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25話 現在 東条
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「あのー、ここでお馬さんに乗る体験が出来るって聞いたんですけど。」
受付ロビーは広々としており、清潔感があった。二階に受付、一階の屋内施設で乗馬体験ができる。
「出来ますよ。お客様ご予約はされていますか?」
「うーん、さっき駅で案内チラシを見てから来たから、特にしてないの。だめ?」
「いえ、一度体験枠に空きがあるか確認してきますね。身分証明できるものを貸して頂いてもよろしいですか?」
「じゃあ学生証で!お願いしまーす。」
受付のお兄さんは事務所の方に入ると、何やら資料を持って一分ほどで戻ってきた。
「一時間後に空きがあったので、お取りしておきますね!その間に説明と、あとそうですね、その服装はちょっと・・」
「え、どこがだめなの?」
首元はVネックで丈の長い真っ赤なニット。ぴっちり体に張り付いた服装は、豊かなボディラインを強調する。
下には極端に短いスカートを履いており、ニットの丈が長いので、隠れると下には何も履いてないかのように錯覚させる。
「そうですね・・・こちらで準備を致しますので、出来ればズボンを履いて頂ければありがたいんですが。」
「もう、それならお馬さんに乗るのやめる!」
と言うと、困った顔をするお兄さんの後ろから、細身のスーツを着た背の高い男が現れた。
「いいよ、彼女をお通ししなさい。」
会長!と驚いた様子をする彼は、男に一礼をして、後ろに下がった。現れた男を観察する。短く切りそろえられた髪と細見のスーツはとても良く似合っており、肌は艶々と若々しい。
こんな俳優どこかで見たわ、と考えるが、思い出せない。
「あとは私が対応するから、ここはもういいよ。」
「し、失礼します。」
受付のお兄さんがいなくなると、会長、と呼ばれた男に乗馬の案内を受けた。
男が後ろから見ていたことには気づいていた。私を見て目の色を変える男には随分と会ってきた。
9頭身のプロポーションと艶やかな長い黒髪、大きな瞳と整った眉は大抵の男たちには魅力的に映るらしい。しかし、彼の目にはそんな男たちよりさらに卑しく黒い感情が見えた。
「まずは馬装を身に着けましょうか。」
「ばそーって?」
「ヘルメットや靴、ベストのことです。楽しむための乗馬で、怪我をしてはいけませんからね。」
奥の部屋に連れて行かれ、綺麗に手入れされた白い椅子に座らされる。この施設は何でも白で統一していて、目がチカチカする。
「靴のサイズは何センチですか?」
「23.5かなあ。」
「それではこれを。私が履かせてもよろしいですか?」
「うん、お願いしまーす。」
男は慣れた手つきで踵の高いヒールを脱がせ、長靴(ちょうか)を履かせる。膝下まであるこの履物は、あまり慣れない。
「なんだか気持ち悪いのね。」
「直接肌に触れていますからね。まあ慣れますよ。」
そう言い、男はふくらはぎを撫でるように触った。びくっと体を動かし、男を見る。男は私が何かしました?とでも言うようににこやかな笑みを浮かべている。
「それではベストを着て、ヘルメットを被りましょうか。準備が出来たら馬小屋の方に案内しますよ。」
「はーい、つけましたー。」
「では馬小屋へ。」
階段を下り、1階に降りる。
へえーすごいねー、と言いながら施設内を隅々まで見る。男性用・女性用のロッカールームやトイレ、お風呂やサウナまで完備されているらしい。
「夏場なんかは乗馬をすると汗もかきますからね。ここは温泉なので、会員さんの中にはお風呂に入ることを楽しみにして通う方もいらっしゃいますよ。」
「へえー私も入りたいな!体験でも入っていいの?」
「ええ、もちろんです。」
他愛のないことを話していると、馬小屋に到着する。中には20頭ほどだろうか。栗毛や芦毛、白毛など多種多様な馬たちが生活している。
彼らは顔を揺すって側にいるスタッフに飲み水をせがんだり、ブラシでマッサージされたりと、意外にしっかりと飼育されていることが分かる。
「たくさんいるでしょう。あ、女の子に人気なのはこの子ですよ。」
そう言って男が見せた馬は、他の馬たちと比べる小さく、可愛らしい。
「ポニーだ!可愛い!」
「シェトランドポニーと言う品種でね、ヨーロッパのシェトランド諸島という所から渡ってきた馬なんです。こんな小さな体ですがとても丈夫で賢く、本気で走ると時速四十キロは出ると言われているんですよ。」
「へえー可愛いのにやるんだね、君は。」
「見た目に騙されてはいけませんね。この子は子供の乗馬体験には働いてもらいますが、今回はこちらの牡馬、シフォニーに乗ってもらいましょうか。」
「シフォニー、くん。」
艶のある白い体とダイヤモンドの額。まつ毛が長く、優しく光る青い瞳の奥はどこか物憂げに見える。
顔をしかめてビールを飲む彼が唯一楽しげに話すのは、この馬のことだった。あいつは今どうしてるかなあ、ちゃんと飯食ってるだろうか。
まるで一人暮らしをした息子を想う父親のように、彼はシフォニーを心配していた。
「やっと会えたね。新城のやつが心配してるよ。」
男に聞こえないように小声でそう言い、片目を閉じてウインクをする。
シフォニーは「何だこいつ。」と怪訝な表情で私を見る。
受付ロビーは広々としており、清潔感があった。二階に受付、一階の屋内施設で乗馬体験ができる。
「出来ますよ。お客様ご予約はされていますか?」
「うーん、さっき駅で案内チラシを見てから来たから、特にしてないの。だめ?」
「いえ、一度体験枠に空きがあるか確認してきますね。身分証明できるものを貸して頂いてもよろしいですか?」
「じゃあ学生証で!お願いしまーす。」
受付のお兄さんは事務所の方に入ると、何やら資料を持って一分ほどで戻ってきた。
「一時間後に空きがあったので、お取りしておきますね!その間に説明と、あとそうですね、その服装はちょっと・・」
「え、どこがだめなの?」
首元はVネックで丈の長い真っ赤なニット。ぴっちり体に張り付いた服装は、豊かなボディラインを強調する。
下には極端に短いスカートを履いており、ニットの丈が長いので、隠れると下には何も履いてないかのように錯覚させる。
「そうですね・・・こちらで準備を致しますので、出来ればズボンを履いて頂ければありがたいんですが。」
「もう、それならお馬さんに乗るのやめる!」
と言うと、困った顔をするお兄さんの後ろから、細身のスーツを着た背の高い男が現れた。
「いいよ、彼女をお通ししなさい。」
会長!と驚いた様子をする彼は、男に一礼をして、後ろに下がった。現れた男を観察する。短く切りそろえられた髪と細見のスーツはとても良く似合っており、肌は艶々と若々しい。
こんな俳優どこかで見たわ、と考えるが、思い出せない。
「あとは私が対応するから、ここはもういいよ。」
「し、失礼します。」
受付のお兄さんがいなくなると、会長、と呼ばれた男に乗馬の案内を受けた。
男が後ろから見ていたことには気づいていた。私を見て目の色を変える男には随分と会ってきた。
9頭身のプロポーションと艶やかな長い黒髪、大きな瞳と整った眉は大抵の男たちには魅力的に映るらしい。しかし、彼の目にはそんな男たちよりさらに卑しく黒い感情が見えた。
「まずは馬装を身に着けましょうか。」
「ばそーって?」
「ヘルメットや靴、ベストのことです。楽しむための乗馬で、怪我をしてはいけませんからね。」
奥の部屋に連れて行かれ、綺麗に手入れされた白い椅子に座らされる。この施設は何でも白で統一していて、目がチカチカする。
「靴のサイズは何センチですか?」
「23.5かなあ。」
「それではこれを。私が履かせてもよろしいですか?」
「うん、お願いしまーす。」
男は慣れた手つきで踵の高いヒールを脱がせ、長靴(ちょうか)を履かせる。膝下まであるこの履物は、あまり慣れない。
「なんだか気持ち悪いのね。」
「直接肌に触れていますからね。まあ慣れますよ。」
そう言い、男はふくらはぎを撫でるように触った。びくっと体を動かし、男を見る。男は私が何かしました?とでも言うようににこやかな笑みを浮かべている。
「それではベストを着て、ヘルメットを被りましょうか。準備が出来たら馬小屋の方に案内しますよ。」
「はーい、つけましたー。」
「では馬小屋へ。」
階段を下り、1階に降りる。
へえーすごいねー、と言いながら施設内を隅々まで見る。男性用・女性用のロッカールームやトイレ、お風呂やサウナまで完備されているらしい。
「夏場なんかは乗馬をすると汗もかきますからね。ここは温泉なので、会員さんの中にはお風呂に入ることを楽しみにして通う方もいらっしゃいますよ。」
「へえー私も入りたいな!体験でも入っていいの?」
「ええ、もちろんです。」
他愛のないことを話していると、馬小屋に到着する。中には20頭ほどだろうか。栗毛や芦毛、白毛など多種多様な馬たちが生活している。
彼らは顔を揺すって側にいるスタッフに飲み水をせがんだり、ブラシでマッサージされたりと、意外にしっかりと飼育されていることが分かる。
「たくさんいるでしょう。あ、女の子に人気なのはこの子ですよ。」
そう言って男が見せた馬は、他の馬たちと比べる小さく、可愛らしい。
「ポニーだ!可愛い!」
「シェトランドポニーと言う品種でね、ヨーロッパのシェトランド諸島という所から渡ってきた馬なんです。こんな小さな体ですがとても丈夫で賢く、本気で走ると時速四十キロは出ると言われているんですよ。」
「へえー可愛いのにやるんだね、君は。」
「見た目に騙されてはいけませんね。この子は子供の乗馬体験には働いてもらいますが、今回はこちらの牡馬、シフォニーに乗ってもらいましょうか。」
「シフォニー、くん。」
艶のある白い体とダイヤモンドの額。まつ毛が長く、優しく光る青い瞳の奥はどこか物憂げに見える。
顔をしかめてビールを飲む彼が唯一楽しげに話すのは、この馬のことだった。あいつは今どうしてるかなあ、ちゃんと飯食ってるだろうか。
まるで一人暮らしをした息子を想う父親のように、彼はシフォニーを心配していた。
「やっと会えたね。新城のやつが心配してるよ。」
男に聞こえないように小声でそう言い、片目を閉じてウインクをする。
シフォニーは「何だこいつ。」と怪訝な表情で私を見る。
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