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第2幕
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ミリアムが鉄パイプを上段に構えて薄ら笑いをみせている。今度は頭を狙うつもりなのかもしれない。
「ちょっと、殺すにはまだ早いからやめてよ」
「なぬっ? キス魔には逃げられたんだぞ? 今のうちに一人は殺しておかなければ、我々の命が危うい」
よかった、唯織さんは無事みたいだ。
でも、わたしは全然大丈夫じゃない。
右肩を怪我したし、今も生命の危機にさらされている。
(わたしも武器を……)
まわりにはガラクタやゴミが散乱している。なにかひとつくらい身を守れそうな物があってもいいはずだ。
朽ちて折れた、出刃包丁くらいのサイズの廃材が手の届く距離に落ちていた。榊さんはフェンスの向こうにまだいるから、ミリアムさえなんとかすればこの場から逃げられるはずだ。
二人に気づかれないよう、右肩を押さえて苦しみ続ける。実際にとっても痛いから、名演技だと思う。
「そうだけど、手元に最低一人いればいつでも殺せるし、なにかと使えるんじゃないかしら。場合によっては、犯人が襲ってきたら盾にも囮にもなるし」
「うみゅ……それもそうだな」
ざくっ。
会話に集中している隙をついて、ミリアムの脛に廃材の尖った先を突きたてる。瞬時に鮮血が滴り落ちて確かな手応えも感じた。
「ぐぎぎ……ぎゃああぁあああぁぁあああああああッッッ?!」
鼓膜が破けそうなくらいの大絶叫。
そのすべてを出し終えた頃には、わたしはもう逃げだしていた。
*
地面を蹴りあげるたびに振動が患部を痛めつける。
指先にまで伝わる痛み。
右肩の激痛に耐えながら新たな隠れ場所を探すのはとても難しいので、おすすめはできない。走り続けるだけで精一杯だ。
それと、咽喉の渇きにも苦しめられている。空腹感なら多少は我慢ができるけど、快晴の空から降りそそぐ太陽光で髪の毛もかなり熱くなっていたし、なによりも、あの密室で監禁されていた直後のランニングだから、体力の消耗の激しさが増していた。
行く先に、工場の敷地と外界を隔てる真新しい金網のフェンスが見えてくる。その上部には有刺鉄線の忍び返しも備えられていた。
そのまま出られないのを重々承知の上で、近くまで寄ってみる。高さはざっと、三メートル以上はありそうだ。よじ登るにしても右肩は負傷している今、有刺鉄線が無くても不可能だろう。
「それ、触っちゃダメよ。感電死するから」
女の幽霊の声が聞こえたかと思えば、不意に微風が吹いてきて白い鳥の羽根がひとつ金網に当たる。バチンと弾けたそれは、焼け焦げて赤土の地面に落ちた。
どうして教えてくれたんだろう?
わたしのことを死の世界へ引きずり込むつもりなら、わざわざ助けてくれるようなことはしないはず。
ひょっとしたら、この幽霊は犯人に殺された無念から、わたしに味方してくれようとしているのかもしれない。
「もしかしてあなた、あの三人を見殺しにして一人だけ助かるつもり? ウフフ、まさかねぇ。わたしなら彼女たちを助けてあげるわよ。わたしには、それが出来るから。出来る能力があるのにしないのは、とても罪深いことなのよ。この意味わかるかしら? だって、せっかくの贈り物をくれた神様に失礼じゃない。あなたもそう思うわよね?」
「…………」
返事はしない。死者とは関わりを持たない。この能力は、あくまでお母さんとわたしだけのためにある。だから、絶対に、どんな甘い言葉をささやかれても、わたしからは話しかけることなんてしない。
「それにしてもあの子、どうするつもりなのかしらねぇ……手負いの猛獣は調教師でも操れないから、とっても危険よ。あなたも、わたしみたいにならないでね……うふふ」
言いたいことを言い終えたのか、また女の姿が消えた。
それと同時に、右手の痺れを感じなくなっていた。
悪化して感覚が無くなってきただけなのか──指は動くので、神経まではやられていないはず──さっきまでと比べて、不思議と肩の痛みがやわらいだような気がする。
(咽喉、渇いたな……)
窓ガラスがすべて砕け落ちた建物を背にしてすわり、これからなにをすべきかを日影の中で考える。
先ずは、唯織さんと合流したい。一人であの二人と犯人まで相手にするなんて無理な話だ。
それにわたしは、怪我をしている。せめて無傷なら、鉄パイプみたいな武器を使えば、少なくともあの二人には勝てる自信がある。このゲームでも生き残れる。
理想的なのは、スマホ等の連絡手段が見つかることだ。警察に助けを求めるのが最善策ではあると思うけれど……こんな廃墟に都合よく落ちてはいないだろう。
そういえば、食料を隠してあるって犯人が言ってたっけ。もしそれが本当なら、最低限自分の分だけでも手に入れたいところだ。
でも、いったいどこに?
これまでの展開を考えてみる。
これは、頭のおかしな犯人が仕掛けた恋愛殺人ゲーム。ゲームなら、ゲームらしい場所に置いてあるのかもしれない。
気がつけば、制服が汚れにまみれていた。あの場から逃げるときに、パイプや壁にぶつかったからだと思う。
スカートの土埃も叩かずに、そのまま立ちあがる。今は身なりを気にする気分でも状況でもない。
とりあえずわたしは、フェンスに沿って歩くことにした。
「ちょっと、殺すにはまだ早いからやめてよ」
「なぬっ? キス魔には逃げられたんだぞ? 今のうちに一人は殺しておかなければ、我々の命が危うい」
よかった、唯織さんは無事みたいだ。
でも、わたしは全然大丈夫じゃない。
右肩を怪我したし、今も生命の危機にさらされている。
(わたしも武器を……)
まわりにはガラクタやゴミが散乱している。なにかひとつくらい身を守れそうな物があってもいいはずだ。
朽ちて折れた、出刃包丁くらいのサイズの廃材が手の届く距離に落ちていた。榊さんはフェンスの向こうにまだいるから、ミリアムさえなんとかすればこの場から逃げられるはずだ。
二人に気づかれないよう、右肩を押さえて苦しみ続ける。実際にとっても痛いから、名演技だと思う。
「そうだけど、手元に最低一人いればいつでも殺せるし、なにかと使えるんじゃないかしら。場合によっては、犯人が襲ってきたら盾にも囮にもなるし」
「うみゅ……それもそうだな」
ざくっ。
会話に集中している隙をついて、ミリアムの脛に廃材の尖った先を突きたてる。瞬時に鮮血が滴り落ちて確かな手応えも感じた。
「ぐぎぎ……ぎゃああぁあああぁぁあああああああッッッ?!」
鼓膜が破けそうなくらいの大絶叫。
そのすべてを出し終えた頃には、わたしはもう逃げだしていた。
*
地面を蹴りあげるたびに振動が患部を痛めつける。
指先にまで伝わる痛み。
右肩の激痛に耐えながら新たな隠れ場所を探すのはとても難しいので、おすすめはできない。走り続けるだけで精一杯だ。
それと、咽喉の渇きにも苦しめられている。空腹感なら多少は我慢ができるけど、快晴の空から降りそそぐ太陽光で髪の毛もかなり熱くなっていたし、なによりも、あの密室で監禁されていた直後のランニングだから、体力の消耗の激しさが増していた。
行く先に、工場の敷地と外界を隔てる真新しい金網のフェンスが見えてくる。その上部には有刺鉄線の忍び返しも備えられていた。
そのまま出られないのを重々承知の上で、近くまで寄ってみる。高さはざっと、三メートル以上はありそうだ。よじ登るにしても右肩は負傷している今、有刺鉄線が無くても不可能だろう。
「それ、触っちゃダメよ。感電死するから」
女の幽霊の声が聞こえたかと思えば、不意に微風が吹いてきて白い鳥の羽根がひとつ金網に当たる。バチンと弾けたそれは、焼け焦げて赤土の地面に落ちた。
どうして教えてくれたんだろう?
わたしのことを死の世界へ引きずり込むつもりなら、わざわざ助けてくれるようなことはしないはず。
ひょっとしたら、この幽霊は犯人に殺された無念から、わたしに味方してくれようとしているのかもしれない。
「もしかしてあなた、あの三人を見殺しにして一人だけ助かるつもり? ウフフ、まさかねぇ。わたしなら彼女たちを助けてあげるわよ。わたしには、それが出来るから。出来る能力があるのにしないのは、とても罪深いことなのよ。この意味わかるかしら? だって、せっかくの贈り物をくれた神様に失礼じゃない。あなたもそう思うわよね?」
「…………」
返事はしない。死者とは関わりを持たない。この能力は、あくまでお母さんとわたしだけのためにある。だから、絶対に、どんな甘い言葉をささやかれても、わたしからは話しかけることなんてしない。
「それにしてもあの子、どうするつもりなのかしらねぇ……手負いの猛獣は調教師でも操れないから、とっても危険よ。あなたも、わたしみたいにならないでね……うふふ」
言いたいことを言い終えたのか、また女の姿が消えた。
それと同時に、右手の痺れを感じなくなっていた。
悪化して感覚が無くなってきただけなのか──指は動くので、神経まではやられていないはず──さっきまでと比べて、不思議と肩の痛みがやわらいだような気がする。
(咽喉、渇いたな……)
窓ガラスがすべて砕け落ちた建物を背にしてすわり、これからなにをすべきかを日影の中で考える。
先ずは、唯織さんと合流したい。一人であの二人と犯人まで相手にするなんて無理な話だ。
それにわたしは、怪我をしている。せめて無傷なら、鉄パイプみたいな武器を使えば、少なくともあの二人には勝てる自信がある。このゲームでも生き残れる。
理想的なのは、スマホ等の連絡手段が見つかることだ。警察に助けを求めるのが最善策ではあると思うけれど……こんな廃墟に都合よく落ちてはいないだろう。
そういえば、食料を隠してあるって犯人が言ってたっけ。もしそれが本当なら、最低限自分の分だけでも手に入れたいところだ。
でも、いったいどこに?
これまでの展開を考えてみる。
これは、頭のおかしな犯人が仕掛けた恋愛殺人ゲーム。ゲームなら、ゲームらしい場所に置いてあるのかもしれない。
気がつけば、制服が汚れにまみれていた。あの場から逃げるときに、パイプや壁にぶつかったからだと思う。
スカートの土埃も叩かずに、そのまま立ちあがる。今は身なりを気にする気分でも状況でもない。
とりあえずわたしは、フェンスに沿って歩くことにした。
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