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ひび割れそうになる日常 5
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ひび割れと言われて思い浮かんだのは勇気事務局長の幽霊を見た、北階段の壁だった。
壁の上に塗られた塗料がひび割れていた。
「ああ、あの北階段の壁のやつだろ?」
「……北階段の、かべ?」
「え、違うの?」
「私がいっているのは待合ホールから来た階段入り口のところにあるかどのひび割れですが」
「待合ホールから……?」
と言われて思い出した。
今日はあまりにもいろいろなことがありすぎてすっかり忘れてしまった。
カフェで食事を取った後、階段を通る前に見かけた、壁の角のひび割れのことだ。
「まさか、友利さん……階段にもひび割れを発見したのですか」
「俺が発見したって言うか……結城事務局長がいたんだよ。俺、初めて見たんだ。結城事務局長、踊り場にいてさ」
「踊り場……結城事務局長はどこかを見ていませんでしたか?」
「壁をずっと見てた。それでそっちを見たら塗料にヒビ割れててさ。ほら、待合ホールの壁は人工大理石が貼ってあるけど、北階段は職員しか通らないからコンクリの壁に色塗っただけじゃん」
「わたしも壁の一点を見つめる結城事務局長のお姿をよくお見かけしていました。ですが、私が見ていた限りでは何もなかった……」
「今日の地震で、高校の体育館の屋根が落っこちたんだよな」
「……経年劣化していたところに揺れが加わり……」
「崩れたってことか」
「そうです。そして当院の場合はーー」
「はは、やっぱ使われてんだ、うちも」
「はい」
「ってことは。うちはタイル貼ってあったりちょっと良い塗料塗ってたりする分、痛みが緩やかだったとかさ。っつーか、これ、本気ででやばくねえか、豆腐建材すぎるだろ」
「大豆タンパクが利用されているかどうかは不明ですが、行きましょう」
「ヤワさの表現だよ、豆腐って。オーケー行こうぜ」
机から飛び降りたクロネコが先行する。
わたしたちは無意識のうちに足早に現場に向かっていた。
暗く静まり返った廊下では、非常灯の明かりだけが頼りだ。
重い金属の扉を押して、北階段に入る。
人の熱を感知して、自動で明かりが灯った。
「結城……事務局長……」
二階と一階の間の踊り場に、人が立っていた。
その足元には影がない。実際にはそこに存在していないものだと言われているようで背筋が冷える。
ロマンスグレーの品のいい紳士は、私たちを見ると険しい顔のままで壁に視線を移した。
桐生さんが階段を降りていく。
私もそれに習う。
事務局長の隣に並んで立つ。
壁に塗られている塗料がひび割れて、めくれているのは、私が見た時のままだ。
「猫?」
突然、桐生さんが声をあげた。
クロネコが私たちの足元をぐるりと回っている。
「桐生さん、このクロネコ見るの初めてだっけ?」
「なんですか、この猫は。病院ですよ。動物は立ち入り禁止です」
「いや、そいつも幽霊だから、多分」
クロネコはピョンと階段の中央にある手すりの上に飛び乗り、そのまま上がっていく。
「おいおい、今度はなんだってんだ」
壁の上に塗られた塗料がひび割れていた。
「ああ、あの北階段の壁のやつだろ?」
「……北階段の、かべ?」
「え、違うの?」
「私がいっているのは待合ホールから来た階段入り口のところにあるかどのひび割れですが」
「待合ホールから……?」
と言われて思い出した。
今日はあまりにもいろいろなことがありすぎてすっかり忘れてしまった。
カフェで食事を取った後、階段を通る前に見かけた、壁の角のひび割れのことだ。
「まさか、友利さん……階段にもひび割れを発見したのですか」
「俺が発見したって言うか……結城事務局長がいたんだよ。俺、初めて見たんだ。結城事務局長、踊り場にいてさ」
「踊り場……結城事務局長はどこかを見ていませんでしたか?」
「壁をずっと見てた。それでそっちを見たら塗料にヒビ割れててさ。ほら、待合ホールの壁は人工大理石が貼ってあるけど、北階段は職員しか通らないからコンクリの壁に色塗っただけじゃん」
「わたしも壁の一点を見つめる結城事務局長のお姿をよくお見かけしていました。ですが、私が見ていた限りでは何もなかった……」
「今日の地震で、高校の体育館の屋根が落っこちたんだよな」
「……経年劣化していたところに揺れが加わり……」
「崩れたってことか」
「そうです。そして当院の場合はーー」
「はは、やっぱ使われてんだ、うちも」
「はい」
「ってことは。うちはタイル貼ってあったりちょっと良い塗料塗ってたりする分、痛みが緩やかだったとかさ。っつーか、これ、本気ででやばくねえか、豆腐建材すぎるだろ」
「大豆タンパクが利用されているかどうかは不明ですが、行きましょう」
「ヤワさの表現だよ、豆腐って。オーケー行こうぜ」
机から飛び降りたクロネコが先行する。
わたしたちは無意識のうちに足早に現場に向かっていた。
暗く静まり返った廊下では、非常灯の明かりだけが頼りだ。
重い金属の扉を押して、北階段に入る。
人の熱を感知して、自動で明かりが灯った。
「結城……事務局長……」
二階と一階の間の踊り場に、人が立っていた。
その足元には影がない。実際にはそこに存在していないものだと言われているようで背筋が冷える。
ロマンスグレーの品のいい紳士は、私たちを見ると険しい顔のままで壁に視線を移した。
桐生さんが階段を降りていく。
私もそれに習う。
事務局長の隣に並んで立つ。
壁に塗られている塗料がひび割れて、めくれているのは、私が見た時のままだ。
「猫?」
突然、桐生さんが声をあげた。
クロネコが私たちの足元をぐるりと回っている。
「桐生さん、このクロネコ見るの初めてだっけ?」
「なんですか、この猫は。病院ですよ。動物は立ち入り禁止です」
「いや、そいつも幽霊だから、多分」
クロネコはピョンと階段の中央にある手すりの上に飛び乗り、そのまま上がっていく。
「おいおい、今度はなんだってんだ」
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