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 ここに連れてこられてから、どれくらいの時間が過ぎているのだろう。自室のベッドで眠っていたわたしはパジヤマ姿で、腕時計もスマホも持ってはいない。
 それなら、他のみんなは?
 隣に倒れてきた黒神イソラの服装は、パジヤマじゃなくて普段着の方だと思う。むしろ、ちょっとお洒落していたんじゃないかな。だとすると、スマホくらいは持っていそうだ。
 でも、助けを呼ぼうとする素振りははじめからしてはいない。いまはもうゲームが始まっているし、ルール違反になるから出来ないんだろうけど……
 なにかと騒いでいた七海は、スマホを持っていないはずだ。持っていたら絶対真っ先に使って助けを読んでいるはずだし、それは氷見さんも同じで、家族か警察に連絡をするに違いない。
 あっ、常に冷静な判断を下す恭子さんもスマホが無いんだろうな。
 結局、わたしの推理だと全員がスマホを持っていないことになった。

「おい、どうすんだよ? このままじゃ、みんなが窒息死してゲームが終わるぞ。誰かお手本でカップルになってみせろよ」
「うー……お手本、お手本……やっぱり、キスしか思いつかない……」
「いいじゃん、それで。この際、なにもしないよりはマシかもな。おい、おまえ」
「……は、はい?」
「こいつとキスしろよ」
「えっ? わたしが……ですか?」

 一体なんの権限があってなのか、七海が氷見さんに黒神イソラとのキスを命じた。
 乱暴ではあるけれど、確かにそれでなにか脱出の糸口が──カップル成立の手掛かりが掴めるかもしれない。

「…………嫌です」
「あ? 声が小さくて聞こえねぇよ!」
「……キスするの、嫌です」
「へっ、なに勿体ぶってんだよ。別にセックスする訳でもないし、チューぐらいしてやれよ」
「だったら、あなたがすればいいじゃないですか」
「……じゃあさ、逆にくけどよぉ、あたしとキス、誰がしたいんだよ? 散々暴れまわって、おまえらに迷惑もかけて、こんなあたしと誰がキスをしてくれるんですかって話ですよッ!」

 本人の予想どおり、誰からも「します」と返事は無かった。ちょっぴりかわいそうだけど、自業自得だと思う。

「あのう、ずっと気になっていたんですけど……そこの女の子、いつまで眠っているんですか? これだけいろいろと騒いでいたのに、ちっとも起きませんよね?」

 ヤバイ、氷見さんがわたしに疑念を抱いた。
 なるべく自分が有利になってから起き上がりたかったけれど、さすがにもう限界だろう。このまま寝た振りを続ければ余計な不信感をみんなに与えてしまい、誰ともカップルになれずにわたし一人が残されてゲームが終わる。そんな最悪なシナリオは、是が非でも避けたいところだ。 

「そう……だよな。なんか変じゃね?」

 七海の声と気配が真っ直ぐこちらに近づいてくる。
 こうなったら、触れられた瞬間に目覚めた振りを──

「ちょっと待って」

 不意にわたしの額に触れたのは、恭子さんだった。

「すごい熱……さっきまではなんともなかったのに」

 え? わたし、熱なんて無いけど……?

「早くお医者さんに診てもらわないと、この子危ないかも」
「そっ、そんな……だから動かなかったの? ど、どうしましょう恭子さん……」
「ゲームの最中だし、かわいそうだけど、わたしたちに出来ることはないと思うわ」
「クソッ、マジかよ!」

 恭子さんはどうしてウソを?
 わたしを……助けてくれた?
 でも、なんのために?

「ねえ、七海ちゃん」
「……んだよ?」
「わたしとキスしましょう」
「えっ」
「わたしとじゃ、嫌かしら?」
「嫌って……あの……そもそも、女とキスなんてしたくねぇーけどよ、その……こっから出れるなら、しても……」
「なら、しましょうよ。ね?」
「おっ、おい!?」

 思わぬ展開になってきた。
 わたしは瀕死にされ、恭子さんとあの七海がキスしようとしている。

「七海ちゃんの身体、震えてるわよ? 女同士でキスするの、怖い?」
「ちが……本当にいいのかよ……あたしで……?」
「うふふ……七海ちゃん、可愛い」
「──!」

 場の空気が変わった。
 きっと二人は、キスをしているのだろう。

「ん……っ……ンン!?」
「うふふ……チュッ、れろっ……ぐっ?!」
「──ぷはッ、舌まで入れるの、やめろよ!」

 七海が声を張り上げて、彼女の足音も少し遠退く。
 舌って……恭子さんがそこまで? 試しにキスをするだけじゃなかったの?

「……痛い。唇、切れちゃった」
「はぁ、はぁ……自分が悪いんだろ……」

 キィィィィン……
 耳鳴りが──聞こえる──

『ルール違反だ』

 あの声がまた聞こえた。
 ルールって、そうか。お互いを傷つけるな。七海が恭子さんの唇を噛み切ったから、ペナルティがまた発動するんだ。

「チッ! んだよ、クソが。へいへい、あたしが悪ぅございましたァ。また叩かれるのかよ……今度は手加減しろよな」

『ペナルティとして、おまえたち五人のなかから一人を選んで爪を剥がせ』
「……なっ?!」

 今度のペナルティは、爪!?

「おいおいおいおいおい! ちょっと待てって! 爪ってなんだよ!? 平手打ちじゃねぇのかよ!? ふざけんなよ、おい!」
『これは、おまえたちがルールを破った罰だ。繰り返す、おまえたち五人のなかから一人を選んで爪を剥がせ』
「そっ、そんなあ……爪を剥がすって……恭子さぁぁぁん……」

 氷見さんが恭子さんにすり寄って小声でなにかを話してるけど、さすがにここからだと聞き取れそうにない。もしかしたら、自分を助けるように懇願しているのかな。

「ごめんなさい、氷見ちゃん。わたしは平等でいたいの。さっきは七海ちゃんが叩かれたから、次は他の誰かが犠牲にならないとフェアじゃないでしょ?」
「へ? 恭子……さん…………やだ、怖いよ……眼が……全然笑ってないよ?」

 恭子さんが、氷見さんが、辺りの雰囲気が、一瞬にしてガラリと変わった。
 実際に見てはいないけれど、わたしにはわかる。みんなの表情が──とくに、氷見さんの表情。
 これからなにが自分に行われるのか、きっと経験から察知して恐怖に怯えているはずだ。

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