祠の神様

みん

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6話 大猿との闘い

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 空から私が暮らす町が見えた。地震と大猿の襲来によって所々破壊された跡がある。

それを見ると辛くなるが、私は歪みの世界からこの世界に戻ってきたのだと分かる。
 

 先ほど出てきた祠の場所を見てみるが、ただ木々が広がっているだけだ。

伝説としてこの町に伝えられてきた龍を連れて戻ってきたと知ったら、先生は驚くだろうか。

いや、吉村先生は学者さんみたいな人だから、今すぐに研究させてくれ、とか言い出しそうだ。


 だけど、どれくらい時間が経ったのだろうか。まだ夏美ちゃんは無事なのだろうか。

 一ノ山の頂上が見える。気温が急激に低下し、身体に負担がかかる。

目が霞み、身体がとても重い。

長い間走り回っていたので、私の身体はもうほとんど限界を迎えているのだ。 

しかし、

「見つけた!」

大猿が今まさに山の頂上へ到達しようと登っているところをついに発見する。

身体の大きさは動物園にいる猿山の猿たちとは比べ物にならない。

黒い体毛に覆われていて、その存在は邪悪な気配に満ちている。

一ノ山の頂上に登って何をするつもりなのか。巨大なその左腕の先には、夏美ちゃんがいた。

「夏美ちゃーーん!」

叫んでみるが、夏美ちゃんは反応しない。彼女はまだ生きているのか。

大丈夫、きっと生きているはずだ。

 オカリナを吹く。

 音に従い、龍が大猿に突進した。

 大猿は左腕で器用に山肌を掴みながら、右腕を私達に向けて振るう。

 しかし龍はそれを躱し、鋭い爪で背中を切り裂く。

「ガアァァァァ。」

と大猿が苦しそうな声を出し、左手で掴んでいた夏美ちゃんを放す。

そのまま落ちそうになるのを、大猿が懸命に堪える。放された夏美ちゃんは、谷底へと落ちていく。

 いくよ。

 オカリナの音色を変える。

 龍が翼を折り畳み、急降下する。

 ヒュー。

 風を切る音が耳元で鳴る。

 夏美ちゃんまであと100メートル、50メートル、10メートル・・・。

 掴んだ。

 龍は左腕で器用に夏美ちゃんを掴むと、そのまま谷底の陸地まで降りる。

 夏美ちゃんに駆け寄る。

 かなり衰弱しているが、胸に左耳を当てると、かすかに上下に動くのが分かる。

 生きてる。

 夏美ちゃんは生きている。大切な友達を失わずに済んだんだ。

 “泉がある”

 頭の中にまた声が響く。龍の声に従い、泉の方へと向かう。

少し歩くとすぐに見つかった。綺麗な鉱石で出来た器が泉の横にあり、器を使わせてもらう。

泉の水を器に流し込み、夏美ちゃんの元へ戻る。膝をつき、彼女の頭を乗せる。ゆっくりと口元へ器を持っていき、飲ませる。

最初は口元を流れて地面に落ちるだけだったが、焦らず流し込んでいると夏美ちゃんが反応して、ゴクゴクッと飲み始める。 

 そして、彼女が目を覚ました。

「みのり。来なくていいって言ったのに。」

目を覚ましてすぐに、そう言って彼女は笑った。

「ううん、来るよ。夏美ちゃんお猿さん苦手でしょ。」

「ははは、そうだった。だけど先生の話、現実になっちゃったね。私、本当はすごく怖かった。もうみのりにも、パパやママにも、憎たらしい弟にも会えなくなるって考えたら。だけどこんな怪物に涙なんて絶対見せない。怖がっているところなんて絶対見せないんだ、て思って頑張ったんだ。でもさ、もう、いいよね。」

と言って、夏美ちゃんは泣いた。私は頭を撫でてあげて、

「夏美ちゃんはすごいよ、頑張ったね」

と何度も何度も言う。

数分ほどそうしていただろうか。夏美ちゃんは涙を拭き、3回深呼吸をする。そして、いつもの明るい彼女に戻った。

「だけど、伝説の祈り子ってみのりのことだったんだね。」

と夏美ちゃんが可笑しそうに指を指してくる。

本当にそうなのだろうか。

私が描いた絵は、確かに今そこにいる龍の姿そのものだ。

描いたのは、そんなに前のことじゃない。もしかすると、村人を救った祈り子が大猿が私達の世界に再びやってくることを予期して、私の意識に入り込んだのではないだろうか。

祈り子が本当に人間だったかなど、先生は教えてはくれなかった。ただ、大猿を倒した後にいなくなったと。

正確には、時空の歪みに封印した後に、いなくなった。時代や時空を超えて、祈り子はこの町をずっと守ってきたのかもしれない。

そして、龍の祠は本当に必要な時に現れる。祈り子が選んだ人間の願いが本物なのかを試す。 

そして助けるにふさわしいと思った時にだけ、力を貸す。

「倒そうよ、大猿。今のみのりなら、きっと倒せるよ。」

とわたしが黙って考えていると、夏美ちゃんが真っ直ぐな声で言う。

「うん、いこう。」

考えるのは後にしよう。今やるべきことは、ただ1つ。

 オカリナを取り出し、頭に浮かぶ旋律を奏でる。

 龍が反応し、首を地面に差し出す。
そして私達は龍に乗り、再び一ノ山の頂上へと向かう。
 

大猿は一ノ山の頂上に辿り着いていた。

 こちらをみて
 「ガアァァァァァ。」

と威嚇し、地面に積まれている大きな岩を投げつけてくる。

 龍はその岩を器用に翼を畳みながら避ける。

 大猿はかなりの怪力の持ち主のようだ。

 突然、強烈な風が吹く。

龍はその風を翼で掴むと、一気に大猿との距離を詰める。

 次の岩を投げようと大猿が屈んだところに鋭く尖った爪を振るう。

 「グオォォォォ。」

顔を切り裂かれた大猿が、悲痛な叫び声を上げて地面にのたうち回る。

私達は一ノ山の頂上に着地する。龍が首を地面に下げて、私達を降ろしてくれた。

顔を押さえながらも大猿の目だけは赤く、こちらを睨んでいる。

そして大猿が、龍に向かって突進する。
4つ足歩行で向かってくるその姿は、悪魔のようだ。

龍はその大きな体をくるっと回転させる。

背中を向けたのでチャンスと思ったのか、大猿がさらに加速し、右腕で殴りかかってくる。

しかしその腕が龍にダメージを与えることはなかった。

鞭のようにしなった長い龍の尻尾が、大猿を吹き飛ばしたのだ。

完全にカウンターを喰らう形になった大猿の顔面が、龍の尻尾によって粉砕される。

大猿はフラフラと、力なく立ち上がる。

 私はオカリナを吹く。

 だんだんと旋律が激しくなる。

 氾濫した濁流がその勢いを増すように、どんどん激しく、力強い音となる。

 龍の腹が紅く光る。

 長い間、暗い洞窟の中で蓄えられてきたエネルギーは、どんどん紅く、熱を帯びていく。

 最後の旋律。

 自分が吹いているのではなく、祈り子の魂が乗り移っているのだとみ感じる。

 神様、終わらせて。

 そう祈り、オカリナを吹いた瞬間、大猿の体が紅い炎に包まれた。炎は高く空へと舞い上がり、私達の場所まで熱気が届く。

 長い間燃え続けた後、大猿の身体は塵1つ残らず、消滅した。

 大猿の死を見届けると、急激に眠気が襲ってきた。

夏美ちゃんを見ると、彼女はもう地面に倒れ、眠っていた。

そうだよね、私達、頑張ったよね。

最後にオカリナの音を一音、響かせる。

神様への感謝の音色。

そして私はゆっくりと、眠りに落ちた。
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