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5話
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真冬の公園は、しんとした空気が漂っていた。サッカーをして遊ぶ子供も、芝生の上にレジャーシートを敷いてピクニックを楽しむ家族連れもいない。規則正しい息遣いで走るランナーや、犬の散歩で人が通るくらいであった。
「静かですね。」サリーがそう言うと、吐き出された息が水蒸気となって白く染まる。彼女の鼻は寒さで少し赤くなっている。
彼らが歩いている様子を見ていて分かることは、この公園は鳥のさえずりが聞こえる以外は本当にしんとした場所だということ、そして酒飲みが女性と話す話題の数は数分もすれば全て尽きてしまうということだった。だが酒飲みには、サリーにどうしても聞いておきたい話が一つだけあった。
彼らは公園を一周し、二周目に入っていた。
「この公園の冬は、いつもこんな感じなんだ。静かで過ごしやすいから、俺はこの時期の公園が一番好きかもしれない。」酒飲みは転がっている松ぼっくりを見ながら話す。
「その気持ち、私も分かりますよ。」とサリーが言う。風がかすかに木々を揺らし、サラサラとした音が2人の間を通り抜ける。
「ひとつ、聞きたいことがあるんだ。」酒飲みは注意深くサリーの方へと顔を向ける。聞くべきか悩んだものの、やはり聞かずにはいられないといった様子である。
「なんでしょう。」
「あんたはどうして、俺とデートしようだなんて思ったんだ。」酒飲みが疑問に感じるのは最もなことである。
子供のように小さな身体で毎日アルコールを摂取する男が若い女性からデートに誘われるなど、普通の神経では考えられないことである。
お金をたくさんもち、豪邸に住んでいるのならまだ考えられることではあるが、彼はそういった類ではなかった。
「正直に言っておれは、人から好かれるタイプの人間じゃないんだ。いつも酒を飲んでいるし、身長は子供と対して変わらない。身なりだって小奇麗にしているわけじゃないし、それに卑屈だ。」
話しながら酒飲みは、どうして自分はこんな風にみじめなことを話しているのか、と思う。女性がデートをしてくれるのだから、ただそのひと時を楽しめばよいだけであるのに。だが、聞かずにはいられなかった。
「わたしはそうは思いませんよ。いつもマスターと親しく話していて、時々酔ったお客さんがマスターに絡むときは、上手にフォローしてお店に迷惑がかからないようにして、むしろそんな人たちと仲良くなって相談事まで聞いている。時々忘れ物をしていくお客さんには、わざわざ走って追いかけて、忘れ物を届けてあげている。だからマスターもあなたのことが好きで、一番の常連さんとしていつももてなしてくれるんだと思います。」サリーはそう言い、優しく酒飲みに微笑みかける。その笑顔を見て、この人は天使の生まれ変わりなのかもしれない、と酒飲みは思った。
「そんなところを見ていたのかい。だがそれは、俺があの店にお世話になっているんだから当然のことなんだ。マスターは嫌な顔ひとつせずにいつも俺を迎えてくれるし、酒だって一級品だ。あの店がなくなってしまったら困るのは俺なんだよ。」酒飲みは吐き捨てるようにしてサリーに言う。自分は自分のためだけに善人のような振る舞いをしている。こんなのはほとんど偽善だと、そう言いたいのかもしれない。
「それはきっと、後付けの理由ですよ。この半年間の行動や言動を見ていて思いました。あなたは心がとても素直な人だと思います。困っている人がいたら助ける。悩んでいる人がいたら相談に乗ってあげる。そんな当たり前のことをきちんと出来る人だと思うんです。」サリーは生徒の悩みに答える先生のように、丁寧に酒飲みの質問に答えていく。吐く息が白く、彼女の肌のように透き通っていた。
「あなたは、とても優しい人です。ですが臆病です。それは多くの魅力ある人たちに共通して言えることだと思いますよ。」先ほどより気温が落ち、ひんやりとした空気が彼らの肌をちくちくと刺している。
素直。優しい。臆病。
そんな風に酒飲みのことを評価する人間は、これまで誰もいなかった。身体のサイズや身なりのみすぼらしさで判断され、いつも対等な話をする前に人々は酒飲みの前を去っていった。
だが、この後酒飲みはもっと驚くことをサリーの口から聞かされることになる。
「静かですね。」サリーがそう言うと、吐き出された息が水蒸気となって白く染まる。彼女の鼻は寒さで少し赤くなっている。
彼らが歩いている様子を見ていて分かることは、この公園は鳥のさえずりが聞こえる以外は本当にしんとした場所だということ、そして酒飲みが女性と話す話題の数は数分もすれば全て尽きてしまうということだった。だが酒飲みには、サリーにどうしても聞いておきたい話が一つだけあった。
彼らは公園を一周し、二周目に入っていた。
「この公園の冬は、いつもこんな感じなんだ。静かで過ごしやすいから、俺はこの時期の公園が一番好きかもしれない。」酒飲みは転がっている松ぼっくりを見ながら話す。
「その気持ち、私も分かりますよ。」とサリーが言う。風がかすかに木々を揺らし、サラサラとした音が2人の間を通り抜ける。
「ひとつ、聞きたいことがあるんだ。」酒飲みは注意深くサリーの方へと顔を向ける。聞くべきか悩んだものの、やはり聞かずにはいられないといった様子である。
「なんでしょう。」
「あんたはどうして、俺とデートしようだなんて思ったんだ。」酒飲みが疑問に感じるのは最もなことである。
子供のように小さな身体で毎日アルコールを摂取する男が若い女性からデートに誘われるなど、普通の神経では考えられないことである。
お金をたくさんもち、豪邸に住んでいるのならまだ考えられることではあるが、彼はそういった類ではなかった。
「正直に言っておれは、人から好かれるタイプの人間じゃないんだ。いつも酒を飲んでいるし、身長は子供と対して変わらない。身なりだって小奇麗にしているわけじゃないし、それに卑屈だ。」
話しながら酒飲みは、どうして自分はこんな風にみじめなことを話しているのか、と思う。女性がデートをしてくれるのだから、ただそのひと時を楽しめばよいだけであるのに。だが、聞かずにはいられなかった。
「わたしはそうは思いませんよ。いつもマスターと親しく話していて、時々酔ったお客さんがマスターに絡むときは、上手にフォローしてお店に迷惑がかからないようにして、むしろそんな人たちと仲良くなって相談事まで聞いている。時々忘れ物をしていくお客さんには、わざわざ走って追いかけて、忘れ物を届けてあげている。だからマスターもあなたのことが好きで、一番の常連さんとしていつももてなしてくれるんだと思います。」サリーはそう言い、優しく酒飲みに微笑みかける。その笑顔を見て、この人は天使の生まれ変わりなのかもしれない、と酒飲みは思った。
「そんなところを見ていたのかい。だがそれは、俺があの店にお世話になっているんだから当然のことなんだ。マスターは嫌な顔ひとつせずにいつも俺を迎えてくれるし、酒だって一級品だ。あの店がなくなってしまったら困るのは俺なんだよ。」酒飲みは吐き捨てるようにしてサリーに言う。自分は自分のためだけに善人のような振る舞いをしている。こんなのはほとんど偽善だと、そう言いたいのかもしれない。
「それはきっと、後付けの理由ですよ。この半年間の行動や言動を見ていて思いました。あなたは心がとても素直な人だと思います。困っている人がいたら助ける。悩んでいる人がいたら相談に乗ってあげる。そんな当たり前のことをきちんと出来る人だと思うんです。」サリーは生徒の悩みに答える先生のように、丁寧に酒飲みの質問に答えていく。吐く息が白く、彼女の肌のように透き通っていた。
「あなたは、とても優しい人です。ですが臆病です。それは多くの魅力ある人たちに共通して言えることだと思いますよ。」先ほどより気温が落ち、ひんやりとした空気が彼らの肌をちくちくと刺している。
素直。優しい。臆病。
そんな風に酒飲みのことを評価する人間は、これまで誰もいなかった。身体のサイズや身なりのみすぼらしさで判断され、いつも対等な話をする前に人々は酒飲みの前を去っていった。
だが、この後酒飲みはもっと驚くことをサリーの口から聞かされることになる。
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