26 / 54
2
ふたりの将
しおりを挟むパチパチパチパチ……。パキッ……!
焚き火を挟んで、ランドルフはアズールとその部下たちを向かい合っていた。
「……アズール殿といったな。あなたはこの国を、現体制から自分の手で救い出したい……と?」
ランドルフはアズールの顔をじっと見やった。
アズールに付き従う男たちは、総勢十二人。いずれも屈強な鍛え上げた身体つきの者たちばかり。その顔には、アズールへの強い信頼が見て取れた。
「私は現国王の弟である父と平民の町娘との間に生まれた。母は私を産んですぐ亡くなり、父もまもなく兄に毒殺されたから何の記憶もないが……」
アズールはぽつりぽつりと語りだした。自分の出生とそれにまつわるあれこれを。
現国王である強欲で横暴な兄と、芸術と国をこよなく愛するアズールの父である弟。その兄弟仲は幼い頃から最悪だったらしい。特に兄が若くして国王として即位してからは、民を人間とも思わない横暴ぶりに苦言を呈す弟を現国王は排除する機会を伺っていた。そしてある日それを実行したのだ。
現国王により密かに毒殺されたアズールの父は、町娘との間にアズールをもうけていた。だがその出生が知られれば、すぐさま殺されてしまう。そこで、国を思う忠臣たちがアズールの身を隠したのだった。
「私が自分の出生を知ったのは、十才の時だ。自分にあの強欲で薄汚い国王と同じ血が流れていると知って、ぞっとしたよ。と同時に、怒りを覚えた……」
アズールはその目に静かな怒りをたぎらせた。
「……こんなくだらない戦いのために、民も国土も疲弊しきっている。これ以上大切なものを奪われ、踏みにじられ黙っているわけにはいかない……! だから私は立つことにしたのだ。現体制を討ち、新たな為政者として立つために……!!」
ゆらり、と目の中で金色が激しく揺れた。ランドルフはそれをじっと見やり、口を開いた。
「……とはいっても、疲弊しきった民は皆現国王に怒りを募らせている。今さら王族に期待を寄せる民などいるとは思えないが?」
ランドルフは、わざと挑発するようにアズールを見やった。
口先だけならばなんとでも言える。本当に命と人生をかけて国を救う気があるのかどうか、確かめたかった。
散々現国王の悪政に苦しみ抜いてきたことで、同じ血を引くアズールに不信を抱く民がいてもおかしくない。それを肌で感じ取っていたからこそ、ランドルフはアズールに揺さぶりをかけたのだった。
するとアズールは口の端をわずかに上げ、目をきらめかせた。その目の中に、ランドルフは燃え盛る火のような信念を見た。
「もちろんこの血ひとつで、民の信頼を得られるなどとは思っていない。だが、同じ血を引く現国王を私がこの手で討つことで、少なくとも民の溜飲は下がるだろう。その上で私の命も消したいと思うのならば、それも致し方がない。もとより命を惜しむつもりはないからな」
「ふっ……。そうか……」
ランドルフはしばし黙り込み、男たちを見やった。
すでにアズールたちは、各所でともに同志を募っていた。だが皆、戦いなどろくに経験したことのない民ばかり。圧倒的に戦力は足りない。そこでこの戦いを早く終わらせたいという同じ意志を持つ自分の協力を仰ぐべく、危険を冒したずねてきたのだろう。
(抜け目のなさそうな、いい面構えだ。手にできた胼胝やあちこちにある古傷……。おそらくこんな日がくることを予測して、ずっと剣の鍛錬も積んできたと見える……)
この男は、この国の希望の光となるかもしれない。だが他国であるランドルフがこの男に手を貸したとなれば、それこそ両国の火種となりうる。この男が次なる為政者として現体制に取って代われるかどうかは、今の時点では五分五分なのだから。
「ランドルフ・ベルデア殿。そのために、貴殿の力をどうか貸してはもらえないか? この国の未来とくだらない戦いを終わらせるために……。あなたの力がどうしても必要だ」
アズールの言葉にランドルフは静寂で応えた。じっと視線を交差させるふたりの男の間に、沈黙が落ちる。
研ぎ澄まされた夜の空気の中でパチッ、と火が爆ぜた。
「……いいだろう。ただし、すべての計画を国に伝えさせてもらう。他国の政治に口を出すのは、やはりリスクを伴うからな。我が国の民を新たな火種に巻き込むわけにはいかない。……それでいいか?」
「あぁ……!! もちろんだ。感謝する……!! ランドルフ殿」
アズールと男たちの目が輝いた。
ランドルフは感じていた。アズールはきっとやり遂げるに違いない、と。この国の淀んだ空気も暗い雲に覆われた未来も振り払う希望の種になるだろうと。
ランドルフは口元に笑みを浮かべ、アズールを見やった。
「ではさっそく、計画とやらを聞こうか?」
対するアズールの口元にもよく似た笑みが浮かぶ。
「あぁ、それは……」
口元に不敵な笑みを浮かべ、策略を練りはじめたふたりの将。その間を、一迅の風が吹いた。
けれど、ランドルフのいる空に新たな暗雲が広がりはじめようとしていた。そしてそれは遠い空の下、ミリィのもとにも――。
171
お気に入りに追加
947
あなたにおすすめの小説
7年ぶりに私を嫌う婚約者と目が合ったら自分好みで驚いた
小本手だるふ
恋愛
真実の愛に気づいたと、7年間目も合わせない婚約者の国の第二王子ライトに言われた公爵令嬢アリシア。
7年ぶりに目を合わせたライトはアリシアのどストライクなイケメンだったが、真実の愛に憧れを抱くアリシアはライトのためにと自ら婚約解消を提案するがのだが・・・・・・。
ライトとアリシアとその友人たちのほのぼの恋愛話。
※よくある話で設定はゆるいです。
誤字脱字色々突っ込みどころがあるかもしれませんが温かい目でご覧ください。
【完結】婚約者を譲れと言うなら譲ります。私が欲しいのはアナタの婚約者なので。
海野凛久
恋愛
【書籍絶賛発売中】
クラリンス侯爵家の長女・マリーアンネは、幼いころから王太子の婚約者と定められ、育てられてきた。
しかしそんなある日、とあるパーティーで、妹から婚約者の地位を譲るように迫られる。
失意に打ちひしがれるかと思われたマリーアンネだったが――
これは、初恋を実らせようと奮闘する、とある令嬢の物語――。
※第14回恋愛小説大賞で特別賞頂きました!応援くださった皆様、ありがとうございました!
※主人公の名前を『マリ』から『マリーアンネ』へ変更しました。
家出した伯爵令嬢【完結済】
弓立歩
恋愛
薬学に長けた家に生まれた伯爵令嬢のカノン。病弱だった第2王子との7年の婚約の結果は何と婚約破棄だった!これまでの尽力に対して、実家も含めあまりにもつらい仕打ちにとうとうカノンは家を出る決意をする。
番外編において暴力的なシーン等もありますので一応R15が付いています
6/21完結。今後の更新は予定しておりません。また、本編は60000字と少しで柔らかい表現で出来ております
挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました
結城芙由奈
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】
今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。
「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」
そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。
そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。
けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。
その真意を知った時、私は―。
※暫く鬱展開が続きます
※他サイトでも投稿中
国王陛下、私のことは忘れて幸せになって下さい。
ひかり芽衣
恋愛
同じ年で幼馴染のシュイルツとアンウェイは、小さい頃から将来は国王・王妃となり国を治め、国民の幸せを守り続ける誓いを立て教育を受けて来た。
即位後、穏やかな生活を送っていた2人だったが、婚姻5年が経っても子宝に恵まれなかった。
そこで、跡継ぎを作る為に側室を迎え入れることとなるが、この側室ができた人間だったのだ。
国の未来と皆の幸せを願い、王妃は身を引くことを決意する。
⭐︎2人の恋の行く末をどうぞ一緒に見守って下さいませ⭐︎
※初執筆&投稿で拙い点があるとは思いますが頑張ります!
愛する貴方の愛する彼女の愛する人から愛されています
秘密 (秘翠ミツキ)
恋愛
「ユスティーナ様、ごめんなさい。今日はレナードとお茶をしたい気分だからお借りしますね」
先に彼とお茶の約束していたのは私なのに……。
「ジュディットがどうしても二人きりが良いと聞かなくてな」「すまない」貴方はそう言って、婚約者の私ではなく、何時も彼女を優先させる。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
公爵令嬢のユスティーナには愛する婚約者の第二王子であるレナードがいる。
だがレナードには、恋慕する女性がいた。その女性は侯爵令嬢のジュディット。絶世の美女と呼ばれている彼女は、彼の兄である王太子のヴォルフラムの婚約者だった。
そんなジュディットは、事ある事にレナードの元を訪れてはユスティーナとレナードとの仲を邪魔してくる。だがレナードは彼女を諌めるどころか、彼女を庇い彼女を何時も優先させる。例えユスティーナがレナードと先に約束をしていたとしても、ジュディットが一言言えば彼は彼女の言いなりだ。だがそんなジュディットは、実は自分の婚約者のヴォルフラムにぞっこんだった。だがしかし、ヴォルフラムはジュディットに全く関心がないようで、相手にされていない。どうやらヴォルフラムにも別に想う女性がいるようで……。
目が覚めました 〜奪われた婚約者はきっぱりと捨てました〜
鬱沢色素
恋愛
侯爵令嬢のディアナは学園でのパーティーで、婚約者フリッツの浮気現場を目撃してしまう。
今まで「他の男が君に寄りつかないように」とフリッツに言われ、地味な格好をしてきた。でも、もう目が覚めた。
さようなら。かつて好きだった人。よりを戻そうと言われても今更もう遅い。
ディアナはフリッツと婚約破棄し、好き勝手に生きることにした。
するとアロイス第一王子から婚約の申し出が舞い込み……。
記憶がないので離縁します。今更謝られても困りますからね。
せいめ
恋愛
メイドにいじめられ、頭をぶつけた私は、前世の記憶を思い出す。前世では兄2人と取っ組み合いの喧嘩をするくらい気の強かった私が、メイドにいじめられているなんて…。どれ、やり返してやるか!まずは邸の使用人を教育しよう。その後は、顔も知らない旦那様と離婚して、平民として自由に生きていこう。
頭をぶつけて現世記憶を失ったけど、前世の記憶で逞しく生きて行く、侯爵夫人のお話。
ご都合主義です。誤字脱字お許しください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる