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社交の心得

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 夫人は皆を紹介し終えると、にっこりと微笑んだ。

「ふふっ! ランドルフ様から、あなたに力添えをしてくれないかとそれはそれは丁寧なお手紙をちょうだいしたのよ? あなたをなんとかして守ってあげたいのね!」

 夫人の言葉に、ミリィはうまく笑えなかった。
 皆は知らない。自分がランドルフにとっては自分はつかの間の婚約者に過ぎず、そんなに心配してもらえるはずはないのだ、と。

 けれど夫人は、そんな心中を見透かしたかのように微笑んだ。

「あなたはもっと堂々となさるべきよ。ランドルフ様に守られるに値する立場の存在なのだということを、ちゃんと理解なさい。ただでさえ風当たりが強いのでしょう? でも堂々と胸を張っていたら、案外皆そういうものとして認めてくれるものよ?」
「……はい」

 ここで自分がつかの間の婚約者だなんて打ち明けられるはずもない。ランドルフにユリアナという恋人がいたことは、誰にも口外してはならない秘密なのだし。
 思わずうつむいたミリィに夫人が続けた。

「それに、社交というのはね。自分の身を守るための武器や防具を手に入れるようなものなの。苦手だからといって避けてしまうのはもったいないわ。社交ができればそれだけ、自分の理想を形にできるだけの力を手に入れられるようになるのだから」
「理想を形にするための……武器? 社交が?」
「社交界は魔窟だもの。そこを無事に生き抜くには武器も防具も必要よ。慈善にだって政治力は必要よ。理想だけでは誰も助けられないもの。理想を実現するには、社交という武器と防具を身につけなければね」
「理想だけでは……助けられない」
「ええ。あなたも今後も慈善を続けたいという思いがあるのなら、よく覚えておきなさい。慈善を継続するには、資金も人力も必要。中でも一番大切なのが、人脈という武器であり、防具なの」
「……はい。モーリア侯爵夫人」

 夫人から注がれる真剣な眼差しに、こくりとうなずいた。

「あなたはまだ若いわ。きっとこの先たくさんうまくいかないこともあるでしょう。……でも、あなたの思いに賛同して一緒に頑張ってくれる良い友人たちがいる。それはあなたの財産であり、かけがえのない武器だわ。大切になさい」

 そう言うと、にっこりと柔らかく微笑んだのだった。



 ◆◆◆

 夫人はまだどこか幼さを残すミリィを見やり、目を細めた。

 ミリィのことは、同じく慈善に携わる立場として以前から知っていた。まだ若くやり方もつたないけれど、いつか自分の活動の頼もしい後継者になってくれるかもしれない、と。
 だから、ランドルフからの依頼は夫人にとっても渡りに船だった。
 
「ふふっ! あの方が夢中になるわけだわ」

 夫人はキラキラと目を輝かせながら、真剣に自分の話に耳を傾けるミリィをちらと見やり、小さく笑った。

 おそらくミリィはランドルフがどれほど若い婚約者のことを強く大切に思っているのか、まだ理解していないのだろう。婚約も陛下の一声で決まったと聞いているし、顔合わせもまだだと聞いていたから。

 となれば、自分がランドルフはあなたを心から愛しているのだといったところで、きっと信じないだろう。それにそうしたことは当人同士で伝え合わねば、おかしな誤解を生むことだってある。

 夫人は不器用かつなんともかわいらしい婚約者同士の心中を思い、嘆息した。一日も早く戦争が終わり、離れ離れのこのふたりが再会できる日がくるといいけれど、と。
 
「……あの方が戻られるまで、私たちがしっかりこの方を守って差し上げなくちゃね」

 思わずそうつぶやけば、ミリィがちょこんと首を傾げた。

「……今何かおっしゃいまして?」
「いえ、こちらの話よ! 今後もし何か困り事があったら、ここにいる皆さんをいつでも頼るといいわ。もちろん私もね!」

 その言葉に、面々がこくりとうなずいた。

「社交界には魑魅魍魎が跋扈しておるからの。心優しくかわいらしいお嬢さんが食われぬよう、見張ってやるのが我々の役目だな」

 バルデア卿があごひげをなでながらそうつぶやけば、マダムオーリーがどこか不敵に微笑んだ。

「ふふっ! 女性には女性の戦い方がございますからね。きっちり世渡りの仕方を教授いたしましょうね」

 そしてまたロぺぺも。

「ええ、私も協力させていただきますとも! 女性にとってのドレスは武装そのものですからな!」

 頼もしくも心優しいその反応に、ミリィも両親も、そしてまだ幼い弟も顔を見合わせ深々と頭を下げたのだった。


 
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