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4杯目 ブリューな気持ち

葛藤する様は千鳥足によく似てる

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 んぐんぐんぐ。
 まるで乾いた砂地に染みこむかのように、俺の身体はビールを受け入れていく。気が付けば、ジョッキは空になっていた。俺は、当然の権利を行使するがごとく樽から二杯目のビールをすくいあげた。


「……どうだ?」


 炎魔将軍は、その強面に似合わぬ不安げな表情を浮かべている。とても先ほどまで命のやり取りをしていた者に向ける顔とは思えない。


「まぁ、普通だな」


「そ、そうか! 」


 たいした賞賛を与えたわけでもないというのに、炎魔将軍の顔からは陰りが消え明らかに胸をなでおろした様だ。「普通」の評価がよほどうれしかったのだろう。ならば、もっとけちょんけちょんに言ってやればよかったと少しばかり後悔の念が残る。

 実のところ、ビールの味は特にこれといって褒めるようなものではなかった。決してまずいというわけではない。ただ違法酒場でよく出されているビールより旨いかと聞かれると「同じぐらい」としか思えない程度のものだった。


「初めてにしては、なかなかのものだと思いますよ」


 マスターは空のジョッキを机に置き、「もう一杯頂いていいですか?」と炎魔将軍に尋ねた。


「ど、どうぞどうぞ!?」


 マスターの言葉に、炎魔将軍の喜びは有頂天に達したらしい。目じりが下がり、頬がゆるまり、口角がものすごい角度で吊り上がっていく。このまま放置していれば、小躍りしだしそうな勢いだ。そのあまりに嬉しそうな様子に、つい俺も微笑んでしまいそうになった。


 ……誰かと酒を酌み交わすのは久しぶりのことだ。認めたくないことではあるが、たとえその相手が忌々しい炎魔将軍だとしても一人で飲むより何倍も愉快だった。千鳥足テレポートの成功率が、複数人だと上がるという話は実のところそこに理由があるのかもしれない。


「しかし、すごい設備だな」


 酔うことのできなくなった身体ではあるが、その場の雰囲気に飲まれたのかつい本音が口をついて出てきてしまう。対する炎魔将軍は……こっちは、喜びのあまりか杯を重ね続け顔が真っ赤になりつつある。いや、もともと赤い顔をした男だったが、その赤さがより増している。


「ああ、ここまで辿り着くのに5年かかった……。お前に魔王軍を壊滅させられた後、各地に散っていた仲間を集めつつ、密造酒市場を武力で握り、少しずつ資金を貯め。ようやく、これだけの設備を手に入れた。おかげで、魔王軍はいますっからかんだ」


「すっからかんだと?……本末転倒じゃないか、それじゃあいつまでたっても魔王軍を再興できんぞ」


「魔王軍の再興? はっ、そんな夢はそもそもない」


 聞き捨てのならない言葉だった。魔王軍は、再興を図るために資金集めの手段として密造酒市場を牛耳っていたのではなかったのか? 俺の眉間には自然と皺が寄り、炎魔将軍の言葉を聞き逃すまいと前のめりになっていた。


「……そもそも魔王様の目的は、魔族をより繁栄させることだ。その手段としての魔王軍だったのだ」


「魔族の繁栄?」


「そうだ、私たちは繁栄を得るため魔物たちの国を作ろうとした。魔王軍の強大な力をもってして領土を得ようとしたが……まあ、お前の、勇者の力を前に、その夢は潰えたというわけさ」


「だから、資金を貯めて再興を図ろうとしているんじゃないのか? 」


「違うな、武力だけじゃあダメだと悟ったのさ。だから、私たちは手段を変えた。人間の社会に溶け込み、人間の繁栄に乗っかることにした。密造酒市場に手を出したのは、資金集めの一方で人間たちの胃袋を握るという側面もあるのだよ」


「……じゃあ、もう魔物によって人々が虐げられることはないのか?」


「少なくとも、現魔王様の支配下にある魔物たちは魔王軍壊滅以降そんなことはしていない。一部、魔王様の手を離れた魔物についてはあずかり知らぬがな。どうする……それでもお前は、魔王様を手にかけるのか?」


 言葉が出ない。俺は本来であれば猛き青春に捧げたであろう貴重な時間を、全て魔王探索へと傾けてきたのだ。だが、魔王はとっくの昔に王国と戦う手段を放棄していたとなれば、俺のこの6年間は何だったというのだ。決して誰かに強制されていたわけでは無い、ただ女神に力を授けられた勇者としての使命感に突き動かされていただけではある。だがそれでも、それがすべて無為なものであったとなれば。

 いや、そうではない。今の俺は、魔王を倒すためだけに旅を続けていたわけでは無い。旅のさなかに出会った彼女がいる。俺の旅は決して無為なものではなかった。少なくとも、彼女と出会い生まれて初めての恋をした。むしろ、俺の6年間はそのためにあったと言っても過言ではないではないか。

 炎魔将軍の言葉を反芻する。「それでもお前は、魔王様を手にかけるのか」。答えはYESだ。邪魔な耐性の力を捨て去るには、彼女を追いかけるには、それしか手立てがないのだ。


「俺は、魔王を倒す……」 


「それは、よく考えたうえでの言葉ですか? 魔王を倒すということがどういうことか本当にわかっていますか?」


 マスターが俺に質してきた。自然と、マスターと俺の視線が交錯する。その冷ややかな目に、俺は動揺を隠しきれず視線が揺らいだ。


「それは、どういう……? 」


「魔王を倒すということは、群れの頂点が変わるということです。つまり、現魔王が行っている人間社会に溶け込むという手段を新しい魔王も採るとは限らないということです。再び、王国と魔族による戦争が起こる可能性も考えなくてはならない。勇者様の言葉は、そこまで考慮したうえでのものなのですか? 」


 そんなこと考えもしていなかったさ。だがマスターの言い分は、至極尤もなものだ。魔王の代替わりによる再びの戦火。その可能性は十分に起こりうる。だが勇者としても、一個人としても魔王を打ち倒すことが許されないなんて。ならば、俺はいったいどうすればいいというのだ。魔王を倒すこともできず、千鳥足テレポートをつかうこともできずに俺はただ一人何をするでもなく呆けて立っていなくてはならないのか。

俺とマスターは先ほど同盟を結んだ。俺たちは、いま彼女を探すうえで協力関係にある。仮に、俺が役立たずに甘んじていたとしても、きっとマスターは彼女を見つけ出してくれるだろう。だが、いくらマスターが手を貸してくれるからといって、俺が指をくわえてそれを見ているわけにはいかない。マスターにはマスターの理由がある様に、俺には俺が彼女を探す理由がある。


 マスターの言葉に、俺は勇者としての使命と彼女に再び相まみえたいという一人の男としての葛藤に苛まれた。だが、この鈍った思考の中では、とても結論を出すことは適わないだろう。使命か恋情かの板挟みに置かれる中で、俺はほとんど無意識に「それでも、魔王は倒さなくちゃいけないんだ……俺は彼女に会わなくてはならないんだ……」と口に出してしまっていた。
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