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藤堂は大切な友を失った記憶を思い出してしまう。それは長谷部も同じだった。
あの出来事があった日から皆、変わっていったのだ。誰よりも強く、一人でも大切な人を守れるように。
その結果、藤堂は元帥になり、長谷部は第一室長、相澤は射撃教官に、七海は藤堂の手足として副官に。夜神は誰よりも多くの吸血鬼を討伐していった。

そして、誰よりも討伐した代償が「白目の魔女」と言われて、吸血鬼達から「悪しき存在」になり、拉致されてしまったのだ。
そして、一番危惧していた皇帝によって、身も心も蹂躪されてしまった。

「七海少佐は夜神中佐に付いた、残痕の成分を依頼していたようだね。日守衛生部長、結果は出ているかね?」
藤堂は日守衛生部長に尋ねる。

日守衛生部長は持ってきていたカバンの中から茶封筒を出して、藤堂に渡す。
「依頼された成分の結果や、体内に残されたもの、噛み跡の数などが、記載されてます。あまり気分の良いものではありません」
藤堂は目を走らせて書類を見ていく。
「噛み跡百ヶ所以上?全て同一人物。これは何度も血を吸われ続けたということか。残痕からは鉄を検出。ヒト由来の鉄か」

「やっぱり検出したか。鎖鎌の件と、残痕の成分と、全てが当てはまった」
七海は夜神に起こった事を、検査結果と確認行為から総てを悟った。
「皇帝で間違いないでしょう。夜神中佐が自ら報告するかは分かりませんが・・・・・・答申とうしん委員会はこの場合、適用されますか?」
七海は藤堂元帥に確認する。謎の多い帝國に行っていたのだ。何かしらの情報を持って帰っきたのかもしれないと、上層部は思うだろう。
なら委員会が適用される対象に夜神は当てはまる。
「懸念しているのは理解しているが、軍属なら分かっていることだ。あとそれとは別に、女性のみの答申委員会もある。そこは黙秘権も認められている。七海少佐、少しは安心したかね?」
「・・・・・・はい」

七海は委員会で色々と問われていく夜神を心配していた。鎖を見ただけで、薬を使うほどの拒否反応が出たのだ。
委員会で問われたら、黙秘することは出来ない。必ず言わなければいけない。性的暴行があっても。
だが、この件に関しては女性のみの答申委員会が適用されるようで安心した。この委員会に限って言えば黙秘権の行使が認められている。

「納得したのなら何時までもここにいる必要はない。各々の仕事に戻るように。庵学生、頼まれて欲しい事があるのだがいいだろうか?」
「はい!どういったものでしょうか!」
話しかけられることなど皆無に等しい、元帥に話しかけられて庵は語尾を上げながら返事をする。
「休みの中すまないが、夜神中佐が起きるまで傍にいてやってくれないか?起きたらナースコールで知らせて欲しい。良いだろうか?」
「了解しました。大丈夫です」
「そうか、ありがとう」
庵が傍に居ることを確認して、みんな各々の場所に戻っていく。庵はベットに寝ている夜神を見て複雑な気分になった。

目の前で大切な人を奪われるのは、心臓が抉り取られるほど苦しい。自分も経験したことだから分かる。
それを一度でなく何度も経験しているのだから、夜神中佐の心境を理解するのは無理に等しいのもしれない。
「強い人に見えるけど違うのかもしれない」
ベットの脇にある椅子に座り、夜神の顔を覗きこむ。泣いていたから涙の跡が残っている頬を無意識に触る。

いつも微笑んで、稽古をしている夜神の顔と、泣いて皇帝に許しを請う夜神の顔が交互に脳裏をかける。
「・・・・・守れるのなら守りたいと思うのはおこがましいですか?」
庵は頬を触っいた指を唇に移動させて軽く触れる。だが、急に恥ずかしくなりその手を慌てて自分膝に戻す。
「っう~~何やってんだ俺。寝ている人に失礼だろう。でも・・・・」

━━━━━━守りたい。今は無理でもいつかはこの手で。

膝に載せた手をじっと見つめて、静かに誓いをたてた。



あれから二時間ぐらい過ぎた頃、夜神が再び唸りながら目を開けた。直ぐ側には庵が心配そうにしながら手を握っている。
「・・・・・ずっと居てくれたの?」
「えーと・・・・藤堂元帥が居るように指示されたので。起きたのでナースコールで知らせますね」

さっきの事が頭から離れず、目を泳がせながら、言い訳のように「元帥の指示」と言ってナースコールを押す。
「夜神中佐が起きました。宜しくお願いします」

知らせたのはいいが、気不味い。庵は夜神を見るのも、なんとなく不安になり、空の雲や天井を見ていく。
無意識とはいえ手を握っていたのだ。慌てて離したが、それから無言が続いている。

寝ている体勢から、話しやすいように体を起こしていく夜神に視線を移す。寝間着から見える首や腕にある跡にどうしても目が行ってしまう。
鬱血や噛み跡の多さに目眩がしそうだ。特に首周りが酷いのだ。噛み跡や鬱血、残痕まである。

庵の視線に気がついた夜神は、申し訳無さそうな顔になり自分の手で首は隠す
「気持ち悪いよね・・・・私も同じ気持ちだよ」
「す、すみません。気持ち悪くないです。むしろ怒りしかないです!!えっ、いや、違う。怒りは在るんですけど、えーと・・・・・」
普段も慌てることはあるが、今はそれ以上の慌てぶりに夜神は目を開いた。そして何故かおかしくなって笑ってしまった。
「フフ、庵君。慌てすぎ・・・ありがとう怒ってくれて。嬉しいよ。私のこと心配してくれて」
「心配しますよ!!武器を持たされて、七海少佐達に助けを求めて戻ってきたら、居なくて・・・・・ヘリが行ってしまって、帰ってきたと思ったら、二日間は起きなかったし、心配しすぎでどうにかなりそうだったんですよ!!」
一気に喋る庵に、夜神は笑っていた顔から泣きそうな顔になる。
「ごめんなさい。でも庵君を助けたかったのは本当の気持ちなの。ありがとう。色々と心配かけたのね」
「本当ですよ!!なので第一室のみんなは昼食を夜神中佐に奢って貰おうと計画中です。もちろん自分も含まれますから!!覚悟していてください!」

バラしても良かったのかは不明だが、計画されているのは本当の事なので、庵はつい言ってしまった。そして言ってしまったのなら、最後まで言って啖呵を切ってしまう。
「・・・・・そうなの?いつもは虎次郎の役目なのに。みんなここぞとばかりに高いメニューを選びそうだね。節約しないといけないね」

夜神は俯いて、泣きそうになるのを堪えて喋る。みんなの普段と変わらないやり取りが嬉しかったのだ。

皇帝によって蹂躪されて、穢されてしまった体。毎日、孕ませようと体内に注ぎ込まれ、どうなったか分からない胎内。
そして体に残った気持ち悪いぐらいの、鬱血と噛み跡の残る皮膚。

そんな状態でも変わらず受け入れてくれる、第一室のみんなの気持ちが嬉しかった。
そして自分の事のように怒り、泣きそうなほど心配してくれた庵の事が嬉しかった。
あんなに厳しくしていたのに、それでも変わらず受け入れてくれる存在がとても大きかった。
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