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ダ━━ン!!
足踏みの音と共に、青い柄巻きの蒼月そうげつを片手で見えない敵を突き刺す。
そしてそのまま両手に持ち替えて、上にあげると袈裟斬りに斬りつける。

庵が来るまでの間、夜神は刀を握りひたすら見えない敵と対峙していた。

上層部のやり方は卑怯だ!既に決まっているのに、散々煽るように言ってくる。
そうだった。既に決まっているのに、先生を馬鹿にして、見下してそして討伐することを言ってきた。
何とか討伐することが出来ても、私の怪我を見てため息をして、「何のための高位クラス武器所持者なのか」と呆れながら言ってきた事は忘れない。
そのせいで、先生がどれだけ自分を責めていたか・・・・
それを今度は庵君にさせるのか!どれだけ上層部は馬鹿の集まりなんだ!

片膝を付いて下から袈裟斬りをすると、そのまま動きが止まる。そして突然、カクンとその場で座り込む。
刀を床に置くと、自分で自分を抱きしめるようにして限界まで、背中に手を伸ばす。

すると、突然、背中から抱きしめられてしまう。心地いい体温が背中を温めてくれる。
そして、トク、トクと心臓の音が背中越しに伝わる。
「庵君・・・・・・」
「すみません。藤堂元帥から背中の刀傷を聞きました」
いつもより固さを帯びた声が、肩から聞こえてくる。
「そうなんだ・・・・・ごめんね?気になっていたよね?私が言えばよかったんだろうけど・・・・」
「いえ、デリケートな問題だと思い、自分もあえて聞きませんでした。そのうち大佐の口から聞けると思っていたので・・・・・俺は負けませんよ」

後ろから抱きしめている腕の力が少し強くなる。
「大佐が心配するようなことは絶対しません。強くなって、武器を使いこなして、上層部に目に物見せてやりましょう!だから凪さんはいつも通りでいて下さい。ね?」
こめかみに一つだけ唇を落して、庵は離れていく。するとクルッと体ごと庵に回して、夜神は庵の顔を見つめる。

眉を寄せて、少し泣きそうな顔だったが、庵が笑っているのを見て寄せていた眉を元に戻す。
「強いね庵君は・・・・・私は弱いままだよ?いつまでも過去に囚われている」
「それでもいいと思います。苦い経験を元に対策しましょう。それに大佐は「軍最強」なんですから!大佐が本気を出して稽古をして、それに自分がついていけたら、高位クラスなんて「あっ」と、いう間に討伐出来ると思いませんか?」

少しだけ意地の悪い顔をして見てくる庵に、夜神は目を見張ったが、いつもの微笑みを取り戻していく。
「それがお望みなら、今から壁と床と大親友にならなきゃね?」
「それは・・・・・・いつものことですよね?こう、なんと言いますか、力の使い方とか、小技とか、必殺技とか、ありますよね?」
しどろもどろになり始めた庵に対して、夜神は微笑む。
「いつもの稽古を強化すればいいんだよ?いつものね?」
「大佐?性格変わってませんか?」
「庵君だけには言われたくない!!」
「・・・・・へぇ~~普段からそう思っているんですか?」
「だって、そうじゃない・・・・・・普段と・・・」
後の言葉を言えない代わりに顔を赤くする。首まで赤くなった夜神の側まで近づくと、何故か夜神が一歩下がる。
近づく、下がるを繰り返していると、いつの間にか夜神の背中は壁にぶつかっていた。

ぶつかったのを確認した庵は逃げないように、両手を壁につけて夜神を覆うように囲い込む。
「普段と性格が違うのはどんな時ですか?」
「っ~~!分かってるでしょう!自分でも!」
「自分と他の人の考えは違いますからね?もちろん凪さんも?教えて下さい?」
顔が近づき夜神の耳元で話すくすぐったさにビクビクする。
「早くしないと誰か来ちゃいますよ?教えて下さい。どんな時ですか?」
それは流石にまずいと思い、観念した夜神は吃りながらも答える
「ベ、ベッドで・・・・・・・」
「ベッドで?」
「一緒に、うぅ・・・・あ、愛し合ってるときぃ・・・・」

耐えきれず、瞼を閉じる。自分でも分かっていたのだろう。瞳が赤くなっているのを。
「ん~~凪さんらしい答えと言えば答えですね・・・・まぁ、いいんじゃないんでしょうか?」
圧迫感がなくなり、視界に道場が映し出される。庵が夜神から離れていったのだ。

「けど、いつかは具体的にわかりやすく教えて下さいね?」
「ばか!もう、知らない!!言わないから!絶対言わないから!!」
「絶対、言ってもらいます。それに、これぐらいの意地悪していても罰は当たらないですよね?だってこれから「壁と床と大親友」になるんですから」

最初は意地悪な顔をしていたが、徐々に表情がなくなり、いつの間にか顔が天井の方に向いていた。
「今までも親友になりましたが、今回からは大親友です。色々と覚悟してます。もちろん命大事ですし、生半可な覚悟なんてしてません。そこだけは知っていてください」
上を向いていた顔が、正面の夜神に向き直る。その顔は先程のどの顔にも当てはまらない真剣な表情だった。

「正直、武器を手にした時から「いつか」と思ってました。それが、早いか遅いかは自分の実力なんだろうと考えてました。それがこんな事になってしまったのには驚きが隠せません」
少しだけ静かになった後、更に庵が口を開く
「けど、なったからには任務遂行します。もちろん、その為にも力をつけていきます。なので夜神大佐の力を貸して下さい。自分に「生き残る為」の力を授けて下さい。そして、それに全力で応えます」

真剣なそして、意志のこもった瞳を夜神にぶつける。
それに応えるように、夜神の赤くなっていた顔はもとに戻り、夜神自身も庵と同じぐらい真剣な顔になる。
「もちろん、私も全力で応えるよ。庵君に全てを教えるつもりでいるから」
「はい、教えて下さい」
「うん」

憑き物が落ちたスッキリとした顔をして夜神は庵を見ると、庵も同じくスッキリとした顔をしていた。
上層部に振り回されたが、自分達で納得して進むべき道を見つけた瞬間だった。
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