上 下
132 / 271

110

しおりを挟む
色々とあった演習も終わり、指揮者の七海が案の定、報告書を書いていなかったことを知り、鬼のように攻め立てて、またもや期限ギリギリで提出することになった。
「絶対、虎次郎に指揮者なんかさせたらいけない」
「でも、虎一人で指揮者をしている時は、ギリギリな期限でなく、早々と提出してたけど?」
「・・・・・・はい?」
式部からのカミングアウトに目を白黒してしまった。

それから普段の日常になり、学生の庵に稽古や学習指導、吸血鬼が現れたら討伐と変わらない時間を過ごす。
変わったのは、第一室の隊長達と第二・第三の長谷部・藤堂少佐の階級が変わったことだ。七海や相澤、長谷部、藤堂は中佐に、式部は大尉にそれぞれ変わった。
藤堂元帥の話によれば、上層部が進言してきたようだ。それは演習が終わって間もない頃だ。


ベルナルディ中佐からの警告を伝えた夜神は、元帥達を見る。
ずっと上層部のやり方に異議を唱えていたが、強く出ることができず、くすぶっていた藤堂は深いため息をして、ソファに深く体を沈み込ませた。

「何を」したいのか、「何を」目論んでいるのか分からない。その人物がで動いているのかで動いているのかも分からないのだ。
「夜神大佐、答申委員会とうしんいいんかいで話した事は覚えているかね?」
「はい・・・・・・」

軍事基地の規模やライフライン、そして「スティグマ」。別の委員会では吸血行動の種類や、皇帝の鎖の力。嫌でも覚えているのだ。

夜神は無意識に首筋に手を当てる。いつの間にか「帝國」や「皇帝」の話しをする時にしているのだ。
まるで「何か」を隠すために、手を当てているとしか考えられないのだ。だが、それは夜神は分からない。
わかっているのはずっと見ている、七海と庵ぐらいだろう。

「分かっているとは思うが、答申委員会で話した事は、他言無用だ。それは大佐も我々もだ。それを分っていて、しているのであれば処罰対象になる。上層部の人間でもだ・・・私は揺さぶりをかけてみる。膿を出すことが出来ればいいが、万が一の事を考えて、私一人で対処する」
「お待ち下さい。私も同行します」

七海が藤堂の言葉に驚いて、同行の許可を貰おうとする。
「だめだ!七海少佐は軍に居てもらわないと困る。分かっているだろう?こんな汚れ仕事は我々父親おやじの仕事だ。七海少佐は良き理解者だ。そんな理解者を見す見す手放してたまるか!」
藤堂元帥は両足に置いていた手で、上着の裾をシワが出来るまで握る。

「藤堂元帥・・・・・そんな風に思って下さってありがとうございます。不肖、七海虎次郎は元帥の手足となり役目を真っ当します」
七海は元帥を真っ直ぐ見て誓いをたてる。それを見ていた夜神も、同じく元帥を直視する。
「藤堂元帥。七海少佐の足元にも及びませんが、わたくしも同じ気持ちです。ただ、今回のこの件は私の・・・・・」

それ以上、続けられなかった。以前から確執はあった。それを最初に感じたのは、先生が皇帝に殺された時からだ。
そして、自分が拉致されて、皇帝に陵辱され帰ってきてからの委員会。そしてこの演習。全て「夜神凪」に絡んでいる。

唇を噛みしめて、悲痛な顔になる夜神に、藤堂は静かに応える
「凪、それ以上は言わなくていい。もちろん分かっているよ。凪も虎次郎と同じ気持ちだとね。だからこそ、一人でも多く同士は居てほしいんだ。だから私の一人で対応する。これは決定事項だ」

最初は優しかったが、後半は静かにだが、その声色は何かを覚悟して決めた、強い威厳に満ちている。
まるで、陣頭指揮をしている時のような声だ。
「行動は決まった。これから色々と詰めていく。長谷部室長と七海中将以外は退出するように。以上だ!」
それ以上の発言は許さないと、声と態度に出ているのを感じて七海と夜神、庵は退出せざるおえなかった。

「分かりました。それでは失礼いたします」
七海が開口一番に挨拶する。それに続き夜神、庵も挨拶して部屋を出ていく。

後に部屋に残った藤堂元帥、長谷部第一室長、七海中将の三人は話し合いをしていく。後に招集された相澤射撃教官を交えて遅くまで話し合いを続けた。それは特に、今後の自分たちの動き方についてだ。

廊下には三人の靴音だけが聞こえる。そこに今にも消えそうな声で夜神は話す
「私のせいなのかな?私がへましなかったら、元帥達もあんな事にはならなかったと思うの・・・・私のせいなの?」
「元々、確執はあったんだ。それを追求する次期がかぶっただけで夜神のせいではないと思うぞ。そんなに悩むとハゲるぞ?」
「・・・・・それは慰め?」
「いや、本心」

夜神は一瞬悩んだが、それは虎次郎なりの気遣いだと思い素直に受け取ることにした。
「ハゲるのは困るので、悩まないようにする」
「それがいいさ。それにしても庵青年はすまなかったな。とんでもないのに巻き込んでしまって。まだ、学生なのに」
庵に話を振られて庵は一瞬驚くが、すぐにもとに戻り返事をする。
「いえ、自分は大丈夫です。お二人こそ大丈夫なんですか?」
「俺らは大丈夫だよ。ただ、学生の庵青年が関わったことで、今後どうなるのかが心配なんだよな・・・・・これはもう後期のテストで一位取って、堂々と卒業するしかないな」

七海は無精ひげを撫でて、ニカッと笑って庵を見る。
「虎次郎?テストが関係あるの?」
夜神は七海の意図がわからず聞いてみる。すると七海はため息をしてこたえる
「テスト結果十位の人間が一位になってみろ。素晴らしい人材を捨てると思うか?俺ならしないね。とりあえず様子見をして「ここぞ!」で話を持ちかける。その後はなるようになる。だから、庵青年は死ぬ気で頑張って一位をとれ!わからないことはどんどん聞いてこい!教えてくれる先輩達を湯水のように使え!いいか?」

いつになく真剣な声で、七海は庵に話していく。それを聞いて庵は目を見開き頷く。
「分かりました。今まで以上に頑張ります。わからないことは教えて下さい。稽古も同じように頑張ります」

庵の気迫に満ちた声に夜神は驚いたが、そのやる気に嬉しくなって微笑む。
「うん、頑張ろう。絶対一位とって安心しょう」
「はい」

ある意味、微笑ましい光景を見てから七海は口を開く
「夜神、庵青年と少し話をするから、先に行ってて欲しい」
「・・・・分かった。変なこと教え込まないでよ?」
「安心しろ。カンニングの方法なんて教えないよ」
笑って手をヒラヒラさせる。夜神は心配になり、何度か振り向きながら廊下を歩いていく。そして角を曲がり見えなくなると七海は庵に話しかける。

「俺は応援するよ」
それは全てを知った上での言葉だった。七海は知った上で庵と話を続けていく。
一位を取ったあと、そして思いを伝えたあとの事を。いつもの飄々とした様子もなく、真剣に。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

婚約破棄追追放 神与スキルが謎のブリーダーだったので、王女から婚約破棄され公爵家から追放されました

克全
ファンタジー
小国の公爵家長男で王女の婿になるはずだったが……

私が悪役令嬢? 喜んで!!

星野日菜
恋愛
つり目縦ロールのお嬢様、伊集院彩香に転生させられた私。 神様曰く、『悪女を高校三年間続ければ『私』が死んだことを無かったことにできる』らしい。 だったら悪女を演じてやろうではありませんか! 世界一の悪女はこの私よ! ……私ですわ!

捨てられた侯爵夫人の二度目の人生は皇帝の末の娘でした。

クロユキ
恋愛
「俺と離婚して欲しい、君の妹が俺の子を身籠った」 パルリス侯爵家に嫁いだソフィア・ルモア伯爵令嬢は結婚生活一年目でソフィアの夫、アレック・パルリス侯爵に離婚を告げられた。結婚をして一度も寝床を共にした事がないソフィアは白いまま離婚を言われた。 夫の良き妻として尽くして来たと思っていたソフィアは悲しみのあまり自害をする事になる…… 誤字、脱字があります。不定期ですがよろしくお願いします。

もふもふの王国

佐乃透子(最低でも週3更新予定)
ファンタジー
ほのぼの子育てファンタジーを目指しています。 OLな水無月が、接待飲み会の後、出会ったもふもふ。 このもふもふは…… 子供達の会話は読みやすさ重視で、漢字変換しています。

転移先は薬師が少ない世界でした

饕餮
ファンタジー
★この作品は書籍化及びコミカライズしています。 神様のせいでこの世界に落ちてきてしまった私は、いろいろと話し合ったりしてこの世界に馴染むような格好と知識を授かり、危ないからと神様が目的地の手前まで送ってくれた。 職業は【薬師】。私がハーブなどの知識が多少あったことと、その世界と地球の名前が一緒だったこと、もともと数が少ないことから、職業は【薬師】にしてくれたらしい。 神様にもらったものを握り締め、ドキドキしながらも国境を無事に越え、街でひと悶着あったから買い物だけしてその街を出た。 街道を歩いている途中で、魔神族が治める国の王都に帰るという魔神族の騎士と出会い、それが縁で、王都に住むようになる。 薬を作ったり、ダンジョンに潜ったり、トラブルに巻き込まれたり、冒険者と仲良くなったりしながら、秘密があってそれを話せないヒロインと、ヒロインに一目惚れした騎士の恋愛話がたまーに入る、転移(転生)したヒロインのお話。

【完結】飽きたからと捨てられていたはずの姉の元恋人を押し付けられたら、なぜか溺愛されています!

Rohdea
恋愛
──今回も飽きちゃった。だからアンタに譲ってあげるわ、リラジエ。 伯爵令嬢のリラジエには、社交界の毒薔薇と呼ばれる姉、レラニアがいる。 自分とは違って美しい姉はいつも恋人を取っかえ引っ変えしている事からこう呼ばれていた。 そんな姉の楽しみは、自分の捨てた元恋人を妹のリラジエに紹介しては、 「妹さんは無理だな」と笑われバカにされる所を見て楽しむ、という最低なものだった。 そんな日々にウンザリするリラジエの元へ、 今日も姉の毒牙にかかり哀れにも捨てられたらしい姉の元恋人がやって来た。 しかし、今回の彼……ジークフリートは何故かリラジエに対して好意的な反応を見せた為、戸惑ってしまう。 これまでの姉の元恋人とは全く違う彼からの謎のアプローチで2人の距離はどんどん縮まっていくけれど、 身勝手な姉がそれを黙って見ているはずも無く……

さんざん馬鹿にされてきた最弱精霊使いですが、剣一本で魔物を倒し続けたらパートナーが最強の『大精霊』に進化したので逆襲を始めます。

ヒツキノドカ
ファンタジー
 誰もがパートナーの精霊を持つウィスティリア王国。  そこでは精霊によって人生が決まり、また身分の高いものほど強い精霊を宿すといわれている。  しかし第二王子シグは最弱の精霊を宿して生まれたために王家を追放されてしまう。  身分を剥奪されたシグは冒険者になり、剣一本で魔物を倒して生計を立てるようになる。しかしそこでも精霊の弱さから見下された。ひどい時は他の冒険者に襲われこともあった。  そんな生活がしばらく続いたある日――今までの苦労が報われ精霊が進化。  姿は美しい白髪の少女に。  伝説の大精霊となり、『天候にまつわる全属性使用可』という規格外の能力を得たクゥは、「今まで育ててくれた恩返しがしたい!」と懐きまくってくる。  最強の相棒を手に入れたシグは、今まで自分を見下してきた人間たちを見返すことを決意するのだった。 ーーーーーー ーーー 閲覧、お気に入り登録、感想等いつもありがとうございます。とても励みになります! ※2020.6.8お陰様でHOTランキングに載ることができました。ご愛読感謝!

優秀な姉の添え物でしかない私を必要としてくれたのは、優しい勇者様でした ~病弱だった少女は異世界で恩返しの旅に出る~

日之影ソラ
ファンタジー
前世では病弱で、生涯のほとんどを病室で過ごした少女がいた。彼女は死を迎える直前、神様に願った。 もしも来世があるのなら、今度は私が誰かを支えられるような人間になりたい。見知らぬ誰かの優しさが、病に苦しむ自分を支えてくれたように。 そして彼女は貴族の令嬢ミモザとして生まれ変わった。非凡な姉と比べられ、常に見下されながらも、自分にやれることを精一杯取り組み、他人を支えることに人生をかけた。 誰かのために生きたい。その想いに嘘はない。けれど……本当にこれでいいのか? そんな疑問に答えをくれたのは、平和な時代に生まれた勇者様だった。

処理中です...