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「陛下・・・・スタン侯爵の話は聞かれましたか?」
長い廊下をローレンツと歩きながら、今日の予定を確認する。
夜神が帝國に来て半年が過ぎた。季節はガラリと変わり、日没の時間は少し遅くなり、比較的過ごしやすい時期だ。
そんな過ごしやすい時期に、朝から少々鬱陶しい話題だ。

別に「狩り」をする事に反対はしない。好きにすればいい。そこで餌の軍に殺されようが、食料となる餌を連れてこようが特に咎めない。
基本は自己責任だ。だが、今回は訳が違う。

餌の世界に行くには「ブラッドゲート」をくぐらないといけない。
厄介なのは、そこをくぐるにはヘリで移動しないといけない。
けど、色々とゲートに対して対策しているヘリを残すには色々と厄介だ。
だから破壊するのだ。ヘリに乗り込んだ貴族や騎士が全滅したらヘリは自動的に爆発する。
そして、その爆発した情報が我々の元に届く。

だが、このスタン侯爵は違う。
勿論、餌の世界に行ったのは知っている。そこから一ヶ月程帰ってきてない。
ヘリが爆発した情報も届いていない。
だから、心配なのだ。もしかしたら・・・・・と、上の人間を中心に城の中は少し騒々しい。

「あぁ、知っているよ。侯爵は我々を裏切ったのかもしれないね?そうなら残念な話だ」
「残念ですめばいいですが・・・・・嫌な予感しかないですよ。我々には少々厄介な「お嬢さん」がいますし・・・・私の杞憂で終わればいいのですが」
ローレンツはため息混じりにボヤいてしまった。

「杞憂かぁ・・・・・そうだったらいいね・・・」
「はい。そうですね・・・・・陛下、白いお嬢さんは相変わらずな感じですか?」
「ん?凪ちゃんの事?あぁ、いつもと変わらないよ。日向ぼっこしたり、花を見たり、絵本を読んだり楽しそうだよ。そこに、感情はないけどね?」

半年前は感情はあった。怒り、悲しみ、絶望・・・けど、それさえも全てを壊してしまった。
今は、子供のような話し方をする。けど、そこに子供のような感情豊かさは一切ない。
人形のような無表情で何を考えているのか分からない。
仕方ないと言えば仕方ないのかも知れない。
何故なら、目の前の皇帝が何もかも奪ったのだから。
「そうですか。楽しそうでなりよりです」
「あぁ、だから一緒に遊ぶ為には目の前のややこしい話を片付けないとね・・・・仕事を頑張るしかないね」
「やる気になってくれることは有り難いです。動機は不純ですが・・・・」
「楽しく遊ぶのに動機が必要かい?」
「その、動機が色々と問題なんですよ・・・・・おっと、着きましたね。今からは真面目で態度のデカい、皇帝陛下になって下さいね?なんせ、中は魑魅魍魎が跳梁跋扈するのですから」

大臣達が招集された部屋の扉で二人は微かに笑う。
確かに、中にいる大臣達は海千山千の怪物に近い、したたかな者達ばかりだ。
たが、それの手綱をとり、上手に舵取りをしないと「皇帝」なとど呼ばれないだろう。
いくら、力に引けを取らないとしても、頭が弱ければ意味がない。文武両道に秀でてなければいけない。

「さて、真面目に仕事をしないとね?」
言葉使いは分不相応、子供相手にしているのか?と、言いたくなるが、中身は違う。
その言葉で油断して、捩じ伏せ、叩き潰し、屈伏させる。
それが、皇帝・ルードヴィッヒ・リヒティン・フライフォーゲルだ。
ローレンツは軽く頷いて、静かに扉の取っ手を握り扉を開いた。



「凪ちゃんは奥にいるのかな?」
温室の扉の前で一人の侍女に話しかける。
夜神が外に行く時には必ず、この侍女が側に付き従う。そして、離れた所やこうした扉の前で待機している。
「ご機嫌麗しく陛下・・・・中で薔薇を見ています。お呼びしましょうか?」
「いや、いいよ。私が行こう。君はもういいよ。自分の仕事をすればいい」
「畏まりました。では、失礼いたします」
軽く一礼した侍女は、刺しかけの刺繍の入った籠をもってルードヴィッヒの前からいなくなる。

ルードヴィッヒは、温室の硝子の扉を開いて奥に進む。
奥にはソファがあり、夜神のお気に入りの場所の一つになっている。
けど、そのソファにはおらず、薔薇が咲き乱れている場所におり、一つ薔薇の匂いを、形を、質感を楽しんでいる。
「凪ちゃん?」
その呼びかけに反応して、ゆっくりと振り返る。
水色の生地に白い小花が刺繍されたドレスに、七分袖はアンガジャントの形で可愛らしさがある。
緩く巻かれた髪は、編込みの三つ編みをして同生地のリボンを巻いている。
全体的に幼い出で立ちにはまさに「お人形さんピュップヒュン」と間違う。

こちらを見た夜神は無表情で、覇気の無い硝子の瞳を向ける。
「・・・・・・おかあさん・・・・」
そう言って口の端を少しだけ持ち上げる。本人的には笑っているのだろうが、はたから見るとほんの少し笑っただけだ。

けど、それでも構わなかった。「笑った」事に変わりはない。
それにしても今日は「おかあさん」なんだね。
心を壊して以来、私の事は「お母さん」や「友達」に見えるようだ。時々「お月様」と呼ばれる。
「お月様」に関しては理由を聞くと、私の瞳の事を言っているようだ。私の金色の目が、月と同じに見えるようで「お月様」になったようだ。

ルードヴィッヒは笑って両手を広げると、ゆっくりとしながらこちらに向かってきてくれる。
そして、抱き締めてくれる。優しい力加減がくすぐったい。
「お花を見ていたのかな?綺麗な花はあったかい?」
「・・・・・お花きれいだよ。あのお花はとてもいいにおいがするの」
「そうなんだ。どの花か教えて欲しいな?凪ちゃん」
編み込まれた髪を崩さないように、優しい撫でていく。
「うん。こっちだよおかあさん・・・・」
硝子の赤い瞳がこちらを見上げるように向く。そうして私の手を掴むと、先程までいた場所に誘導してくれる。

お花いいにおい・・・・・
甘くてしあわせになるね

「凪ちゃん」

なまえよばれた?おかあさんかな?
・・・・・おかあさんだ!
なーんだ。ちゃんとそばにいてくれたんだ
いかなきゃ!もしかしたらギュッてだきしめてくれるかな?
ギュ━━ッてすると、あたまなでてくれる。うれしいなぁ・・・・・
「花を見ていたのかな?綺麗な花はあったかい?」
お花?きれいなの?あったよ。とても甘くてしあわせになれるの!
おしえてあげる。ピンクのかわいいお花なの。
ねぇ、こっちだよ。いっしょにみよう?
おしえてあげるよ。おかあさん?

ルードヴィッヒの手を引き、先程までいた場所に案内する。
そこにはピンク色の薔薇が咲いていて、ローズポンパドゥールやルーステイシアヴァイといった香り高い品種の薔薇が植えられている。
「ねぇ?いいにおいだよね?お花もピンクでかわいいの」
相変わらずの無表情で夜神は、薔薇の匂いを嗅いでルードヴィッヒに意見を求める。

「本当だね。いい匂いだ・・・・凪ちゃんはこの薔薇が好きなのかな?」
「うん、すきだよ。ピンクでかわいくて、甘いにおいがするから」
ルードヴィッヒに向ける顔は、僅かだが笑顔のようなものが見える。完全な笑顔ではないが、それでもルードヴィッヒを喜ばせるには十分だった。

そんな、子供のような夜神を横抱きにして、ルードヴィッヒは夜神を見下ろす。
「凪ちゃんの好きな薔薇をお部屋に飾ろうね。後で持ってこさせるからね。あと、ピンク色のドレスも届けさせよう。着てくれるかな?」
「お花ありがとう。ピンクのドレスきるよ」
自然とルードヴィッヒの首に手を回し、身を委ねる夜神に増々笑みが溢れる。

半年前まで考えられなかった光景に笑ってしまう。
愉悦してしまった表情で、白練色の頭上に唇を落とすと歩き出す。
「嬉しいなぁ・・・・そうだ、今から絵本を読んであげようね?」
「うん」
ルードヴィッヒの肩に頭を預けた夜神から同意の言葉を貰う。

あまりの変わりように、ローレンツをはじめとした者たちは心底驚いていた。
無理もない。あれ程、私に対して敵意むき出しだったのが一変、子供のように懐き、いや、子供になってしまったのだから。
私を見ずに、他の者に当てはめられていることには、少々困ったものだが致し方ないと割り切ってしまった。

今はまだ、ぎこちない、笑顔とは程遠いが、それでも笑っている事には変わりない。
今はそれで良しとしているが、いつかは笑顔を見たいと願望がある。

温室を後にして、二人は夜神が普段過ごしている部屋に向かっていった。
約束通り、絵本を読んであげるために。

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

すっかり、感情破綻した大佐は、子供のようになってしまいました。

ルードヴィッヒと出会う以前まで、記憶が後退してしまってます。なのでお母さんや友達の名前を呼ぶことはあっても、先生とはいいません。
大佐は記憶が戻るのか・・・・・

ゲームなら一つのENDとして終わるでしょうが、取り敢えず小説なので終わりませんよ!!
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