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少年期
動き出す世界
しおりを挟む※三人称視点
深い、深い暗闇の底で、蠢く影があった。
その姿は、真っ黒なシルエットのようで、ただ人の形をしていることしか分からない。
身体中が均等に真っ黒なその影は、瞳だけは真っ赤でいる。
_誰ダ。我ヲ此処カラ出ソウトスル愚カモノハ。
その低く冷たい声が響くが、その場所に他の生物の気配は無かった。
しかし、その影は尚も話し続けた。
_オ前ノ探スモノハ、コノ場所ニハ存在シナイ。
やっと、その話し声に反応する影が現れた。
それは、この暗闇の中で、ほんのりと輝く小さな光だった。
それが影の近くで揺れて、何かを告げるように左右に浮遊する。
_ソウカ・・・・・・・・・・・・・・・時代トトモニ世界モ変ワル。ワレヲ忘レヨウトモ、ソレガ変化トイウモノダ。
その言葉は、何処か寂しそうに聞こえる。
暗闇の中に響くのは、影の声だけだが、何故だか音が聞こえる。
それが幻聴だと理解しても、恐怖には抗えないのだ。
この影の存在は、そうして恐怖を感じた者を”食べてしまう”
それが、どうしても無意識なことだから、この影は此処に篭っているのだ。
例え、数千年の歴史の中で、たった一度しか姿を現さない生物だとしても、この影に近寄る者はいないだろう。
世界の敵として認識されてから既に四〇〇〇年が経過している。
それでも尚、この影は世界が怖くて、自分が怖くてたまらないのだ。
そんな影の姿を見て、光はまた揺れた。
_緑龍ガ・・・・・・・・・・・・遂ニ、奴ニモ限界ガ来タノカ?
_!・・・・・・・・・・・・・人ノ身デアリナガラ、龍ヲ討伐シタ少年、カ・・・・・・・
その真っ赤な瞳が、少しだけ揺れたのを、光は見逃さなかった。
その揺れが、例えどんなものだろうと、影にも心があると証明するものになるからだ。
どんなに自分が悪魔で冷酷な存在と蔑んでも、その心の奥底は違う。
光は、懸命に影に向かって揺れ動いた。
その姿は、まるで光自身が何かを伝えたいようにも見える。
しかし、その揺れが表すのはただ影に対する言葉だけである。
_時代ハ変ワッタ。ワレヲ必要トスル存在モ、モウイナイ。此処デ朽チルノガ本望ダ。
だが、その言葉を聞いた瞬間、光は強烈に反応した。
その姿を維持する魔力が少なく、存在が希薄になっていくのもお構いなしに、必死に横に揺れている。
まるで、その言葉を否定するように。
しかし、既に暗闇に沈んだ心を持つ影には、その意味が伝わらない。
流石に消えることも出来ない光は、酷く落ち込んだ雰囲気を残しながら、動きを止めた。
_去レ。貴様ガ何故、ワレニ恐怖ヲ抱カナイノカハ不思議ダガ、ソレデモモウ殺シタクハ無イ。
光は、その言葉を聞いて、少しだけ寂しく、それでいて嬉しそうな雰囲気で去っていった。
また、次に会うのは明日なのだろうが、それだけで満足なのだ。
光の存在である”彼女”が、影の存在である”彼”とともに歩めるのは、この時間だけである。
彼女の思いは届かず、彼の心は帰らない。
一生届かないその思いの二つは、それでも幸せだと、心の奥で感じていた。
____しかし、ある日の夜だった。
この暗闇では、何時でも暗いのだが、それでも夜の方がさらに深淵に近い。
ほとんど前が見えないその空間で、今日も二人は会話をしていた。
話す内容は彼女が外で見たり、聞いたりしたことだが、それでも楽しい。
そこで、とても懐かしく、そして驚愕する声が聞こえた。
『我は盾であり、剣である』
その言葉を、二人はとても良く知っている。
_それは、大切な者を守る誓いであり、
_それは、脅威を葬る誓いであり、
_それは、二人が最も愛していた存在が”最後”に告げた言葉だ。
この言葉の先を、二人は知っている。
なによりも、この言葉の先こそが、二人を繋ぐ最後の糸なのだから。
そして、その声は、酷く懐かしい声と雰囲気で、それを告げた。
『例え、この血が途絶えようと、例え、この時間が消え去ろうと、例え、誰かが消えようと――
――決して途切れることの無い、この思いは永遠に、私の命だ。
裏切られても、怨まれても、悲しまれても、軽蔑されても、罵られても、見下されても・・・・・・・・・・・
例えば、この世界の全てのものが敵になったのだとしたら、その時は私が駆けつけよう。
――また、何時か、この世界で、私達が集まり、笑い合えた、その日々が来る』
二人は、その頬を垂れる涙に気がついた。
もう既に、長い間忘れていた感情だ。
寂しくて、辛くて、悲しくて、怖くて、そしてなによりも、世界が敵だった。
その時を最後に、この感情は忘れていたものだ。
_情ケナイナ、我ワ。一人デモ、生キテイケルト、ソウ約束シタノニ・・・・・・・・・!
浮遊する彼女は、話せない口でも、それでも思いの全てを心で告げた。
_もう、泣かない、って、後悔しない、って、決めたのになッ・・・・・・・!!
止まることの無い涙は、その暗闇の黒を消していく。
影の心の奥底にあった鎖が途切れて、その心が浮上してくる。
それと同じように、暗闇も薄れていく。
影を覆っていた黒いものが、その存在を消されて消えていく。
その中からは、一匹の銀色の毛をした狼が現れた。
その瞳は、先程までと同じだが、何処か違う、紅の色をしていた。
光も、その姿を輝かせて、その枷から解放されていく。
その姿を、これまた一匹の金色の毛をした狼に変えた。
瞳の色は蒼になり、その視線は目前の銀の狼を捉えて離さない。
銀の狼もまた、その瞳から視線を外さなかった。
決して伝わるはずの無いその思いは、願いは、かつて消えた彼が救ってくれた。
届かないはずだったその言葉が、今では息をするように吐き出せる。
二人は、その身体を寄せ合って、静かに瞳を濡らして泣いた。
――この世界に現れた”異常”によって、静かに、各地での運命は動き始めていた。
2人の狼が互いに人生を共にした友人は、もういない。
それでも、2人は新たなる世界へと、その一歩を踏み入れる。
まるで、それが運命のように。
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