サラブレッドの銃弾

みん

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5話 過去 新城

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「どしたん新城くん、こんな時間にまた来たん?」

 ふわり、とした佳子さんの声を聞くと、胸に暖かな気持ちが充満する。

 若草色の壁が特徴的な「ラックス乗馬クラブ」は一階には小さな乗馬スペースが整備され、二階に受付ロビーがある。干し草と動物の匂いが入り混じり、独特の空気感を生み出している。

 全国に会員をもつ大きな乗馬クラブとは異なり、受付にお姉さん一人いれば事足りてしまうこの乗馬クラブが、僕は好きだった。

 佳子さんはこの乗馬クラブのオーナーで、飼育している馬も十頭ほどである。それでも明るく教え方の上手な彼女の努力のかいもあって、ラックス乗馬クラブは食べていくのに困らないほどには繁盛していた。

「ごめんなさい。でも学校、好きじゃないんだ。施設にいるのも楽しくないし。」

「そうなん?まあいっか、わたしも学校行きたくないときはよくあったし。あ、さっきシフォニーが外乗から帰ってきてたし、ちょっと乗る?」

 佳子さんは学校をサボったことを咎めず、僕が生活する児童養護施設に連絡をしようともしない。問い質そうとしないことが、とてもありがたかった。

「えっと、たしか速歩(はやあし)までは新城くん、楽勝だったよね。じゃあ今日は駆歩(かけあし)を少しやってみよっか。」

「え、いいの!危ないからまだダメだってこの間まで言ってたのに。」

「いいのいいの、新城さんの息子だもん。君ならきっと大丈夫。」

 佳子さんはよく、新城さんはとても素晴らしい方だったと言った。彼女がとても嬉しそうに褒める人は、僕の父のことだった。

「プロにはなれなかったかもしれないけど、馬がすごく好きでね。わたしもあんな風になれたら、てよく思ってた。だからね、」

と言って一度泣いたことがある。

 僕の父の葬儀の時だったと思う。

 母は僕が生まれて二年後に死んだ。乳癌だったそうだ。ラックス乗馬クラブで働いていた父は、男手一人で僕を十歳まで育てあげた。毎日朝から晩まで働く父を、早く大人になって助けてあげたいと思っていた。

 そんな父は交通事故であっけなく亡くなった。葬儀場で父の眠る顔を見て、こんな簡単に人は死ぬのか、と他人事のように思ったのをよく覚えている。

 その後児童養護施設に預けられたが、あまり馴染めず、学校でも友達は出来なかった。かなりの人見知りだったせいもあり、父も居場所も失くした僕が思いつく行き先は、父が働いていたこの乗馬クラブだけだった。

 そこで、佳子さんと出会った。
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