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ルードヴィッヒを交えての会議は遅くまで続いていた。
詳細の報告から始まり、誰が、どこの省の怠慢だや、そちらこそ怠っていたでしょう、とルードヴィッヒが懸念していた責任の擦り付け合いがはじまる。
最終的にはローレンツがまとめた対策で手打ちとなったが、色々な意味で疲れる会議でもあった。果たして成果のある実りある会議だったのかと問われれば、首を傾げるしかない。
しかし、我々にとっては大事な扉。この扉のおかげで飢えから逃げられたのだ。再び飢えに苦しむなどしたくない。

ため息が出てしまう。一体、我々が見えない所で何が起こっているのか・・・・・・
それに懸念するのは他にもある。スタン公爵の件や、我々に情報提供している餌達の事だ。
自分達の生活を確保する為に、餌の世界の情報を供給していた者たちの情報が徐々に少なくなってきている。
特に日本からの情報が著しく少い。
軍の施設で出会った餌も確か、帝國出身の餌だ。中々の地位にいたようだが、最近はうんともすんとも言わない。

「・・・・・・・腹立たしい」
ルードヴィッヒは着ている詰め襟の軍服を脱いで、ソファに無造作に投げ捨てる。睡眠を得るために、ゆったりした服に着替えると寝室の扉を開き、部屋を横切っていく。
更に奥の部屋に繋がる扉を開き中に入るが、そこには誰もいなかった。
「あぁ、そうか。凪ちゃんの部屋のベッドに寝かしたんだったね・・・・可哀想にあんなに怖がって・・・・・」
昼間の光景を思い出し、唇が歪んでいく。
「ブラッドゲート」の言葉を聞いた途端、震えだして嗚咽を洩らし、静かに泣き出す。
誰に懇願し、許して欲しいのかひたすらに「ごめんなさい」と謝っていた。

久しぶりに赤い瞳が感情を戻したかと思ったが、その感情も怯えや戸惑いと負の感情で、少しばかり物悲しい。
「仕方ないよね・・・・凪ちゃんは罪を償わないといけないのだから。私のように先祖の業を背負わないと・・・・一生逃げることの出来ない業を償わないといけないよね」
ルードヴィッヒは更に部屋を横切り扉を開く。

すると、柔らかい雰囲気の部屋に入る。自分の部屋が重厚感あるとすれば、この部屋は柔和な雰囲気がある。
その部屋のベッドに誰かが眠っているのが直ぐに分かる。
穏やかな寝息の人物は昼間、狂ったように謝り続けて、涙を流していたとは思えない程だ。
「ただいま、凪ちゃん。ちゃんと冷やしてもらったね。腫れが引いて良かった・・・・とても疲れたよ・・・・今日は凪ちゃんのベッドで一緒に眠ろうね」

完全には腫れが引いていないが、それでも昼間より幾分マシになった目元を優しく撫でる。
擽ったいのか、僅かに顔を顰めて、動かす。
その様子に微笑み、ルードヴィッヒは布団をめくり中に潜り込み、夜神の体を包み込むように抱き締めていく。
昼間のドレスから、今は肌触りの良い寝屋着に着替えさせられ、顔の化粧も拭われ、髪も解かれている。
香油を使われたのか、甘い花のような匂いがする夜神を堪能したくて、苦しくない程度に抱きしめると目を閉じる。

あぁ、本当に疲れた・・・・・
けど、この出来事は何かの序章のような気がする
考えたくないが、更に何かが起こる・・・・・
本当に、腹立たしい・・・・・
腹立たしい・・・・・・

ルードヴィッヒは腹の底から湧き上がる憎悪に悪態をつきつつ、一時の安らぎの為に眠りについた。


第十一エルフの「ブラッドゲート」が帝國から消滅して数日たった。
そこに、新たに次の問題が舞い込む。
人間の世界に「狩り」に出かけたまま、音信不通だったスタン侯爵が乗ったヘリが森で見つかったのだ。
だが、ヘリの中は裳抜けの殻で、何も見つからなかった。
スタン侯爵が乗って操縦したのか、それとも別の人物なのかは不明。
証拠も証明も何もないまま、ヘリは騎士団が押収していった。
そして、スタン侯爵の行方は未だに解明されていない。


「陛下。こちらが騎士団からの報告書です。あと、スタン侯爵夫人並びに子息達の嘆願書です」
「あぁ、本当に煩わしい。勝手に「狩り」をするのも自由だし、そこで命を落としても帝國は一切関与しないとなっているのに・・・・」
ルードヴィッヒはローレンツから貰った報告書を苦虫を噛み潰したよう顔で見る。

色々と書いてあるが、要約すると「分かりません」だ。

「今回ばかりは色々と違う為、夫人も躍起になってますね・・・・」
「躍起になろうが、餌の世界に行ったのならそこは我々は関与しない決まりだ・・・・何を履き違えているのか・・・・」
「全くです。ただでさえ、扉の消滅もあり忙しいのに、こんなくだらない事に時間を割くほど暇ではないのは重々承知してます」
ルードヴィッヒ達は一つの扉の前に並んで立つ。

「大臣達と議論しなくては・・・・ですが、中にはスタン侯爵の件を上げる不届きな者もおります。陛下、十分に気をつけて下さい」
「ローレンツ?誰に言ってるんだい?それをあしらうのが我々だよ?赤子の手をひねる様に潰してしまえばいいのさ」
ルードヴィッヒは暗い笑みを浮かべる。何かを馬鹿にするような、傲岸不遜の顔だ。
「畏まりました。では、陛下参りましょうか」
ローレンツは扉に手をかける。ルードヴィッヒはその傲岸不遜の顔のままローレンツの開いた扉の中をくぐる。
これから行われる帝國の今後についての議論を。


夜神は自室の床まである大きな硝子の扉から空を眺めていた。
観音開きの扉は、外のバルコニーと繋がっており、いつでも外にいける。
空は曇り空で雨が降りそうな天気だった。

あめふるかな?
あめがふったら、よごれをおとさなきゃ・・・・
だって、すごく、すごくよごれているもん。きたないよ・・・・
はやく、ポツポツおそらからふらないかなぁ~

硝子の虚ろな瞳で空を見上げる。
すると、後ろから温もりと同時に抱きしめられる。
「ただいま、凪ちゃん。何を見ていたのかな?」
ルードヴィッヒは夜神の居室部屋に入ってくると、夜神の姿をすぐに見つけた。
無表情なのな、何かを切望しているような眼差しを空に向けていた。
数日前から「雨が降って欲しい」を頻りに話していた。
なんでも雨は汚れを流してくれるらしい。早く汚れを落としたいから降って欲しいと言っていた。

「・・・・・おつきさま?ルーイ?あのね、おそらがくらいの」
またもや、月に見えたようで愛称の「ルーイ」を、間延びした口調で囁く。
「本当だね。もう少ししたら雨が降るかもね・・・・楽しみ?」
「うん、あのね、あめはねきれいにしてくれるの。すごいよね?」
「そうなんだね。凪ちゃん。私の我が儘に付き合って欲しいんだけどいいかな?」
「ん?いいよ・・・・・・・?!っぅ~~~」

夜神からの許可が出た途端、ルードヴィッヒは夜神の首筋に牙を深々と突き立てていき、ヂュルヂュルと血をすすり始める。
「あ、ぁぁ・・・・・だめぇ!!」
力が・・・・立っているのが辛い。
心臓が痛いぐらいドクドクと脈打っている。
けど、一番脈打っているのは・・・・・
「ふ~ぅ、っ、ああ・・・・・」
下腹部がを求めている。

いけない・・・・自分の頭が警鐘を鳴らすのに、体は別の何かを求め始める。
これは、「色の牙」だ・・・・・
「やぁ・・・・・」
身をよじり、後ろから抱きしめられた戒めを解こうとする。
けど、体は既に云うこと聞かない

「はっはは・・・・本当に今日は頭を使ったよ。糖分が欲しいんだよ。凪ちゃんの甘い血を頂戴ね?そして、とぉ~ってとイライラしているんだ・・・・だから、凪ちゃんで私を慰めてね」
耳元で不穏な言葉を聞いた。
その言葉の意味と、今、体に流し込まれた「色の牙」がこれからの事を物語っていることに夜神は気がついてしまったが、既に抗う力はなかった。

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

ルードヴィッヒも色々と大変なんですよ。大臣達の手綱を取りつつ、別の仕事をしたり、苦情・嘆願を聞いたりと。
そりゃ~癒しも欲しいですよね。けど、それを実行する大佐は大変です。

流れの通り、次はRの話です。常に自分本位ですが更に自分本位な話だと思います。少々胸くそ注意です。
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