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第三章
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「また何かよからぬ事を企んでいるんですか?」
イーサンが眉間に皺を寄せると、エヴァンズは口角を上げてニヤリとする。
「実はイーストエンドで、『ジャイルズ』というパブを経営しているんだよ」
「なっ」
テオは思わず声を上げてしまい、イーサンに睨まれる。エヴァンズはふたりのやり取りを見て、芝居がかった様子で言った。
「おや、知っているのか?」
イーサンはその質問には答えず、険しい表情のまま言った。
「父上はご存知なんですか?」
「いや。話したところで、許してもらえるとも思わんしね。イーストエンドでパブなんて、グランチェスター家の名誉に関わる、だろ?」
「わかっていらっしゃるなら、どうして」
「楽しいからだ。他にどんな理由がある?」
エヴァンズは身を乗り出し、嬉々として話し続ける。
「それにこれまでと違って、経営状況は良好でね。うまくいけば、これまで父上に支援して貰った額も回収できるかもしれない」
「にわかには信じられませんが」
「パブで開催する賭け事が当たったんだよ。特に『ネズミ殺し』が人気でね。ジェントルマンの愛犬が、四分間で何匹ネズミを噛み殺せるか賭けるんだ」
「興味ありませんね」
イーサンは顔色ひとつ変えなかった。この完璧なポーカーフェイスも、紳士足る資質なのかもしれない。
「にべもないな」
エヴァンズは苦笑しながら、宝石を散りばめた金細工の嗅ぎタバコ入れを胸元から取り出した。蓋を開けると芳しい匂いが立ち上る。
「すばらしく、良い香りですね」
ずっと取り付く島もなかったイーサンが、エヴァンズの手元を凝視していた。側に立っているとビリビリとした緊張感が伝わり、半端ない集中力だとわかる。
「この嗅ぎタバコの良さがわかるか? さすが弟だ」
エヴァンズは口元をほころばせるが、イーサンの表情は硬いままだ。
「お世辞は結構。特別な品で?」
「あぁ。ボク専用に数種類の香料をブレンドさせたんだ。まるで香水のようだろう?」
「ひとつかみ幾らです? お高いんでしょうね」
エヴァンズが顔を引きつらせた。彼は嗅ぎタバコ入れを仕舞い、面白くなさそうにつぶやく。
「まったくお前は、金の話しかしないな。こういう物は、体面を保つための小道具だろう。我々のような階級は、品格を公に示すのも大事だ」
「ご高説ありがとうございます」
イーサンはにこやかに礼を言い、いつの間にか普段の彼に戻っている。エヴァンズへの嫌みも絶好調だ。
「もちろん余裕があるなら、メンツを守るのも結構だと思いますよ」
「ではその余裕を生むためなら、ボクに協力してくれるか?」
イーサンが眉間に皺を寄せると、エヴァンズは口角を上げてニヤリとする。
「実はイーストエンドで、『ジャイルズ』というパブを経営しているんだよ」
「なっ」
テオは思わず声を上げてしまい、イーサンに睨まれる。エヴァンズはふたりのやり取りを見て、芝居がかった様子で言った。
「おや、知っているのか?」
イーサンはその質問には答えず、険しい表情のまま言った。
「父上はご存知なんですか?」
「いや。話したところで、許してもらえるとも思わんしね。イーストエンドでパブなんて、グランチェスター家の名誉に関わる、だろ?」
「わかっていらっしゃるなら、どうして」
「楽しいからだ。他にどんな理由がある?」
エヴァンズは身を乗り出し、嬉々として話し続ける。
「それにこれまでと違って、経営状況は良好でね。うまくいけば、これまで父上に支援して貰った額も回収できるかもしれない」
「にわかには信じられませんが」
「パブで開催する賭け事が当たったんだよ。特に『ネズミ殺し』が人気でね。ジェントルマンの愛犬が、四分間で何匹ネズミを噛み殺せるか賭けるんだ」
「興味ありませんね」
イーサンは顔色ひとつ変えなかった。この完璧なポーカーフェイスも、紳士足る資質なのかもしれない。
「にべもないな」
エヴァンズは苦笑しながら、宝石を散りばめた金細工の嗅ぎタバコ入れを胸元から取り出した。蓋を開けると芳しい匂いが立ち上る。
「すばらしく、良い香りですね」
ずっと取り付く島もなかったイーサンが、エヴァンズの手元を凝視していた。側に立っているとビリビリとした緊張感が伝わり、半端ない集中力だとわかる。
「この嗅ぎタバコの良さがわかるか? さすが弟だ」
エヴァンズは口元をほころばせるが、イーサンの表情は硬いままだ。
「お世辞は結構。特別な品で?」
「あぁ。ボク専用に数種類の香料をブレンドさせたんだ。まるで香水のようだろう?」
「ひとつかみ幾らです? お高いんでしょうね」
エヴァンズが顔を引きつらせた。彼は嗅ぎタバコ入れを仕舞い、面白くなさそうにつぶやく。
「まったくお前は、金の話しかしないな。こういう物は、体面を保つための小道具だろう。我々のような階級は、品格を公に示すのも大事だ」
「ご高説ありがとうございます」
イーサンはにこやかに礼を言い、いつの間にか普段の彼に戻っている。エヴァンズへの嫌みも絶好調だ。
「もちろん余裕があるなら、メンツを守るのも結構だと思いますよ」
「ではその余裕を生むためなら、ボクに協力してくれるか?」
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