上 下
4 / 21

第4話 『被告オーク セクハラ裁判編』

しおりを挟む

「おや、こんなところで珍しいですね」

ダンジョン内に設けられた、魔物用食堂に見慣れぬ姿を見かけたトックリは、男の了解をとり、その正面へと座った。

男は、肩に届かない程度に伸び少し巻いた白髪に口ひげを貯え、筋の通った鼻に、きりっとした目にはモノクルが差さっている。白いワイシャツに、キャメル色のベスト。その姿は、品の言い壮年の人間を体現したかのようなものだ。

男の手元には、本日の日替わりランチであるアジフライ定食が置かれていた。

「まあ、《竜の間》で一人で食事をするのも寂しいのでな」

男の正体は、ダンジョンの主《大銀龍ペディランサス》であった。
本来、その巨体のせいで自由にダンジョン内を動き回ることができないペディランサスであるが、変身魔法で人間に化けることによってサイズダウンを果たしたのだ。

「でも、結局食堂でも一人で食事をしてるじゃないですか」

「みな遠慮して近づいてこんのだ。それに、皆の姿が見えるだけで我には十分よ」

「そんなもんですか」

トックリが、手をあわせ「いただきます」と食事を始める。彼の皿も、またアジフライ定食だ。

二人が近頃の天気や、流行りの音楽といった何気ない会話と共に食事を進めていると、ふと厨房より鼻歌が聞こえてきた。
鼻歌の主は、ダンジョン内社員食堂の料理長、サイクロプスの《ブルーアイ》である。

2mを超える巨体ながら、白いコックコートを身に纏い、その繊細な指先で様々な料理を作り出すブルーアイは魔物達より《目玉の親父》の愛称で親しまれている。

「ところでトックリよ。今日の料理長は、やけに機嫌がよくないか?」

「ん、ああ、なんでも、サンデリアーナ姫がら献立にリクエストがあったとか。それも、かなり手間のかかるものだったらしいです」

「手間のかかる料理で機嫌が良くなるとは、本当に料理バカここに極まれりといったところか」

「もともと、食堂に収まるような料理人じゃないんですよ。腕を振るえる機会が増えたとなれば、そりゃあ喜びもしますよ」

「そんなものか」とペディランサスが、皿へと視線を戻すと俄かに食堂の入り口あたりが騒がしくなった。顔をあげると、アタフタしたパキラが見受けられる。
パキラは、食堂内を一通り見まわしトックリとペディランサスの姿を見つけると慌てた様子で近寄ってきた。

「ペディランサス様、トックリさん、食事中にすみません!」

「ああ……嫌な予感がします」

「構わん。パキラ君何かあったか?」

「サンちゃんが逃げ出しました!」

トックリが、大きな大きな溜息をついた。

「またですか。わかりました、私がすぐに指揮を執りますのでペディランサス様は食事をお続けください」

しかし、それをペディランサスが手で制した。

「まあ、待てトックリ。ひとまず、落ち着いて食事をとってからでよい」

「よろしいので?」

「うむ、よくよく考えたのだが姫に脱獄されたからと言って、実のところそう焦る必要がないことに先日気づいたのだ」

「どういうことです?」

「我がダンジョンは、北と南の大陸を唯一つなぐ洞窟ダンジョン。つまり、ダンジョンの出入り口さえ封じておけば逃げ出すことは不可能というわけじゃ」

「なるほど、それでしたらわざわざ捜索隊を編成しなくとも、出入り口付近の魔物たちに気を付けるよう伝えておけばいいわけですね」

不安げなパキラが、恐る恐る手をあげる。

「でも、もしも出入口を突破されたら……?」

「安心せい。仮に北の大陸、王国側に逃げられたとしても問題ない。北の入り口付近は、このダンジョンを要塞化するにあたって毒沼を設けてある。人間の身では、どうあっても抜けられん」

「じゃあ、もし南の大陸に逃げられたら?」

「それもまあ心配あるまい。南は我らが魔王軍の支配下、とても逃げおおせるものではない。まあ、魔王様に姫の脱獄が知られたら我が怒られるかもしれんが」

パキラは、「なら安心ですね」と胸を撫でおろした。

「だからな、トックリよ。いまは、食事をゆっくり楽しみながら姫が捕まるのを待とうではないか」

「それでは、遠慮なく」

そうして、二人は本日のランチ《アジフライ定食》を十分に堪能したのであった。



《竜の間》に沈黙が降りている。
血の気が引いて真っ青のペディランサスと、冷や汗と脂汗を額ににじませたトックリが、ダンジョン内を詳しく記してある地図を、一言も発することなくただただ凝視している。

姫の脱獄から、かれこれ数時間。
当初、あっさりと捕まると思われていた姫は未だにその姿を誰一人としてとらえることができず、しびれを切らしたペディランサスはダンジョン内の魔物総出で姫を捜索するよう指示を出したのだった。

「こんなことなら、最初から捜索隊を出すべきだった」

沈黙を破ったのはペディランサスであった。
しかし、その声は、どうにか絞り出したといった感じで。とても沈んだものだった。

「まさか、既にダンジョン内から出ているということはないかと思いますが……」

「馬鹿者! そんなことは心配しておらん。むしろ、姫が未だダンジョン内を彷徨っていることを我は心配しておるのだ」

「ああ……ダンジョン内は結構暗いし、転んだりしたら危ないですしね」

「女の子一人で心細い思いをしてないといいのだが」

二人がうんうん唸っていると、突如大扉が勢いよく開かれパキラが飛び込んできた。

「報告しますっ!」

「おお! 姫を捕まえたか!」

「いえっ! 別件です!」

パキラの顔は紅潮し、瞳孔が開いている、息も荒く頭から湯気を登らせている。
ペディランサスとトックリは、何事かと顔を見合わせた。

「女子更衣室にトックリさんが忍び込み、私の荷物を漁っていたところを捕らえました!」

「なんだとぉっ!?」

ペディランサスが、声を荒げトックリを睨みつける。
しかし、トックリは状況に追いついていけないのかキョトンとしてしまっていた。
その様子を見て、ペディランサスも「はて?」と思い直す。

「この豚野郎っ! いい魔物だと思っていたのに!」

言いきらぬうちに、パキラがトックリにビンタを見舞った。

「ぷぎぃっ!」

《竜の間》に、轟く苛烈な破裂音とトックリのあげた悲鳴がその威力を雄弁に物語った。
トックリは、あまりのダメージに膝をつき、その瞳からは一筋の涙が零れ落ちた。

「ペディランサス様! 至急、セクハラ委員会を開いてください! トックリさんを厳罰に処して―――って、なんでトックリさんがここに居るんです???」

「……はい。私は、ずっとここにいました」

パキラが焦った表情で、ペディランサスへと視線を向ける。

「トックリはずっとここにおったぞ。ワシが保障しよう」

「ごごめんなさい! じゃあ、さっき捕まえたオークは……?」

「とりあえず、その捕まえたオークとやらを連れてきなさい」

「―――わかりました」

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

【完結】【勇者】の称号が無かった美少年は王宮を追放されたのでのんびり異世界を謳歌する

雪雪ノ雪
ファンタジー
ある日、突然学校にいた人全員が【勇者】として召喚された。 その召喚に巻き込まれた少年柊茜は、1人だけ【勇者】の称号がなかった。 代わりにあったのは【ラグナロク】という【固有exスキル】。 それを見た柊茜は 「あー....このスキルのせいで【勇者】の称号がなかったのかー。まぁ、ス・ラ・イ・厶・に【勇者】って称号とか合わないからなぁ…」 【勇者】の称号が無かった柊茜は、王宮を追放されてしまう。 追放されてしまった柊茜は、特に慌てる事もなくのんびり異世界を謳歌する..........たぶん….... 主人公は男の娘です 基本主人公が自分を表す時は「私」と表現します

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

レベルが上がらずパーティから捨てられましたが、実は成長曲線が「勇者」でした

桐山じゃろ
ファンタジー
同い年の幼馴染で作ったパーティの中で、ラウトだけがレベル10から上がらなくなってしまった。パーティリーダーのセルパンはラウトに頼り切っている現状に気づかないまま、レベルが低いという理由だけでラウトをパーティから追放する。しかしその後、仲間のひとりはラウトについてきてくれたし、弱い魔物を倒しただけでレベルが上がり始めた。やがてラウトは精霊に寵愛されし最強の勇者となる。一方でラウトを捨てた元仲間たちは自業自得によるざまぁに遭ったりします。※小説家になろう、カクヨムにも同じものを公開しています。

チートがちと強すぎるが、異世界を満喫できればそれでいい

616號
ファンタジー
 不慮の事故に遭い異世界に転移した主人公アキトは、強さや魔法を思い通り設定できるチートを手に入れた。ダンジョンや迷宮などが数多く存在し、それに加えて異世界からの侵略も日常的にある世界でチートすぎる魔法を次々と編み出して、自由にそして気ままに生きていく冒険物語。

悪役令嬢は永眠しました

詩海猫
ファンタジー
「お前のような女との婚約は破棄だっ、ロザリンダ・ラクシエル!だがお前のような女でも使い道はある、ジルデ公との縁談を調えてやった!感謝して公との間に沢山の子を産むがいい!」 長年の婚約者であった王太子のこの言葉に気を失った公爵令嬢・ロザリンダ。 だが、次に目覚めた時のロザリンダの魂は別人だった。 ロザリンダとして目覚めた木の葉サツキは、ロザリンダの意識がショックのあまり永遠の眠りについてしまったことを知り、「なぜロザリンダはこんなに努力してるのに周りはクズばっかりなの?まかせてロザリンダ!きっちりお返ししてあげるからね!」 *思いつきでプロットなしで書き始めましたが結末は決めています。暗い展開の話を書いているとメンタルにもろに影響して生活に支障が出ることに気付きました。定期的に強気主人公を暴れさせないと(?)書き続けるのは不可能なようなのでメンタル状態に合わせて書けるものから書いていくことにします、ご了承下さいm(_ _)m

凡人がおまけ召喚されてしまった件

根鳥 泰造
ファンタジー
 勇者召喚に巻き込まれて、異世界にきてしまった祐介。最初は勇者の様に大切に扱われていたが、ごく普通の才能しかないので、冷遇されるようになり、ついには王宮から追い出される。  仕方なく冒険者登録することにしたが、この世界では希少なヒーラー適正を持っていた。一年掛けて治癒魔法を習得し、治癒剣士となると、引く手あまたに。しかも、彼は『強欲』という大罪スキルを持っていて、倒した敵のスキルを自分のものにできるのだ。  それらのお蔭で、才能は凡人でも、数多のスキルで能力を補い、熟練度は飛びぬけ、高難度クエストも熟せる有名冒険者となる。そして、裏では気配消去や不可視化スキルを活かして、暗殺という裏の仕事も始めた。  異世界に来て八年後、その暗殺依頼で、召喚勇者の暗殺を受けたのだが、それは祐介を捕まえるための罠だった。祐介が暗殺者になっていると知った勇者が、改心させよう企てたもので、その後は勇者一行に加わり、魔王討伐の旅に同行することに。  最初は脅され渋々同行していた祐介も、勇者や仲間の思いをしり、どんどん勇者が好きになり、勇者から告白までされる。  だが、魔王を討伐を成し遂げるも、魔王戦で勇者は祐介を庇い、障害者になる。  祐介は、勇者の嘘で、病院を作り、医師の道を歩みだすのだった。

【完結】『飯炊き女』と呼ばれている騎士団の寮母ですが、実は最高位の聖女です

葉桜鹿乃
恋愛
ルーシーが『飯炊き女』と、呼ばれてそろそろ3年が経とうとしている。 王宮内に兵舎がある王立騎士団【鷹の爪】の寮母を担っているルーシー。 孤児院の出で、働き口を探してここに配置された事になっているが、実はこの国の最も高貴な存在とされる『金剛の聖女』である。 王宮という国で一番安全な場所で、更には周囲に常に複数人の騎士が控えている場所に、本人と王族、宰相が話し合って所属することになったものの、存在を秘する為に扱いは『飯炊き女』である。 働くのは苦では無いし、顔を隠すための不細工な丸眼鏡にソバカスと眉を太くする化粧、粗末な服。これを襲いに来るような輩は男所帯の騎士団にも居ないし、聖女の力で存在感を常に薄めるようにしている。 何故このような擬態をしているかというと、隣国から聖女を狙って何者かが間者として侵入していると言われているためだ。 隣国は既に瘴気で汚れた土地が多くなり、作物もまともに育たないと聞いて、ルーシーはしばらく隣国に行ってもいいと思っているのだが、長く冷戦状態にある隣国に行かせるのは命が危ないのでは、と躊躇いを見せる国王たちをルーシーは説得する教養もなく……。 そんな折、ある日の月夜に、明日の雨を予見して変装をせずに水汲みをしている時に「見つけた」と言われて振り向いたそこにいたのは、騎士団の中でもルーシーに優しい一人の騎士だった。 ※感想の取り扱いは近況ボードを参照してください。 ※小説家になろう様でも掲載予定です。

処理中です...