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「いやぁぁぁ━━━━━━っ!!」
叫び声と共に目を開けた。すると、白と赤の薔薇が満開に咲いた絵が目に飛び込む。
はぁ、はぁ、はぁ━━━━と、激しく上下に揺れ動く胸を急いで摑む。そこは庵に深々と刺されたところだ。

寝汗で髪も、寝屋着もベットリと張り付いて気持ち悪い。
けど、それ以上に嫌なのは自分が見ていただろう夢だ。
みんなが口々に拒絶の言葉を口にする。そして、最後は大好きだった人に殺されるのだ。
私は「吸血鬼」だからと・・・・
だから、「討伐」するのだと・・・・
違う!違う!違う!
私は人間!人間だ!!
人間の夜神凪だ!!
確かめないと・・・・・
そう、確かめないといけない

怠くて、重い体をなんとか起こしていく。体の節々が痛い。頭も鈍い痛みが残っている。
けど、今はそんな痛みを気にかける余裕などない。

夜神はゆっくりとだが、ベッドから降りると裸足でソファが置いてある所までフラフラしながら歩いていく。まだ、体は覚束ない状況だ。それでも早急に問題解決しないといけない状況が目の前にあるのだ。
ソファの所までいくとそこから更に壁の方に向かう。
白い壁の部屋だが、一部分だけ鏡が埋め込まれている。

あまりいい思い出はない鏡の壁だ・・・・

帝國に拉致された時、毎夜のように皇帝に嬲られた。その時に鏡の壁の前にソファを置いて、真向に座った。裸にされ、手足は広げられ、拘束されて、皇帝の上に座り、鏡を見ながら何度も白濁を注ぎ込まれた。
苦い思い出しかない鏡だが、今はそんな事考える余裕などない。

確認したい・・・けど、怖い。そのせいで絨毯の敷いてある床に目線が行ってしまう。ゴル・ファランギ文様をじっと見ていたが意を決して顔を上げる。そして、鏡の前で驚愕した。
髪型が変わっていた。前髪はあるが、サイドヘアを顎あたりで切りそろえられていて俗に言う「姫カット」にされていた。そして、長さが明らかに違う。背中まであった長さはお尻を隠すぐらい伸びていた。
目の色は体を動かしたりと、血流がよくなれば赤くなるが、なんでもないのに赤くなっている。
それに負けないぐらい唇も爪も赤くなっている。口紅やマニキュアで彩られたものではない。自然と赤くなっている。
けど、一番見たくなかったものが目から離れない。

自分の首につけられた二つの文様・・・・
それは、吸血鬼にしか見えないもの・・・・
「しるし」と言われる吸血鬼の所有の証・・・・
自分の首筋と付け根辺りにが痣のようにはっきりとある。
薔薇に周りを囲む月の満ち欠けそして、その薔薇を鎖が巻き付いている。
嫌というほどこの文様を見た。
愛剣に、クラバットやハンカチーフ、万年筆といった小物に、己の所有物だと分かるように描かれていた。
その、所有の証を使うことを許された唯一の人物━━━━皇帝のルードヴィッヒ・リヒティン・フライフォーゲルの所有の文様

それが、「スティグマ」だと分かるのは、見えるのは、自分が吸血鬼になった証・・・・・
「・・・・・ぃゃ・・・・・いや!いや!いやっ!!」
自分の首から目が離せない・・・・けど、この場に居たくない。
一歩、一歩と後ろに後退する。すると、ドン!とテーブルが邪魔をする。
ふっと、テーブルを見ると花を生けた花瓶が目に止まる。
夜神は、無意識に花瓶を掴むと、鏡に向かって投げていた。

ガシャ━━━━━ン!!!

激しくぶつかり、鏡も花瓶も割れて絨毯に落ちていく。水を、花をばら撒いて。鏡は破片を飛ばして。
「いやぁぁぁぁ━━━━━━━━━━━!!!」

違う!違う!違う!違う!違う!!!
嘘だ!嘘だ!嘘だ!嘘だ!嘘だ!!!

夜神は掻き消したくて、必死に自分の爪でスティグマの部分を引っ掻く。
皮膚は爪でえぐられて、血がにじみ出ていたが、そんな事、気にすることなどなかった。
一刻も早くこの所有の証を消したかった。なかったことにしたかった。見たくなかった。見れない方が良かった。見れることは、即ち自分が「吸血鬼」だと言っているようなもの。

「嫌だ!消えて!違う!違う!!」
立っているのも辛くて、地面にペタッと座り込み、何かを拒絶する様に頭を振りながら、一心不乱に首を爪で掻いていく。
赤い瞳から涙がとめどなく溢れては、頬を幾筋も伝い、落ちて寝屋着を濡らしていく。
赤い唇からは「違う」と繰り返し呟く。そのあいた隙間からは、白い牙が見え隠れする。

無くなって!消えて!
一心不乱になって掻いていた時、後ろからその手が掴まれる。
「駄目だよ凪ちゃん?あ~ぁ・・・・血が出ているよ。こんなに赤くなって・・・・もう、しちゃ駄目だよ」
優しく注意したと思ったら、ベロッと、温かく滑ったものが赤くなった皮膚を伝う。
「・・・・し・・・・・て・・・・・」
誰だか確認しなくても分る。分かるから夜神は願うのだ。
━━━━━━元に戻して欲しいと・・・・・
━━━━━━私は人間なのだと・・・・・・

後ろを振り返ると金色の目を細めて笑う人物と目が合う。
そして、縋るように抱きつき懇願する。
「戻して!お願いします・・・・戻して!戻してよ!!人間なの!!私は人間なの!」
赤くなった目から涙が溢れて零れる。必死に縋る夜神にルードヴィッヒの背中はゾクゾク粟立つ。
そのゾクゾクを例えるなら、夜神の蜜壷に埋めた熱杭が、中に己の欲望を放つ瞬間に似ている。
「知りたいの?なら、口付・・・・ん・・・・」

ルードヴィッヒが最後まで言い終わる前に、その唇は塞がれた。
唇同士が塞がり、勢いよく舌が捩じ込まれる。けど、その後はとても拙い動きで、ルードヴィッヒの口の中を動き回る。チロチロと子猫のように動き回る舌に、好きにさせようと此方からは特に動くこともしない。

眉を寄せ、一心不乱に唇を奪う小鳥に笑みが零れる。
やがて、舌の動きが疲れたのか鈍くなり、「ハァ、ハァ」と言いながら離れていく。
「そんなに教えて欲しいんだね?いいだろう・・・・」
華奢な体を抱きしめる。そして、耳元で囁く。愉悦に満ちた声色で、残酷な言葉を紡ぎ出す。
「残念・・・・吸血鬼から人間に戻す方法はないよ。凪ちゃんは死ぬまで吸血鬼だよ。おめでとう」
「あ・・・・・ぁ・・・・・」
夜神の体がガクガクと震えだす。口からは「あぁ」と無意味に出続ける。

ドン!とルードヴィッヒの胸が突き返される。先程まで抱いていた夜神の腕が突き返したのだ。けど、その腕はすぐに夜神自身の頭を、白練色の髪を掴む。
「いやぁ!いや!いやぁぁぁぁ!!私は、私は人間!人間なの!!人間なの!!!」
悲痛な叫びを放ちながら、頭を何度も激しく左右振る。

そして、ルードヴィッヒから少しずつ後退っていく。その中でふっと、視線に入ってきたものがあった。割れた花瓶の破片だ。鋭利なそれを問答無用で掴むと。
思いっ切り掴んだので、手のひらは怪我をしてしまう。血が出ようと構わなかった。

いたらいけない
吸血鬼は討伐しないと
私は私を討伐しないと!
存在してはいけないんだ!

その破片で首を貫こうと構えて、突き刺そうとする。
「なっ!」
一部始終を見ていたローレンツは、驚いて声を出してしまう。けど、その行為は無意味に終った。
誰よりも素早くルードヴィッヒが動き、夜神の手を掴み破片を落とさせる。
そして、手のひらの血を「勿体ない」と呟き、レロレロと舐めながら綺麗にしていく。

「駄目じゃないか、凪ちゃん。前にも言ったけど自死行為はだめだよ?そんな事するなら凪ちゃんの世界を壊さないと?何処がいいのかな?日本?それとも別の国?凪ちゃんの世界の国の国旗を全て、帝國の物に変えようか?」
ガタガタと震える夜神に優しく問いかける。すると、力の無い、可笑しくなる一歩手前の虚ろな瞳をルードヴィッヒに見せる。
赤い唇が辿々しく言葉を紡ぐ。消えそうな、か細い声で訴える
「こ・・・して・・・・殺、して・・・・殺して・・・」
ルードヴィッヒを見ているようで見ていない瞳はまるで硝子のようだ。意思の感じない涙で濡れた瞳を向けて、ひたすら「殺して」と呟く。

「凪ちゃんは疲れているんだよ・・・・もう一度「おやすみ」しょうか。今度は眠り姫ドルンレースヒェンのように王子様のキスで目覚めようね」
掴んでいた手を離して、涙が覆う赤い瞳を手のひらで隠す。
すると、夜神の体が突然、糸が切れた操り人形のように力がなくなり、ガクッと倒れていく。
寸での所でルードヴィッヒが体を受け止めて抱きしめる。
「おやすみ・・・・私の可愛白いヴァイセ・クライナー・フォーゲル
その声色はとても甘くて、毒にも似た甘さだった。
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