金の滴

藤島紫

文字の大きさ
上 下
2 / 8

紅茶の天使と 珈琲の魔王2

しおりを挟む
 心の中ではいつも、時には我慢できず実際に口に出すこともあるが、翼の生えた天使が本当に実在しているわけではない。もちろん魔王も同様だ。
 天使は弊社、株式会社ティーミッシェルCEOであるミッシェル様。
 魔王は紗祿珈琲の社長、諏訪乃清明。
 れっきとした人間だ。
 ただし、アピアランスを偏差値で表したとき、二人の数字は東大京大の首席レベルだろう。
 そんな二人が中高を共にする同級生で、片や紅茶専門店、片や珈琲専門店を営んでいるのだ。当然、話題になる。
 カフェ専門雑誌で特集を組まれ、比較されることもある。
 天使、魔王と表現されるのはその時が多い。
 諏訪乃は自分が魔王にされたのは私のせいだとクレームをつけるが、知ったことではない。人より真っ黒な髪と目のせいだし、黒いバリスタスタイルを選択したのは彼自身だ。
 ミッシェル様も天使と呼ばれるのを初めは嫌がっていたが仕方がない。輝くプラチナブロンドと煌めく碧眼を前にしたら、誰もが「天使だ」と思うはずだ。それも、弱弱しくはかなげな天使ではなく、軍団を率いて戦う美しくも強い天使。
 それがミッシェル様にとって苦痛であるならば、それこそが天使である証と言えよう。美しく生まれたが故の苦しみを背負うなど、人間とは思えない宿命ではないか。
 ゆえに、私は美人秘書でなければならない。
 命がけでミッシェル様を推すならば、彼の近くにいることを許される美しさを備える必要がある。
 だから、私は努力する。美しくあるために。
 そしてミッシェル様の美人秘書として、彼の美味しい紅茶を世界に伝えるのだ。




 私のミッションはミッシェル様の紅茶を世界に伝えること。
 その為にはどんな努力も厭わないつもりでいるが、苦難は予想の外側にあった。実は今、早々に苦痛を感じている。
 友岡と肩が触れそうな距離で並んで座るのは抵抗があるのだ。
 かといって、年上の男性が好意で用意した椅子を断るのは心が痛む。まして、年齢と立場を考えるとなおさらだ。
 友岡は四十八で、私は二十八。
 二十も下なのに、職位は私の方が高い。
 彼の最終面接をしたのは私だし、好ましく思わなければ採用もしない。
 だが彼を採用してから一週間もたっていない。雑談をするにはお互いを知らなすぎる。
 正直、何を話せばいいのかわからないのだ。無難な話題には限りがある。天気の話は撮影の前にしたし、家族の話はハラスメントになる可能性があるのでご法度だ。
 またハラスメントと言えばほかにも気がかりがあった。
 友岡が私の胸を見ている気がする。
 今日はジャケットのインナーが衿ぐりの広いデザインなので、スカーフを挟み込んでいる。気にしすぎかもしれないが、視線が私の顔よりやや低い気がする。
 友岡は私よりずっと年上だし、気にするのはおかしいかもしれない。疑うのは申し訳ない。きっと、気にしすぎだ。そう思いながらも私は胸元のスカーフを整えた。

「いやあ、流石ですねぇ」

 一方、友岡はのんきそうだ。
 人のよさそうな笑顔で話しかけてきた。
 鳥の声は相変わらず騒々しいが、声を張り上げなくても聞こえる距離だ。近い。

「あの……流石って?」
「さすがだとは思いませんか。うちのCEOと紗祿珈琲の社長」

 ミッシェル様はともかく、諏訪乃はどうでもいい、と喉元まで出そうになった本音を飲み込み、うなずいた。

「そうですね。私の周りは優秀な方が多いですが、彼らほど成功している同年代はまれです」
「そっちじゃなくて、ポーズですよ、ポーズ。決まってるじゃないですか」

 こちらを振り返った瞬間、友岡は眉間に皺を寄せていたが、すぐに柔らかく微笑んだ。笑うと目尻の皺が目立つ。

「二人ともイケメンですから。これでますます人気が出ますよ」

 魔王はともかく、天使の美しさをただのイケメンと軽い言葉で済まして欲しくない。とはいえ、ますます人気が出ると言う点には全力で同意する。
 彼らの人気はさらに高まるに違いない。
 この店にやってくる客の笑顔が目に浮かぶようだ。

「そうなれば、このお店も人気が出ますから、友岡さんも忙しくなりますよ」

 私は期待を込めて友岡を見つめた。
 この店の責任者になるのは彼だ。

「よろしくお願いしますね、友岡さん」

 ぐっと拳を握って沸き起こるストレスを握りつぶす。
 苦手意識を持ってはダメだ。
 私はティーミッシェルのCEO秘書だが、同時にマネージャーでもある。
 つまり、新店舗の店長である友岡の直属の上司なのだ。

「華子君!」


2022/01/07修正
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

オレは視えてるだけですが⁉~訳ありバーテンダーは霊感パティシエを飼い慣らしたい

凍星
キャラ文芸
幽霊が視えてしまうパティシエ、葉室尊。できるだけ周りに迷惑をかけずに静かに生きていきたい……そんな風に思っていたのに⁉ バーテンダーの霊能者、久我蒼真に出逢ったことで、どういう訳か、霊能力のある人達に色々絡まれる日常に突入⁉「オレは視えてるだけだって言ってるのに、なんでこうなるの??」霊感のある主人公と、彼の秘密を暴きたい男の駆け引きと絆を描きます。BL要素あり。

市役所妖怪返送担当『怪し課』

Win-CL
キャラ文芸
順調に新社会人として仕事をしていたのに、年明け早々に部署を変えられてしまう。配属された先は、妖怪を元の住処へ送り返すという謎めいた部署。 妖怪返送担当――通称『怪し課』。 方言濃い目の先輩と二人っきりで、妖怪を送り返す仕事に奮闘中!? 不思議な組み合わせの、”オリジナル妖怪もの” 一つの話が10000文字前後の短編集です!

本日、訳あり軍人の彼と結婚します~ド貧乏な軍人伯爵さまと結婚したら、何故か甘く愛されています~

扇 レンナ
キャラ文芸
政略結婚でド貧乏な伯爵家、桐ケ谷《きりがや》家の当主である律哉《りつや》の元に嫁ぐことになった真白《ましろ》は大きな事業を展開している商家の四女。片方はお金を得るため。もう片方は華族という地位を得るため。ありきたりな政略結婚。だから、真白は律哉の邪魔にならない程度に存在していようと思った。どうせ愛されないのだから――と思っていたのに。どうしてか、律哉が真白を見る目には、徐々に甘さがこもっていく。 (雇う余裕はないので)使用人はゼロ。(時間がないので)邸宅は埃まみれ。 そんな場所で始まる新婚生活。苦労人の伯爵さま(軍人)と不遇な娘の政略結婚から始まるとろける和風ラブ。 ▼掲載先→エブリスタ、アルファポリス、小説家になろう ※エブリスタさんにて先行公開しております。ある程度ストックはあります。

皇太后(おかあ)様におまかせ!〜皇帝陛下の純愛探し〜

菰野るり
キャラ文芸
皇帝陛下はお年頃。 まわりは縁談を持ってくるが、どんな美人にもなびかない。 なんでも、3年前に一度だけ出逢った忘れられない女性がいるのだとか。手がかりはなし。そんな中、皇太后は自ら街に出て息子の嫁探しをすることに! この物語の皇太后の名は雲泪(ユンレイ)、皇帝の名は堯舜(ヤオシュン)です。つまり【後宮物語〜身代わり宮女は皇帝陛下に溺愛されます⁉︎〜】の続編です。しかし、こちらから読んでも楽しめます‼︎どちらから読んでも違う感覚で楽しめる⁉︎こちらはポジティブなラブコメです。

結婚相談所の闇 だからあなたは結婚できないんですよ……

ノ木瀬 優
キャラ文芸
1話完結型の短編集です。『なぜか』結婚できない男女を何とか結婚に導こうとする相談員春風の苦悩と葛藤をどうぞ、お楽しみください。 ※当結婚相談所は日本に近い文化の国にありますが、日本にあるわけではありません。また、登場する人物、組織は架空の者であり、実在する人物、組織とは関係ありません。

Even[イーヴン]~楽園10~

志賀雅基
キャラ文芸
◆死んだアヒルになる気はないが/その瞬間すら愉しんで/俺は笑ってゆくだろう◆ 惑星警察刑事×テラ連邦軍別室員シリーズPart10[全40話] 刑事の職務中にシドとハイファのバディが見つけた死体は別室員だった。死体のバディは行方不明で、更には機密資料と兵器のサンプルを持ち出した為に手配が掛かり、二人に捕らえるよう別室任務が下る。逮捕に当たってはデッド・オア・アライヴ、その生死を問わず……容疑者はハイファの元バディであり、それ以上の関係にあった。 ▼▼▼ 【シリーズ中、何処からでもどうぞ】 【全性別対応/BL特有シーンはストーリーに支障なく回避可能です】 【Nolaノベル・小説家になろう・ノベルアップ+にR無指定版/エブリスタにR15版を掲載】

九尾の狐に嫁入りします~妖狐様は取り換えられた花嫁を溺愛する~

束原ミヤコ
キャラ文芸
八十神薫子(やそがみかおるこ)は、帝都守護職についている鎮守の神と呼ばれる、神の血を引く家に巫女を捧げる八十神家にうまれた。 八十神家にうまれる女は、神癒(しんゆ)――鎮守の神の法力を回復させたり、増大させたりする力を持つ。 けれど薫子はうまれつきそれを持たず、八十神家では役立たずとして、使用人として家に置いて貰っていた。 ある日、鎮守の神の一人である玉藻家の当主、玉藻由良(たまもゆら)から、神癒の巫女を嫁に欲しいという手紙が八十神家に届く。 神癒の力を持つ薫子の妹、咲子は、玉藻由良はいつも仮面を被っており、その顔は仕事中に焼け爛れて無残な化け物のようになっていると、泣いて嫌がる。 薫子は父上に言いつけられて、玉藻の元へと嫁ぐことになる。 何の力も持たないのに、嘘をつくように言われて。 鎮守の神を騙すなど、神を謀るのと同じ。 とてもそんなことはできないと怯えながら玉藻の元へ嫁いだ薫子を、玉藻は「よくきた、俺の花嫁」といって、とても優しく扱ってくれて――。

処理中です...