サラブレッドの銃弾

みん

文字の大きさ
上 下
30 / 31

30話 現在 東条

しおりを挟む
男が机の上のオブジェからナイフを取り出す。木製の手の平を象ったオブジェは5本の指全てがナイフになっていて、護身用として使用しているようだ。

何か訳のわからない言葉を叫び、唾を飛ばしながら向かってくる男の突きを避ける。

焦りからか、動きが丸わかりだ。

ふくらはぎに力を入れ、体をふわっと浮かせる。少し後ろ脚を引き、距離をとる。

呼吸を整え、相手がもう一度切りかかってくるのを待つ。

男が右腕を振りかぶってくる。

素人ね、とため息をつきながら膝を曲げ、男の懐にすっと入り込み、行き場の失った右腕を捻り上げる。

男は悲鳴を上げナイフを落とす。態勢の崩れた男の体を自分の腰に当て、クイっと持ち上げる。

背負い投げ。

男の体は見事な弧を描き、地面にたたきつけられる。男は背中を強く打ち、痛みに苦しみ動けなくなる。

「俺の国だ。ここは俺の国だ!たった二人に潰されるような所じゃない!ここまで来るのに俺がどれだけの労力を費やしたか知っているのか!」

「殺人罪5件、強姦罪四十二件、強制わいせつ罪二十四件、児童売春、盗撮、そして、実の娘への性的虐待。これくらいかしら、あなたの“ここまで来る労力”ってやつは。」

 男は目を見開き、驚く。見る見る内に顔を真っ赤にし、怒りを露わにする。

「この楽園を上手に使うことで、あなたはこの国の法から離れた場所に位置することが出来た。あなたは本当に、本当に上手くやっていたと思うわ。だけど見つかっちゃったの、私達の“社長”に。あの方だけは、この国の法を度外視して人を裁くことが出来る。私はあの方の使者として、仕事としてあなたを始末する。それなら仕方ないでしょ?」

 佳子さんがこの男にされた屈辱も、新城や真菜ちゃんに訪れた孤独や絶望も、この仕事にはあまり関係がない。この国のために、“正義”のために、この男を消す。それが私の仕事であり、私が選択した人生である。 

「あなたの何よりの失敗は、娘を殺してしまったという事実から目を背け、“彼”を野放しにしてしまったことね。一つの失敗が、全ての歯車を狂わすのよ。」

「何を言ってやがる!おれの子は出産時に出血過多で死んだんだ!役所に行けばすぐに分かる事実だ。社長って一体誰だ、今すぐここに連れてこい!今すぐ殺してやる、ころしてやる、こらしてある、こりいてやるう・・」

「ん、なにか言ったかしら?」

「なんら、ことはがでれこない。なにしやあった!かららがあつい!」

男は叫び、自分の体の異常に気づく。見ると至る所で皮膚が腫れ、強い炎症が全身に起こっている。

「やっと効いてきた、あなたの屁理屈はもう聞き飽きてきた所だったの。あとそれ、ターゲットの皆さんにいつも言われる台詞だわ。みんな言うことは一緒なのね。まあ説明してあげる、これも仕事だから。」

はあ、とため息をついてしゃがみ、男の前に顔を近づける。もうすでに、男の口からは泡が吹きはじめている。

「フラッカ。スペイン語で“美しい女性”という意味なの。私にぴったりでしょ?欧米の方で流行っている薬物でね、名前くらい聞いたことあると思うけど。これを飲むと短時間で体がオーバーヒートするの。今は大体40度くらいかな。怖い薬なのよー、最後は皮膚まで溶けちゃうみたい。だけど価格は結構安くてね、重宝させてもらってるわ。」

「ど、どろで!」

「その質問もよく聞かれるわ。どこで、あなたにフラッカを摂取させたか。」

答えは分かるでしょ?と男の顔を見るがもうすでに正気を失いかけている。

「キスよ。私の体はあらゆる毒物や薬物に対する耐性がついていてね。まあいわゆる改造人間てやつ?口の中に色んな毒を仕込んで、相手に摂取させる。好きでもない男とキスしなきゃだめなんだから、大変な仕事よね。」

あんまり言わせないでよ、恥ずかしいじゃない、と顔を赤らめてみたものの、男の目はすでに常人のそれではない。

口からは泡を吹き、アヴい、アヴいと言いながらガクガクと震えている。

先ほどまで偉そうなことばかり言っていた男がこの有り様だとさすがに同情するものの、自分が招いた結末なのだ。

私たちの『組織』に目をつけられる行動を取ってしまった人間に落ち度がある。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

異世界から帰ってきた勇者は既に擦り切れている。

暁月ライト
ファンタジー
魔王を倒し、邪神を滅ぼし、五年の冒険の果てに役割を終えた勇者は地球へと帰還する。 しかし、遂に帰還した地球では何故か三十年が過ぎており……しかも、何故か普通に魔術が使われており……とはいえ最強な勇者がちょっとおかしな現代日本で無双するお話です。

仮初家族

ゴールデンフィッシュメダル
ライト文芸
エリカは高校2年生。 親が失踪してからなんとか一人で踏ん張って生きている。 当たり前を当たり前に与えられなかった少女がそれでも頑張ってなんとか光を見つけるまでの物語。

大阪の小料理屋「とりかい」には豆腐小僧が棲みついている

山いい奈
キャラ文芸
男尊女卑な板長の料亭に勤める亜沙。数年下積みを長くがんばっていたが、ようやくお父さんが経営する小料理屋「とりかい」に入ることが許された。 そんなとき、亜沙は神社で豆腐小僧と出会う。 この豆腐小僧、亜沙のお父さんに恩があり、ずっと探していたというのだ。 亜沙たちは豆腐小僧を「ふうと」と名付け、「とりかい」で使うお豆腐を作ってもらうことになった。 そして亜沙とふうとが「とりかい」に入ると、あやかし絡みのトラブルが巻き起こるのだった。

猫嫌いの探偵が猫探しをすることになりまして

紫水晶羅
ライト文芸
ひいらぎ探偵事務所所長、柊凛太朗は、大の猫嫌い。 そんな凛太朗の元に、ある日猫探しの依頼が舞い込んだ。 依頼主の女性に一目で心を奪われてしまった凛太朗は、条件付きで依頼を引き受けることにするが……。 心温まる、ちょっぴり不思議な物語です。

『飛ばない天使達の中』

segakiyui
ライト文芸
林東子は看護学生だ。小児科実習を迎えて不安が募る。これまで演じて来た『出来のいい看護学生』が演じ切れないかもしれない、という不安が。患者に自分の本性を暴かれるかもしれないという不安が。

【完結】記憶喪失になってから、あなたの本当の気持ちを知りました

Rohdea
恋愛
誰かが、自分を呼ぶ声で目が覚めた。 必死に“私”を呼んでいたのは見知らぬ男性だった。 ──目を覚まして気付く。 私は誰なの? ここはどこ。 あなたは誰? “私”は馬車に轢かれそうになり頭を打って気絶し、起きたら記憶喪失になっていた。 こうして私……リリアはこれまでの記憶を失くしてしまった。 だけど、なぜか目覚めた時に傍らで私を必死に呼んでいた男性──ロベルトが私の元に毎日のようにやって来る。 彼はただの幼馴染らしいのに、なんで!? そんな彼に私はどんどん惹かれていくのだけど……

熱い風の果てへ

朝陽ゆりね
ライト文芸
沙良は母が遺した絵を求めてエジプトにやってきた。 カルナック神殿で一服中に池に落ちてしまう。 必死で泳いで這い上がるが、なんだか周囲の様子がおかしい。 そこで出会った青年は自らの名をラムセスと名乗る。 まさか―― そのまさかは的中する。 ここは第18王朝末期の古代エジプトだった。 ※本作はすでに販売終了した作品を改稿したものです。

処理中です...