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第二章

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 問題の賭博場は、ごみごみした飲み屋街にある『ジャイルズ』というパブだった。イーサンは躊躇なくカウンターに向かい、マスターらしき男にチラシを見せる。

「この会場は、ここで合っているか?」

 イーサンの身なりがいいせいか、マスターは急に姿勢を正した。

「場所はうちですが、これは先週のチラシですよ。次の『ネズミ殺し』は再来週です」
「定期的にこういった賭け事を?」
「はい。出し物は変わりますけどね。今週と来週は闘鶏です」

 イーサンが怪訝な顔をしたからか、マスターは得意そうに話し始める。

「闘鶏は闘鶏でも、趣向が違うんですよ。今週は三二羽を二羽ずつ、トーナメント形式で闘わせるんです。ウェールズ式闘鶏って、聞いたことないですか?」
「知らないな」
「来週はバトルロイヤルをします。大量のニワトリを一同に闘わせて、勝者を賭けるサバイバルゲームです。どちらも盛り上がりますよ」

 なんとも残忍なゲームだ。それに人々が熱狂して、大金を掛けているのかと思うと、さらにゾッとする。

「チラシの『ネズミ殺し』は、どういったものなんだ?」
「一定時間内に、犬が何匹ネズミを噛み殺せるか賭けるんですよ」
「予想するのは難しそうだな。必勝法はあるのか?」

 マスターはとんでもないとでも言いたげに、大きく頭を振った。

「そんなものありませんよ。うちは公明正大にやってます。一度ご覧になればわかります」
「でも中には常勝する人間もいるだろう?」

 イーサンの問いかけに、マスターはふと考え込む。

「そう言えば、最近よく勝ってる人はいますね。マーリブルック男爵の愛犬が登場する回は、よく大番狂わせがあるんですけど、そういう時は必ず勝つんです」
「やけに詳しく覚えてるじゃないか。そんなに特徴的な人物なのか?」

 マスターは周囲を見渡してから、少し声量を落として答えた。

「その人は女装した男性なんですよ。小柄でベール付きの帽子を被っているんで、パッと見た感じじゃわかりませんけど」
「ほぅ。なんでまた女装なんて?」
「知りませんよ。近くには男娼宿もありますから、そこから来てるんじゃないですか?」
「男より女のほうが、賭け事で優遇されるわけではなく?」

 手を左右に振りながら、マスターは「まさか」と笑い飛ばす。

「さっきも言いましたが、性別や職業、階層で区別することはありません。ゲームの前では、皆平等ですよ」
「金さえ持っていれば、どんな人間も歓迎するわけだな」

 少々意地の悪い言い方だと思ったが、マスターは軽く首をすくめただけだ。

「まぁこっちも商売なんでね」
「そりゃそうだ。話に付き合わせて悪かったな。また寄らせてもらうよ」

 イーサンはそう言って、礼のつもりか一シリングコインをカウンターに置いた。マスターはコインを懐に入れると、ニコニコして頭を下げる。

「どうぞご贔屓に」

 誰よりも先に店を出たイーサンを追いかけ、テオは渋い顔で言った。

「あぁいうときは、気前がいいんですね」
「チップをケチってどうする。価値のある情報は、一シリングでもお釣りが来るぞ」
「さっきのは会話には、それだけの値打ちがあると?」
「わからん。ただ何をするにも、先行投資は必要だろう?」

 イーサンはテオとの会話を切り上げ、リネットに尋ねた。

「マーリブルック男爵という方をご存知で?」

 リネットは素速く首を振り、嫌悪感も露わに言った。

「夫は男娼宿なんかに、出入りしているんでしょうか?」
「まぁまだご主人と決まったわけではないですし」

 テオがフォローするが、リネットはうつむいて震えるばかりだ。最早不可解な羽振りの良さよりも、亭主の女装癖のほうが気になっているのだろう。

「それにしても、必ず勝つとはどういうことでしょう? いかさまでもしてるんでしょうか?」

 重苦しい空気に耐えられず、テオが話題を変えた。イーサンはコクンと頷いて答える。

「可能性はあるな。しかし店側は、余計な詮索はしないだろう」
「なぜです?」
「いかさまだろうとなんだろうと、大金を掛けてもらえば賭場は盛り上がる。胴元は手数料を取ってるから、損をしないしな」

「しかしいつまでも放置していたら、店の信用に関わるでしょう?」
「まぁな。マスターだって、目に余るようなら対処はするだろうよ。再来週、実際に見てみるしかないんじゃないか?」

 イーサンの言うとおりだ。幾らここで議論をしていても、何も先には進まない。

「ミセス・ジャービスも、それで構いませんね?」

 リネットは「はい。よろしくお願いします」と言い、深々と頭を下げたのだった。
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