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4. 38番の悪意
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ーーーーーレーナマリアの部屋
大きな窓から差し込む朝の日差し。新しい生活への期待と少しの緊張、今までに感じたことのない気持ちとともに、レーナマリアは目覚めた。
・・・たまたま空いた部屋だと聞いたけれど、こんなに素晴らしいお部屋が50番目の最下位側室に与えられるなんて、そんなことあるのかしら?
「姫様、おはようございます。洗顔のお手伝いをいたします」
「ありがとう、アンネ。このお部屋、とても心地いいわね!」
「ほんとに!日当たりも良いですし、気持ちも明るくなります」
この状況下で幸せに暮らすには、素敵な部屋は必須条件である。レーナマリアとアンネは、後宮生活の一日目を想像以上に恵まれた環境でスタートした。
ーーーーー朝の後宮庭園
早い時間にもかかわらず、一組の先客があった。侍女を連れた、見るからに高貴そうな女性だ。躊躇うことなくレーナマリアたちに近付いてくる。
「おはようございます。あなたは?」
「ご挨拶が遅れました。エルトネイル王国から参りました、レーナマリア・ルディ・エルトネイルと申します。宜しくお願い申し上げます」
「新しい側室ね。何番目?」
「50番目でございます。なにぶん最下位でございますので、ご指導のほどお願い申し上げます」
「ふぅ~ん、50番か。私は38番よ!イズ・ド・フランチェスですわ。こちらこそ宜しくね。それで…ねぇ…あなた、あの部屋はどうやって手に入れたの?」
「部屋でございますか?たまたま空いたと聞いております」
「そんなはずないわよ!!私がずーっと頼んでたんだから。なんでアンタみたいな小国の王女ごときが使うのよ!?おかしいでしょう??悪いけど、すぐにイズ・ド・フランチェスへ譲ると言ってきてちょうだい!」
「……アンネ、戻りましょう」
「ちょっと待ちなさいよ!約束しなさい。ここで『譲ります』って言えばいいのよ」
レーナマリアの人生で初めて知る強い悪意だ。強い悪意を向けられると身動きが取れない、息ができない、そんな自分の変化も初めて知った瞬間だった。
「姫様…私の後ろへ」
アンネが私を庇おうとしている。イズが振り上げた扇子をレーナマリアに向けて振り下ろそうとしているからだ。
「そこまでです!!」
後ろから声が響いた。昨日港まで迎えにきてくれた侍従が立っている。
「何よ!何か用なの?」
イズは全く動じない。
自分の方が侍従よりも上の立場であると判断しているからであろう。
「それ以上の行為は目にあまります。陛下に報告しますよ」
助かった…と思った瞬間、私の身体は傾いて一気に倒れた。勢いよく突き飛ばされたそうだ…後でアンネに聞いたところによるのだが。
なんと顔面から着地。不運にも花壇の端にオデコをぶつけた。痛みを上回る流血にアンネが悲鳴をあげ、何度も私を呼んでいる声が聞こえる。
・・・ダメだわ、瞼が…視界が悪いわ。アンネ?あれ?声が出ない???もしかして意識が…
私は意識を失い、その出血量の多さから、後宮医ではなく皇帝陛下直属の医師団の元へ運ばれたそうだ。これもアンネから聞いた後日談。恐ろしい話である。
そして、頭に包帯をぐるぐる巻きにして…誰にも見せられないような格好で後宮へ戻った頃には、時の人扱い。レーナマリアは、後宮中の有名人になっていた。
「ようやく戻ってこれたわ…。この包帯は一週間くらい巻いておくそうよ。もう傷口は塞がっているけどね。本当に驚いたわ」
「私も驚きました。陛下直属の医師団とはいえ、治癒魔法をお使いになる医師がいるだなんて…」
本来は、側室に何かあっても後宮医で解決できるレベルの施術しか行わないそうだ。それを今回は特別に施してくださったとのこと。
理由は二つ。
一つ、同盟国の王女がアヴァンジェルに来てすぐの出来事であったこと。
二つ、既に正式な側室であるイズ様が、正式な契約を結ぶ前の私を殴ったということは、皇帝陛下の側室がその客人に一方的な暴力を与えたも同然であること。
・・・よかった…。サインする書類の読み合わせが済む前で。本当に良かった。そうでなければ顔の傷は治してもらえなかったかもしれないということでしょう?なんの参考になるかは分からないけど、肝に銘じておこう。
この日は夜更かしすることもなく眠りについたレーナマリアであった。
ーーーーー翌朝 ルクスフィードの侍従レオンの来訪
皇帝ルクスフィードの侍従、レオンが訪ねてきた。
優しい笑みを浮かべ、相手を安心させる雰囲気を備えている。
「朝早くから申し訳ございません。お加減はいかがでしょうか?」
「ええ、おかげさまで頭痛もなく快適に過ごしております。本日は、どのようなご用でしょう?」
「正式な側室としてお迎えするための書類でございます。内容をご確認のうえ、サインをお願いできますか」
内容に目を通す。特に気になる点がないことを確認すると、所定の箇所にサインした。レオンに書類を手渡しがてら聞いてみる。
「イズ様はどうされていますか?」
「……国へお帰りになりました。陛下からのご命令で」
「そうでしたか…。」
自分から聞いておいて早々に後悔した。おそらくというよりは絶対に、今回の件が理由だろう。38番ということは、長らく側室として後宮で暮らしたということ。それを急に生まれた国へ返される…どう暮らしていいか分からないはずだ。怪我をさせられたとはいえ、多少は同情してしまう。
「姫様、実質…49番になりましたね」
レオンの後ろ姿を見送った後、アンネが悪魔のような笑顔で話しかけてくる。確かにそうだが、大喜びはできない。私は変わらず…最下位なのだから。
大きな窓から差し込む朝の日差し。新しい生活への期待と少しの緊張、今までに感じたことのない気持ちとともに、レーナマリアは目覚めた。
・・・たまたま空いた部屋だと聞いたけれど、こんなに素晴らしいお部屋が50番目の最下位側室に与えられるなんて、そんなことあるのかしら?
「姫様、おはようございます。洗顔のお手伝いをいたします」
「ありがとう、アンネ。このお部屋、とても心地いいわね!」
「ほんとに!日当たりも良いですし、気持ちも明るくなります」
この状況下で幸せに暮らすには、素敵な部屋は必須条件である。レーナマリアとアンネは、後宮生活の一日目を想像以上に恵まれた環境でスタートした。
ーーーーー朝の後宮庭園
早い時間にもかかわらず、一組の先客があった。侍女を連れた、見るからに高貴そうな女性だ。躊躇うことなくレーナマリアたちに近付いてくる。
「おはようございます。あなたは?」
「ご挨拶が遅れました。エルトネイル王国から参りました、レーナマリア・ルディ・エルトネイルと申します。宜しくお願い申し上げます」
「新しい側室ね。何番目?」
「50番目でございます。なにぶん最下位でございますので、ご指導のほどお願い申し上げます」
「ふぅ~ん、50番か。私は38番よ!イズ・ド・フランチェスですわ。こちらこそ宜しくね。それで…ねぇ…あなた、あの部屋はどうやって手に入れたの?」
「部屋でございますか?たまたま空いたと聞いております」
「そんなはずないわよ!!私がずーっと頼んでたんだから。なんでアンタみたいな小国の王女ごときが使うのよ!?おかしいでしょう??悪いけど、すぐにイズ・ド・フランチェスへ譲ると言ってきてちょうだい!」
「……アンネ、戻りましょう」
「ちょっと待ちなさいよ!約束しなさい。ここで『譲ります』って言えばいいのよ」
レーナマリアの人生で初めて知る強い悪意だ。強い悪意を向けられると身動きが取れない、息ができない、そんな自分の変化も初めて知った瞬間だった。
「姫様…私の後ろへ」
アンネが私を庇おうとしている。イズが振り上げた扇子をレーナマリアに向けて振り下ろそうとしているからだ。
「そこまでです!!」
後ろから声が響いた。昨日港まで迎えにきてくれた侍従が立っている。
「何よ!何か用なの?」
イズは全く動じない。
自分の方が侍従よりも上の立場であると判断しているからであろう。
「それ以上の行為は目にあまります。陛下に報告しますよ」
助かった…と思った瞬間、私の身体は傾いて一気に倒れた。勢いよく突き飛ばされたそうだ…後でアンネに聞いたところによるのだが。
なんと顔面から着地。不運にも花壇の端にオデコをぶつけた。痛みを上回る流血にアンネが悲鳴をあげ、何度も私を呼んでいる声が聞こえる。
・・・ダメだわ、瞼が…視界が悪いわ。アンネ?あれ?声が出ない???もしかして意識が…
私は意識を失い、その出血量の多さから、後宮医ではなく皇帝陛下直属の医師団の元へ運ばれたそうだ。これもアンネから聞いた後日談。恐ろしい話である。
そして、頭に包帯をぐるぐる巻きにして…誰にも見せられないような格好で後宮へ戻った頃には、時の人扱い。レーナマリアは、後宮中の有名人になっていた。
「ようやく戻ってこれたわ…。この包帯は一週間くらい巻いておくそうよ。もう傷口は塞がっているけどね。本当に驚いたわ」
「私も驚きました。陛下直属の医師団とはいえ、治癒魔法をお使いになる医師がいるだなんて…」
本来は、側室に何かあっても後宮医で解決できるレベルの施術しか行わないそうだ。それを今回は特別に施してくださったとのこと。
理由は二つ。
一つ、同盟国の王女がアヴァンジェルに来てすぐの出来事であったこと。
二つ、既に正式な側室であるイズ様が、正式な契約を結ぶ前の私を殴ったということは、皇帝陛下の側室がその客人に一方的な暴力を与えたも同然であること。
・・・よかった…。サインする書類の読み合わせが済む前で。本当に良かった。そうでなければ顔の傷は治してもらえなかったかもしれないということでしょう?なんの参考になるかは分からないけど、肝に銘じておこう。
この日は夜更かしすることもなく眠りについたレーナマリアであった。
ーーーーー翌朝 ルクスフィードの侍従レオンの来訪
皇帝ルクスフィードの侍従、レオンが訪ねてきた。
優しい笑みを浮かべ、相手を安心させる雰囲気を備えている。
「朝早くから申し訳ございません。お加減はいかがでしょうか?」
「ええ、おかげさまで頭痛もなく快適に過ごしております。本日は、どのようなご用でしょう?」
「正式な側室としてお迎えするための書類でございます。内容をご確認のうえ、サインをお願いできますか」
内容に目を通す。特に気になる点がないことを確認すると、所定の箇所にサインした。レオンに書類を手渡しがてら聞いてみる。
「イズ様はどうされていますか?」
「……国へお帰りになりました。陛下からのご命令で」
「そうでしたか…。」
自分から聞いておいて早々に後悔した。おそらくというよりは絶対に、今回の件が理由だろう。38番ということは、長らく側室として後宮で暮らしたということ。それを急に生まれた国へ返される…どう暮らしていいか分からないはずだ。怪我をさせられたとはいえ、多少は同情してしまう。
「姫様、実質…49番になりましたね」
レオンの後ろ姿を見送った後、アンネが悪魔のような笑顔で話しかけてくる。確かにそうだが、大喜びはできない。私は変わらず…最下位なのだから。
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