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過去を知るもの
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「……おお、その眼差し、フィヤーナ様によく似ておられる」
立っていたのは男。
間違いなく、精霊の男。
「その口元はユーシュライ様にそっくりだ」
「……おい、」
「なんと美しく成長なされたか。ユーシュライ様もさぞやお喜びになるだろう」
「おいおい、ちょっと、あなた」
マリムが独り言を喋りまくっている男に突っ込みを入れる。が、男にはまったく興味がないのか、完全に無視を続けていた。
「さぁ、アーリシアン様こちらへ……、」
手を差し伸べる。
ぱしっ
払いのけ、アーリシアン。
「あなたは誰? どうして私の名を知っているの? 何しに来たの?」
男はしばらくきょとん、としていたが、やがて楽しそうに笑い出した。
「ああ、これは失礼いたしました。紹介が遅れましたね。私の名はムシュウ。ユーシュライ様の臣下にございます」
「ユー…、って誰です?」
マリムが口を挟む。
「それよりアーリシアン様、どうしてこのような場所に? あなたは成人しておいでだが、伴侶はどこにいるのです? まさかこのピグルがそうだなどと馬鹿げた事は言いますまい?」
「馬鹿げた事とは失礼なっ」
マリムがむくれた。
「私の伴侶はラセルよっ。今はちょっといないけど、すぐに戻ってくるもん!」
「ラセル……という御方か。今はいないとはどういうことです?」
「ちょっと……出掛けてるのっ」
プイッとむくれる。
「では、戻られましたらすぐに出発いたしましょう」
「……出発?」
マリムが首をかしげた。
「あなたのお父上が首を長くして待っておいでですからね」
「……父…上?」
アーリシアンの心がざわりと揺れた。
「……何、それ?」
ムシュウがクスリと笑った。
「天上界へ帰るのですよ。アーリシアン様」
「てててててて、天上界っ?」
マリムが大袈裟に驚いてみせた。
「しかし、もう天上界へと続く道は閉ざされているはずでは? 次に道が開くのは五年後でしょうに? ……ってゆーか、あなたはどこからおいでなすったのだ? まさか天上界から舞い降りてきた、なんて事はあり得ませんもんなぁ。あ、しかしどこかで耳にした事がありますぞ。正規の道以外にも地上へ降りる方法があるとかないとか。あれは確か……」
ビクッと体を震わせる。
「あれは確か……、まさか、そんな」
「なに? マリム、何よ?」
マリムは明らかに怯えていた。一歩、また一歩と後ろに下がってゆく。ムシュウがニヤッと嫌な笑顔を向ける。
「物知りなピグルだね、お前。そうだよ、私はあの方法でここに来たのだ。秩序を乱してでもアーリシアン様を天上界へ連れ戻さなければならないということだ」
「私、天上界へなんか行かないもんっ」
「何を言っておいでだ。お父上に会いたくないのですか?」
「父親はラセルだもんっ。ラセルだけでいいんだもんっ」
ブンブンと首を振り、抵抗する。
「……アーリシアン様、ラセル様は伴侶なのでしょう?」
「そうよっ。伴侶で父親なのっ!」
「……なん…ですと?」
ムシュウはやっと話がどこかおかしい事に気付いた。ピグルなどと一緒にいるアーリシアン。同じ種である自分に対して警戒心だらけのアーリシアン。「ラセル」という人物を、伴侶であり父であるなどとわけのわからない事を言うアーリシアン。
「……ラセルとは、何者です? まさか、別の種だなどという事は、」
「魔物ですよ、ラセルは。あんたさんはそんなこともご存知ないか?」
マリムが自慢気に口を挟んだ。今来たばかりのムシュウがそんなこと知っている筈もないというのに。
「……なっ、」
ムシュウの顔色が変わる。鋭い視線をアーリシアンに向け、問い質した。
「本当なのですかっ? アーリシアン様!」
「……だったらなによ」
魔物という言葉を聞いた途端の豹変。アーリシアンを見る目が明らかに『蔑み』へと変化したのだ。その嫌な視線を受け止め、アーリシアンも睨み返す。
「よりによって魔物などと……。馬鹿げている!」
「なんなのよっ、その言い方!」
アーリシアンは腹が立ってきた。精霊は、誇り高き種だということは知っていたが、これほどまでに傲慢で勝手だったとは。
「ラセルはねっ、違う種である私をずーっと育ててくれてたのよ? 私を愛してくれるたった一人の人なのよ? なんであんたなんかにそんなひどいこと言われなきゃなんないのよっ。不愉快だわ!」
ムシュウは難しい顔のままアーリシアンを見つめていた。
「とっととお帰りなさい! 帰って、父親だと名乗る人に言っておいて。私は絶対帰らない、って!」
ムシュウは大きく息をついた。フッ、と口元を歪ませ、静かに告げる。
「……ここに魔物がいなくて正解だった。伴侶である男をあなたの前で切り捨てるわけにはいきませんのでね。魔物が戻る前にあなた様をお連れいたしましょう」
「だから行かないって、」
不意に視界が歪む。アーリシアンは頭を抑え、その場に膝を付いた。
「アーリシアンっ?」
マリムが駆け寄る。
「あ……たまが…」
「どうなされたっ?」
バッとムシュウを見上げる。彼は小さく口を動かし、何かを唱えていた。
「お前、やはりっ!」
マリムが眉をひそめた。
「……な…に?」
アーリシアンが訊ねる。
「昔、誰かに聞いた事があるんです。精霊たちの中に、禁断の白い術を操る者がいるという話を」
「……え?」
「それは古《いにしえ》より伝わる呪われし術。災いをもたらすと、禁じられているのですが……」
「お喋りはそれまでだ。さぁ、参りますぞ」
パチン、と指を鳴らす。
それと同時にアーリシアンの体が崩れ落ちた。
「うわっ、アッ、アーリシアン?」
支える、マリム。
「さて、お前には聞きたいことがある。お前も一緒に来てもらうぞ」
ポウ、と空間が白く歪み、光が溢れる。それは道ならぬ道。
マリムはアーリシアン共々、未開の地……天上界へと連れ去られたのであっ
立っていたのは男。
間違いなく、精霊の男。
「その口元はユーシュライ様にそっくりだ」
「……おい、」
「なんと美しく成長なされたか。ユーシュライ様もさぞやお喜びになるだろう」
「おいおい、ちょっと、あなた」
マリムが独り言を喋りまくっている男に突っ込みを入れる。が、男にはまったく興味がないのか、完全に無視を続けていた。
「さぁ、アーリシアン様こちらへ……、」
手を差し伸べる。
ぱしっ
払いのけ、アーリシアン。
「あなたは誰? どうして私の名を知っているの? 何しに来たの?」
男はしばらくきょとん、としていたが、やがて楽しそうに笑い出した。
「ああ、これは失礼いたしました。紹介が遅れましたね。私の名はムシュウ。ユーシュライ様の臣下にございます」
「ユー…、って誰です?」
マリムが口を挟む。
「それよりアーリシアン様、どうしてこのような場所に? あなたは成人しておいでだが、伴侶はどこにいるのです? まさかこのピグルがそうだなどと馬鹿げた事は言いますまい?」
「馬鹿げた事とは失礼なっ」
マリムがむくれた。
「私の伴侶はラセルよっ。今はちょっといないけど、すぐに戻ってくるもん!」
「ラセル……という御方か。今はいないとはどういうことです?」
「ちょっと……出掛けてるのっ」
プイッとむくれる。
「では、戻られましたらすぐに出発いたしましょう」
「……出発?」
マリムが首をかしげた。
「あなたのお父上が首を長くして待っておいでですからね」
「……父…上?」
アーリシアンの心がざわりと揺れた。
「……何、それ?」
ムシュウがクスリと笑った。
「天上界へ帰るのですよ。アーリシアン様」
「てててててて、天上界っ?」
マリムが大袈裟に驚いてみせた。
「しかし、もう天上界へと続く道は閉ざされているはずでは? 次に道が開くのは五年後でしょうに? ……ってゆーか、あなたはどこからおいでなすったのだ? まさか天上界から舞い降りてきた、なんて事はあり得ませんもんなぁ。あ、しかしどこかで耳にした事がありますぞ。正規の道以外にも地上へ降りる方法があるとかないとか。あれは確か……」
ビクッと体を震わせる。
「あれは確か……、まさか、そんな」
「なに? マリム、何よ?」
マリムは明らかに怯えていた。一歩、また一歩と後ろに下がってゆく。ムシュウがニヤッと嫌な笑顔を向ける。
「物知りなピグルだね、お前。そうだよ、私はあの方法でここに来たのだ。秩序を乱してでもアーリシアン様を天上界へ連れ戻さなければならないということだ」
「私、天上界へなんか行かないもんっ」
「何を言っておいでだ。お父上に会いたくないのですか?」
「父親はラセルだもんっ。ラセルだけでいいんだもんっ」
ブンブンと首を振り、抵抗する。
「……アーリシアン様、ラセル様は伴侶なのでしょう?」
「そうよっ。伴侶で父親なのっ!」
「……なん…ですと?」
ムシュウはやっと話がどこかおかしい事に気付いた。ピグルなどと一緒にいるアーリシアン。同じ種である自分に対して警戒心だらけのアーリシアン。「ラセル」という人物を、伴侶であり父であるなどとわけのわからない事を言うアーリシアン。
「……ラセルとは、何者です? まさか、別の種だなどという事は、」
「魔物ですよ、ラセルは。あんたさんはそんなこともご存知ないか?」
マリムが自慢気に口を挟んだ。今来たばかりのムシュウがそんなこと知っている筈もないというのに。
「……なっ、」
ムシュウの顔色が変わる。鋭い視線をアーリシアンに向け、問い質した。
「本当なのですかっ? アーリシアン様!」
「……だったらなによ」
魔物という言葉を聞いた途端の豹変。アーリシアンを見る目が明らかに『蔑み』へと変化したのだ。その嫌な視線を受け止め、アーリシアンも睨み返す。
「よりによって魔物などと……。馬鹿げている!」
「なんなのよっ、その言い方!」
アーリシアンは腹が立ってきた。精霊は、誇り高き種だということは知っていたが、これほどまでに傲慢で勝手だったとは。
「ラセルはねっ、違う種である私をずーっと育ててくれてたのよ? 私を愛してくれるたった一人の人なのよ? なんであんたなんかにそんなひどいこと言われなきゃなんないのよっ。不愉快だわ!」
ムシュウは難しい顔のままアーリシアンを見つめていた。
「とっととお帰りなさい! 帰って、父親だと名乗る人に言っておいて。私は絶対帰らない、って!」
ムシュウは大きく息をついた。フッ、と口元を歪ませ、静かに告げる。
「……ここに魔物がいなくて正解だった。伴侶である男をあなたの前で切り捨てるわけにはいきませんのでね。魔物が戻る前にあなた様をお連れいたしましょう」
「だから行かないって、」
不意に視界が歪む。アーリシアンは頭を抑え、その場に膝を付いた。
「アーリシアンっ?」
マリムが駆け寄る。
「あ……たまが…」
「どうなされたっ?」
バッとムシュウを見上げる。彼は小さく口を動かし、何かを唱えていた。
「お前、やはりっ!」
マリムが眉をひそめた。
「……な…に?」
アーリシアンが訊ねる。
「昔、誰かに聞いた事があるんです。精霊たちの中に、禁断の白い術を操る者がいるという話を」
「……え?」
「それは古《いにしえ》より伝わる呪われし術。災いをもたらすと、禁じられているのですが……」
「お喋りはそれまでだ。さぁ、参りますぞ」
パチン、と指を鳴らす。
それと同時にアーリシアンの体が崩れ落ちた。
「うわっ、アッ、アーリシアン?」
支える、マリム。
「さて、お前には聞きたいことがある。お前も一緒に来てもらうぞ」
ポウ、と空間が白く歪み、光が溢れる。それは道ならぬ道。
マリムはアーリシアン共々、未開の地……天上界へと連れ去られたのであっ
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