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一人分の食器と空のグラスだけが置いてあるテーブルの部屋に夜神は案内された。
昨日、食事をしたところと同じ場所だ。案内された席に座ると、食事が運ばれる。

朝のやり取りで既に夜神は疲れていた。羞耻も重なりため息しか出なかった。

寝室から部屋のお風呂に行くまでの間、動くたびに自分の中から、粘着質な液体が太腿に伝って不快感と不安を呼ぶ。
自分の胎内に何度も注ぎ込まれたものは、一歩間違うと妊娠してしまう可能性があるのだ。
そんな恐ろしいものを早く取り除きたいた思って、立っているのも辛かったが早足で向かう。

それなのに侍女の人達は風呂の中まで付いてきて、「綺麗にするため」といって夜神の蜜口に指を入れて、皇帝の放った白濁を掻き出していったのだ。
流石にこれは恥ずかしさ以上のものがあった。そんなこともあり、肉体的にも精神的にも参ってしまっていた。

テーブルにはいつの間にか焼きたてのパンが盛られた籠や、プレーンオムレツ、サラダと朝らしい食事が準備されていた。
向の席は空のグラスが置いてあるだけで、飲んだ形跡もないので突然来るかも知れない。
出来るなら顔も見たくないので、急いで食べて、流し込むように紅茶を飲み込んで席を立つ。

すると扉が開き皇帝が姿を表す。
「凪ちゃん、もう食べたの?ゆっくり食べないと消化に悪いよ?」
「大丈夫です。食事は終わりましたので部屋に帰ります」
「そう、後で部屋に人を向かわせるね。騎士達の訓練を見せてあげるよ。気になるでしょう?」
「・・・・・・・分かりました」
部屋から走るように出ていく。訓練は気になるが、皇帝とは少しでも離れていたい。
慣れないドレスの裾を軽く持ち上げて部屋に戻っていった。

部屋の本棚には物語や図鑑などが置いてあったが、歴史書や地図など帝国の成り立ちなどに関するものは意図的に省かれている。
だが図鑑からでも知識を得ることは可能なので時間があるときは、細かく見るようにしている。お陰で世界地図を見つけることができて、その形をしっかり覚えることが出来た。

情報を得る為に出来ることはする━━━━

そうしなければ何の為にここに居るのか分からなくなるからだ。

ソファで図鑑を見ていると、扉をノックする音が聞こえると、男性が入ってくる。その男性は見たことのある人物だった。ローレンツと呼ばれていた宰相だ。
「こんにちは、白いお嬢さん。陛下がお呼びだから迎えに来ましたよ」
「・・・・・白いお嬢さん?」
「貴女のことだよ。髪も瞳もついでに肌も白いでしょう?だからだよ」
間違いはないが、何とも言えない呼び名に戸惑ってしまった。ローレンツは扉の前から一歩も動くことなく話しかける。

「陛下は嫉妬の塊だからね。何かあったらそこが私の墓場になるから適度な距離で対応させてもらうよ。すまないね。そんな訳で私に付いてきてくれないかい?」
皇帝とは違う、好感の持てる笑顔で話しかける。

あの皇帝が嫉妬の塊?意味が分からないが、あまり関わりたくないのが本音だ。

夜神は図鑑をテーブルに置いて、ローレンツの近くまで行くが、一定の距離になると腕でストップをかけてくる。
「これ以上は辞めてほしい。それでは行こうか。外に出るから、靴は履いているね?」
「はい、大丈夫です」

ローレンツの確認に答えて、部屋を出て廊下を歩き、玄関を出て広い庭なのか、庭園なのか分からないが、整えられた木々や花が色とりどりに咲いている。
だいぶ歩いていくと、城とは少し違う造りの建物が見えてくる。

そして、金属のぶつかる音や、男たちの掛け声が聞こえてくる。
「ここが、騎士団の詰め所だ。寮や鍛錬場などといった施設がある。うちの陛下も時々来ては、剣を交えている」
討伐で見ている服装が見えてくる。
無意識に腰に手を持ってくる。愛刀の柄を握ろうとするが、返ってくるのは、なにもない己の手の感触のみだ。
「━━━━━っ!」
眉間にシワを寄せ、唇を噛んでその悔しさをまぎらわせる。自分の武器は全て庵君に託した。

「死体は置いても、武器は持ち帰れ」

軍の掟に従い、武器を託したのだ。後悔はない。

ローレンツの案内で鍛錬場に向かうと、皇帝が剣を交えている。一目で分かる。
━━━━━強い。足の運び方、目線の配り方、体の使い方。軍の人間が挑んでも果たして勝てるのだろうか?

「凪ちゃん、こっちだよ。来てくれたんだね」
相手の剣を叩き落として、決着を決める。
そうしてそのまま夜神の所まで真っ直ぐに来る。夜神は一歩引いて身構える。
慣れないドレスで動きづらいが、構わない。

ルードヴィッヒは身構える夜神の手の甲を素早く掴むと、そこに唇を付ける。敬愛を伝える行為に、夜神は驚いて振り払おうとするが、しっかりと掴まれていて動くことが出来ない。
「嬉しいな。ここは近衛騎士の鍛錬場だよ。私も時々ここに来て体を動かすんだよ。ローレンツどうしてそんなに離れているんだい?」
「自分の墓場は自分で決めたいからね。それにしても陛下。なんで白いお嬢さんをこんな場所に連れてくる必要がある?あ━━━何をしたいのか大体想像出来るけど・・・・」

ローレンツは想像出来るらしい。だが、夜神は皆目検討がつかない。
「流石、凄腕宰相だね。その通りだよ」
掴んだ手の甲をグッと引き寄せて、夜神を腕の中に収めると、腰に手を回し、鍛錬場の石畳の所まで連れて行く。

「例の物を持ってきて」
ルードヴィッヒは騎士に伝えると、騎士はマントを翻して駆け足で何処かに行ってしまった。
夜神は何とかして逃れようと、体を動かすがそれは意味のないものだった。
やがてその騎士は刀を持って帰ってくる。

「凪ちゃんと剣を交えてみたくてね。凪ちゃんは日本刀だから探すの大変だったんだよ。もちろんこの日本刀は模擬刀だから殺傷能力はないよ。打撲はあるかもね」
その刀を受け取ったルードヴィッヒは、夜神にその刀を渡す。ご丁寧にベルト付きだ。

受け取るのか、拒否するのか。夜神は戸惑ってしまった。
どうしたらいいのかが分からないのだ。皇帝は笑いながら刀を夜神に押し付けた。
「「白目の魔女」が相手になってくれるそうだよ。誰か剣を交えたい者はいるかい?」
「陛下、「スティグマ」を持っている人間に挑む者はいませんよ。なので陛下が相手してください」
「そうだったね。それじゃ凪ちゃん、私と勝負しようか」

それは安い三文芝居のようなものだった。
夜神の意思など関係なく刀を抜かせるための芝居。その芝居の役者に仕立てられた夜神は無言でベルトを付けると、刀の位置を確かめる。そして、皇帝を無言で睨む。
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