上 下
287 / 299

263

しおりを挟む
少しだけ急ぎ足で、自分の与えられた部屋に向かう。
目的の物を探し、自分の役割を全うする為に。

部屋に入ると一目散に机に向かう。どっしりとした造りには薔薇の細工彫りが施され、取っ手は真鍮で出来ており、こちらも薔薇の細工があしらわれている。
そんな豪奢な机の引き出しを次々と開けていく。
目的の物を見つける為。そして、ようやく見つけ出した。
真鍮製で、持ち手には花々が彫られた精巧なペーパーナイフを見つけ出す。
「殺傷能力は皆無だけど・・・・形だけでもね・・・・」
すこし、自嘲気味の顔で笑ってしまう。この部屋には確実に相手を傷つけられるものはない。
その中でも「それっぽく」見えるのはこのペーパーナイフぐらいだろう。

夜神はそれを、袖のカフスから中に入れる。携帯しているのをバレないように隠していく。
そして、今度は目的の人物がいる部屋に向かう為部屋を出て行く。

数えるぐらいしか行っていないが、意外と道順を覚えているものだ。
時々、通り過ぎる侍女や従者、文官、士官が訝しい目を向ける。けど、夜神にはそんな視線など些末なことでしかなかった。
ある意味、慣れたその視線を無視して、目的の部屋の扉に立つ。
そこには騎士服を着た近衛兵が立っていた。中にいる人物がどれ程の重要人物なのかを物語っている。

「皇帝に用があるの。中に通して下さい」
「貴女の来訪予定は伺っておりません。申し訳ございませんがお引き取りください」
「急な用事なの。今すぐ話したい事があるから、貴方が皇帝に取り次ぎをして下さい。それならば問題ないでしょう?」
「出来ません」
「何故?」

埒のあかない、押し問答が続く。二人いる近衛兵のうち、一人を捕まえて「中に入れろ」「それは出来ない」を繰り返す。
取り次ぎをしてくれなくても、外でこれだけ騒がしくなれば、中にいる誰かが気付くはず・・・・・
夜神はそれを期待して、一歩も引かず「中に入れろ」と、繰り返す。
そのうち、扉が開き見知った人物が現れる
「うるさいですよ!何を考えているのか分かりませんが、白いお嬢さん・・・・・陛下がお呼びです。中にお入り下さい」

明らかに眉間に青筋のようなものが見えているが、夜神は気にしなかった。
ローレンツと呼ばれている宰相を見た途端、門番をしていた近衛兵は姿勢を正していく。
「ローレンツ宰相・・・・申し訳ございません!」
「構いませんよ。悪いのはあなたではなく、白いお嬢さんなのですから・・・・・どうぞ・・・・」
手を動かして中に入るように促してくる。夜神はその動きを確認すると、唇を引き締めていく。
姿勢を正し、ローレンツの後ろを付いていく。

「全く・・・・陛下も色々ですが、お嬢さんもですか・・・・「類は友を呼ぶ」ですかね?」
あんな奴と同じにされたくないが、いちいち反撃するのも億劫なので無視を決め込む。
部屋は豪奢な作りで、威厳を残しながらも「執務」を主にする為か落ち着いている。
そんな部屋に大きな机を両端に並べ、数人の大臣なのか、政務官か分からないが各々の仕事をしながらも、夜神とローレンツに奇怪な眼差しを向ける。

そして、部屋の上座には両端に並べられた机より一回り大きく、繊細な薔薇の細工がされた机がある。その机で、さっきまで仕事をしていたのがよく分かるぐらい、書類や書簡が並べられている。
机の持ち主、ルードヴィッヒ・リヒティン・フライフォーゲルは今から起こる出来事を楽しむ為に、仕事の手を止めて楽しそうに金色の瞳を細めてこちらを見ている。
「凪ちゃん、どうしたのかな?私はこの通り仕事の最中なんだよ。相手をして欲しかったら夜にしてあげるから部屋に帰って欲しいな?」

本当に帰って欲しいのか分からない口調と声質で語りかける。周りいた奴等は顔を歪めている。勿論、蔑むような侮蔑の顔をして。
「大事な話があるから来たの。誰にも聞かれたくないから人払いを願います」
「「魔女」っ!!いくら「スティグマ」があるといえ陛下に何たる態度・・・・・恥をしれ!」
本来なら一礼をして、部屋に入ってきた事に対して詫び、お目通り出来たことに対して礼を述べるのに、全てを無視している態度に腹が立ったのだろう。

けど、家臣でも忠実な犬でもない。憎しみの対象しかない人物に、礼も詫びも必要ない。
夜神は相手の非難を無視して、目の前で楽しそうに事を傍観している人物を鋭い眼差しで射抜く。
「・・・・・それ以上怒っていたら体に悪いよ?凪ちゃんはだから許して上げて?・・・・・凪ちゃんの話は今すぐでないと駄目なのかな?」
「えぇ、今すぐでないと意味がないの」
「・・・・・そう、分かったよ。すまないね全員部屋から出ていってくれないかな?小鳥の我儘に付き合って欲しい」

ため息混じりで「仕方がない」と、雰囲気を出しながら全員の退出を促す。
「なっ!」「陛下?」と、驚きの声と「魔女めっ!」「なんて、恥知らずな!」と、非難する声が混ざって聞こえる。
けど、一番の右腕ローレンツが率先して部屋から全員を退出させる。そして、最後にこちらを見つめる。その眼差しは複雑なものだった。
何かを言う事もなくそのまま退出する。
広い部屋には夜神とルードヴィッヒの二人だけになる。

「御要望通り私と凪ちゃんの二人だけになったよ?で、大事な話は何なのかな?」
背もたれに体を預けて、愉悦した眼差しを向ける。
夜神も少しずつ詰め寄っていく。タイミングを計る。
相手は皇帝。タイミングを少しでも間違えると全てが失敗に終わってしまう。
赤色と金色の視線の攻防戦が繰り広げられる。けど、最初に戦線離脱したのは皇帝だった。
「ふっ」と鼻で笑って目を閉じる。所詮は小鳥の悪ふざけ。しょうがないから付き合ってあげよう・・・・の心構えなのかもしれない。
それでも夜神は良かった。攻防戦から離脱したと分かった途端、駆け出して跳躍し、書類を踏みつけて行くように机に乗っかり、さらに跳躍して地面に降りると、皇帝の背後に回り込む。
袖の中に隠したペーパーナイフを抜き取ると尽かさず皇帝の喉元に突きつける。

「・・・・・・何のマネかな?それに、そんな玩具・・・・・私がそれに怯むとでも?」
「怯まない事ぐらい承知している。形と気持ちの現われだ・・・・・・皇帝・ルードヴィッヒ・リヒティン・フライフォーゲル・・・・・最後の勝負をしましょう」
皮膚を傷付けることはないナイフを喉元にグィッと押さえつける。
そして、夜神の静かで落ち着いた声が部屋に行きわたる。

それは、夜神が散々悩み、導き出した答え。最後の、本当に最後の決着をつける為。
心から愛した人を逃がす為に導き出した答え。

ペーパーナイフを握った手に力がこもる。
「最後の決着をしましょう。勿論、勝者と敗者それぞれの褒美はある」
この褒美で本当に良かったのかと自問自答していたが、これしかない。
まるで、ルルワのようだ・・・・・
あれだけ散々拒絶したのに、結局は同じ事を繰り返すのね・・・・・

「ほう?聞かせてもらおうか。勝者と敗者・・・・何が貰えて、何を差し出すのか?」
ルードヴィッヒの楽しそうな声が、夜神の気持ちに波をたてる。
グッと、声が詰まってしまったが、一旦、深く息を吐き気持ちを鎮める。
「最後の決着は・・・・・」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

♡蜜壺に指を滑り込ませて蜜をクチュクチュ♡

x頭金x
大衆娯楽
♡ちょっとHなショートショート♡年末まで毎日5本投稿中!!

【R-18】クリしつけ

蛙鳴蝉噪
恋愛
男尊女卑な社会で女の子がクリトリスを使って淫らに教育されていく日常の一コマ。クリ責め。クリリード。なんでもありでアブノーマルな内容なので、精神ともに18歳以上でなんでも許せる方のみどうぞ。

[R18] 激しめエロつめあわせ♡

ねねこ
恋愛
短編のエロを色々と。 激しくて濃厚なの多め♡ 苦手な人はお気をつけくださいませ♡

生贄にされた先は、エロエロ神世界

雑煮
恋愛
村の習慣で50年に一度の生贄にされた少女。だが、少女を待っていたのはしではなくどエロい使命だった。

マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子

ちひろ
恋愛
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子の話。 Fantiaでは他にもえっちなお話を書いてます。よかったら遊びに来てね。

レイプ短編集

sleepingangel02
恋愛
レイプシーンを短編形式で

処理中です...