉がゆっくりと開き、そこから次々と他国の要人たちが華やかな衣装を身にまとい入場してくる。皆何が始まるのかとどよめき、ざわざわとその様子をうかがった。
要人たちが次々に玉座の前に歩み出て、挨拶をするための列を作る。それが一通り終わった後、国王がリカルドを呼んだ。
それに応え、リカルドがゆったりとした足取りで近づくと玉座の前にひざまずく。先ほどまでのざわめきが嘘のように、場がしんと静まり返った。
「今日この時より、我が国の次期王位継承者はこのリカルドとなる。この場を借りて、その命を与えるものとする。異存のある者はあるか! あれば今すぐに申し出よ」
国王の威厳に満ちた厚みのある声が、朗々と響いた。当然のことながら、それに異を唱える者などいようはずもない。
静寂に包まれていた会場から拍手が起こり始め、それは大きなうねりのある波のように広がり、轟音のような大きな拍手とともに満場一致で認められた。
「リカルド、そなたをこの国の未来を担う王子として正式に認める。その日までこの国のため身を粉にして大いに励め。良いな」
リカルドが恭しく首を垂れ、胸に手を当て忠誠を誓った。
「そして伯爵家長女、フローラ。ここへ」
続いて呼び出されたフローラがリカルドの少し後ろに控えると、リカルドが優雅な仕草で立ち上がりその細く小さな手を取った。
「フローラ、あなたに正式に婚約を申し込みたい。幼い頃より私はあなたを妻にしたいとずっと願ってきた。どうか私の手を取り、ともにこの国の未来を支えてはくれないだろうか」
リカルドの甘い表情をにじませた真摯なその姿に、フローラの頬が染まる。まだ恋など知らぬ幼い頃、初めてその手を握ったその瞬間に、フローラもまた唯一の人だと感じていたのだ。とうに返事は決まっていた。
フローラは、輝くばかりの笑みを浮かべて片足を引き頭を垂れた。
「謹んでお受けいたします。恥ずかしくないよう、この生涯を賭してお支えすることを誓います。リカルド王子殿下」
湧き上がる大歓声と拍手が、渦のように会場を包み込んだ。
「さあ! これからこの場はこの国の未来を祝う宴の席となる。皆存分に楽しんでいくがよい」
その一声で、楽隊が楽器を手に取り一斉に軽やかな音楽を奏で出す。
「フローラ。さぁ手を」
リカルドに誘われて、フローラは少し恥ずかしそうにけれど嬉しそうに頬を染めて中央に歩み出る。二人は観衆のあたたかい視線に見つめられながら、くるりくるりと軽やかな動きで踊り出す。
「いやぁ、この先もどうやら安泰なようですな。憂慮を見事取り払ったその手腕、見事でございました。今後とも我が国とも末永くお付き合い願いたいものですな」
「誠に。実に鮮やかでございました。我が国ともなにとぞ懇意に願います」
各国の要人たちから似たような言葉が飛び出し、国王はその胸のわずかに走る痛みを覆い隠し威厳のある表情で頷いた。
いつの世も、国が傾けば民が犠牲になる。今回の断罪は、隣国との政治問題が絡む事態にまで進んでしまったために、なんとしても隣国との悪しきつながりなどないことを各国に証明し、この国の未来が盤石であることを各国に示す必要があった。そのために痛みを伴う結果にはなったが、それも国を思えば致し方ない。
国王の視線の先で、未来の国王とその王妃が幸せそうに笑う。あの二人ならばきっとこの国を安寧に守り続けてくれるに違いないと、国王は安堵する。
一瞬も視線を外すことなく熱い視線で見つめ合うリカルドとフローラを、ミルドレッドがうっとりと夢を見るような表情で見つめる。そこに一人の青年が近づき、声をかけた。
「ミルドレッド嬢」
振り向いたミルドレッドの前に立っていたのは、すらりとした長身の銀髪の青年だった。その身なりからすぐに隣国の第二王子と気づき、ミルドレッドは慌てて腰を折った。
「はじめまして。どうか私と一曲踊っていただけませんか?」
甘く微笑まれ、ミルドレッドの顔が赤く染まった。まるで夢を見るような表情で相手を見つめたままホールへと手を引かれ、ダンスの輪に加わるとくるりくるりと踊り出す。
気づけばリカルドとフローラが、隣で踊りながらミルドレッドと隣国の第二王子に笑顔を向けていた。
「フローラお姉様!」
ミルドレッドがはにかみながら、弾んだ声でフローラに呼びかける。
「ミルドレッド。実はこの男はね、君の絵姿を見て以来ずっと君に恋焦がれていたんだよ。やっと君に会えるとそれはもううるさくて大変だったんだ。少し抜けたところもあるがいい男だし、結婚相手としてお薦めするよ」
リカルドがそう言って、からかうような表情を浮かべ笑った。
「リカルド、余計なことを言わないでくれ。本気なんだぞ」
王子が慌てたようにリカルドを制するも、その顔は赤い。それに釣られるようにミルドレッドの顔もまた真っ赤に染まる。照れ合う初々しい二人に、フローラとリカルドが邪魔をしないようにとまた離れていく。
「妹の婚礼姿も、そう遠い日ではなさそうね」
長く続いた重い役目から解放され、晴れやかな顔でフローラが笑う。
「私としてはぜひその前に、君と幸せになりたいな。私も、この日をもうずいぶん待ち焦がれていたからね」
心からの愛情をその目に乗せて熱く見つめられ、フローラは目を潤ませうなずく。
その夜、国の未来を祝う宴は遅くまで続いた。音楽が軽やかに鳴り響き、いつまでも明るい表情と笑い声とがあふれていた。
22
お気に入りに追加
96
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
知らない男に婚約破棄を言い渡された私~マジで誰だよ!?~
京月
恋愛
それは突然だった。ルーゼス学園の卒業式でいきなり目の前に現れた一人の学生。隣には派手な格好をした女性を侍らしている。「マリー・アーカルテ、君とは婚約破棄だ」→「マジで誰!?」
愛人を連れてきた夫とは当たり前ですが暮らせません。どうぞお幸せに。
Hibah
恋愛
伯爵令嬢クロエは、幼い頃より伯爵令息アドルフと両家の都合で婚約していた。二人は兄妹同然に仲良く過ごしていたため、クロエは結婚に不満がなかった。しかし、月日は流れアドルフは仕事で忙しくなり、クロエに対して冷たくなる。無事に結婚式を終えて胸をなでおろすクロエだったが、アドルフは式の翌日に新居へ愛人を連れてくる……
愛する婚約者に、生贄になれと命じられましたが…身勝手な者達には、罰が下る事になりました。
coco
恋愛
婚約者から、この地の為に生贄になれと命じられた私。
彼は、自身の妹を守りたい一心で、私にそんな事を言った様だが…?
〖完結〗私との婚約を破棄?私達は婚約していませんよ?
藍川みいな
恋愛
「エリーサ、すまないが君との婚約を破棄させてもらう!」
とあるパーティー会場で突然、ラルフ様から告げられたのですが、
「ラルフ様……私とラルフ様は、婚約なんてしていませんよ?」
確かに昔、婚約をしていましたが、三年前に同じセリフで婚約破棄したじゃないですか。
設定はゆるゆるです。
本編7話+番外編1話です。
婚約破棄でもざまぁでもお好きにどうぞ
こうやさい
恋愛
目の前で起こっている婚約破棄から背を向ける。なぜならその後の展開の予想がつくから。
そしてそれよりも大事な事があるから。
そこまでへたれててこの後上手くやれるのかなぁ?(笑) そこは慌てた方がいいと思うぞ。
ところで転生先のオンノベって誰主役の何視点だったんだろう?(おい)
表紙画像のデフォルトがカテゴリ別になった事になんかぞわぞわする。投稿アプリであの画像が自分のにもついてるの知ってたけど投稿も閲覧も基本PCでやってたから特に考えてなかった。分かりやすいとは思うし、他人様の作品なら気にならないんだけど、自分のだとどうも違和感が。カテゴリ悩んでるせいかね?
けど画像探して毎回設定する時間もないし……そのうち慣れるかなー?
ただいま諸事情で出すべきか否か微妙なので棚上げしてたのとか自サイトの方に上げるべきかどうか悩んでたのとか大昔のとかを放出中です。見直しもあまり出来ないのでいつも以上に誤字脱字等も多いです。ご了承下さい。
URL of this novel:https://www.alphapolis.co.jp/novel/628331665/122550112
私を追い出した妹とその婚約者は没落し、今では牢に住んでいます。
coco
恋愛
妹とその婚約者がグルになって、私をあの家から追い出した。
あの家は、私が居なくなったら終わりなのに。
だってあの家は、私の為のものだもの。
没落した2人は、今では牢に住んでいます。
新しい家が見つかって良かったわ─。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる