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第2幕

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 廃工場の中には土埃まみれの大きな機械がいくつかあったけど、二人を見つける障害にはならなかった。
 小型拳銃を右手で垂直向きに構えるヤスカちゃんの数メートル先には、ミニリュックを前後に背負うミリアムがいた。鉄パイプを震える両手で握り構えるその顔は、涙と鼻水で濡れてぐしゃぐしゃだ。

「や……やめでぐれぇぇぇぇぇ……成仏じろぉぉぉぉぉぉ……」
「ウフフ、無様ね。食料を一人占めしてもなんの意味もないのに。そんな性格だから、新しい恋人あいてを見つけられないのよ」

 このままじゃミリアムが殺される。
 今このタイミングで石を投げれば注意をこっちに向けられるけど、標的がわたしに変わるし、ミリアムも足を怪我しているから走っては逃げれないはずだ。
 投げるコントロールが良ければ、頭や手に当たって拳銃を落とすかもしれない。もちろん、当てられる自信なんてなかった。
 でも、やるしかない。
 助けに来たからには、なにか助けようとしなければここへ来た意味がなくなってしまう。
 手のなかの石を握りしめて〝どうか当たって〟と強く念じる。
 そして、ヤスカちゃんを狙ってとにかく全力で投げた。

「──いたッ?!」

 奇跡的に石が背中に当たった直後、鬼のような形相で振り返るヤスカちゃんと目が合った。

「……なにやってんだよ、テメェ!」

 銃口を向けられるよりも速く、間近にある機械を盾にして身を屈める。
 一発の銃声とミリアムの奇声が同時に構内に鳴り響く。コンクリートの床の上に拳銃が転がっていくのが見えた。
 いったい何事が起きたのか、頭で理解するよりも先に身体が動いていた。
 拳銃を掴もうと駆け出したわたしを、「危ない!」という叫び声が引き留める。そのおかげで、鉄パイプの襲撃をギリギリでかわせた。
 目の前で空振りになった鉄パイプが、続けてわたしの頭を狙って縦横無尽に振り回される。

「死ねぇ! 死ねぇ! 死ねぇぇぇぇぇぇ!!」

 長い髪も振り乱して、両目が血走ったミリアムがわたしを殺そうと襲いかかる。

「死ねよ、死ねッ! こいつ……死ねぇよおおおおおおおおおお!」
「み……ミリアムやめて! 助けてあげたのに、どうして!?」
「畜生の分際で、人間様の言葉を喋るんじゃない! この化け猫がぁぁあああぁぁぁあああッッッ!!」
「ミリアム、やめて!」

 正気じゃなかった。
 助けようとした彼女は、すっかりと正気を失っていて狂人になっていた。
 そんなミリアムの後ろでは、うつ伏せで倒れていたヤスカちゃんがゆっくりと起きあがる。頭の新しい傷から血があふれ、透明感のあるプラチナブロンドの美しい髪はあざやかな深紅に染まっていた。

「殺す……殺してやる……絶対に殺す……」

 呪文のようにそう繰り返しながら、ゆっくりと近づいてこっちにやって来る。
 ようやく気配に気づいたミリアムが、今度はヤスカちゃんを狙って殴りかかった。

「死人は死人らしく、おとなしくしてろぉおおぉおおおおおおおおおッッッ!!」

 それを当たる寸前でひらりと横へかわしたヤスカちゃんは、ミリアムの怪我をしているほうの脛をパンプスの踵で蹴った。

「あぎゃぎゃあぁぁあああああああああッ?!」

 激痛で怯むのと同時に、鉄パイプが手離されて床へ転がり落ちる。ヤスカちゃんはそれを遠くへ蹴りとばすと、前屈みになったミリアムの髪の毛を掴んで彼女の顔面に強烈な膝蹴りをいれた。
 潰された鼻を押さえて崩れ落ちたミリアムを見ることもなく、落とした拳銃を拾いにヤスカちゃんが歩きだす。
 我に返ったわたしは、無防備な背中に向かって体当りをして二人一緒に床へ倒れた。
 ヤスカちゃんは線が細いから、腕力で負ける気がしなかった。暴れるヤスカちゃんに髪を掴まれたり引っ掻かれたりしたけど、わたしも髪を引っ張ったり平手打ちをして反撃に出る。
 なんとか馬乗りになって形勢が有利になれたその時、自然と両手がヤスカちゃんの首を絞めていた。

「そうよ、そのまま絞め殺しなさい。これでゲームがすべて終わる。あなたの愛する家族にまた会えるのよ」

 頭の中であの女の声が聞こえる。
 姿は見えない。
 それでも確かに声が聞こえていた。

「ぐ、がッ……か…………たすけ……て……」 

 わたしは、ヤスカちゃんの苦しむ顔をただじっと見下ろしていた。
 不思議と両手の力が増してゆく。
 このままだとヤスカちゃんは窒息死する。
 わたしは人殺しになる。
 どうしてわたしは、人を殺そうとしているんだろう──

「加奈ちゃん、もういい! やめるんだ!」

 誰かがわたしの手を掴む。
 そして、力づくで両手が首から離された。

「…………唯織さん? わたし……」
「もう大丈夫だから。終わったんだ、ゲームはもう、終わったんだよ」

 唯織さんに抱き寄せられながら立ちあがる。足もとでは、倒れるヤスカちゃんが横向きになって咳き込んでいた。

「そうだ! ゲームはエンディングを迎えた! 吾輩が勝利する、トゥルーエンドになったのだぁぁぁぁぁ!!」

 突然の大声に顔を上げれば、ミリアムがわたしたちに銃口を向けていた。

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