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二章 (お)約束の世界
#2
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「ダーユアン国の召喚戦士、いや魔導師はそれが務まるのです。強力な異能で各都市の軍隊を圧倒しております」
ダーユアン国の召喚戦士は、魔導師の異能と将軍のタフネスさを備えているとのこと。
「言ってみれば、一人一人が悪竜に相当する存在です」
ドラゴンを飼いならし使役することなどできはしない。それができるようになり自軍の戦力として利用することが可能になったとしたら、各国の軍事バランスは崩れるだろう。言ってみれば、それだけの恐るべき戦力をダーユアン国は手に入れ、しかも日々、その人数が増えているのだという。
そんな化け物相手にヨナが敵うだろうか。きゅうと唇を噛みしめているヨナに、プリンセスがすまなそうに言った。
「命がけの戦いになりますが、勝機はあります」
勝機とは、兵士の数では勝る都市連合が兵士の屍の山を築いてでも召喚戦士を倒すという人海戦術のことだろうか。そこに自分も加われと言うのならば、ひどい話だと思う。しかし、兵士の数が必要だからと言って、わざわざプリンセス自らスカウトになど来るだろうか、とも思った。
「ダーユアン国に勝るドラゴンの召喚に成功したのです」
プリンセス・ヴァイオラが「えっへん」と胸を張っている。
「ちょっ! ひどい!!」
ホムラ・エンジョウが気色ばんだ。
「あ、ごめん」
プリンセスと女騎士、二人は仲が良さそうだ。
「勝手に呼び出しておいて、ドラゴン呼ばわりなんてあんまりよ」
「まあまあ、ホムラどの、それだけ優れていると姫は言いたいのですよ」
お供の方たちに宥められて、ホムラは立ち上がりかけた腰を下ろした。
「もしや、その方も」
師匠の問いかけに騎士の一人が答える。
「こちらのホムラ・エンジョウ様こそ、このアーシェスの救世主となるお方。我が国最高のサモナーであるヴァイオラ姫殿下の一月にわたる魔術式の末に召喚された戦士にございます」
「自分で言うのもなんですが、ダーユアン国ーのどの召喚戦士にも勝る能力者を引き当てました」
一国の王女にして魔導師。勝算とはこのことか。
目の前の貴人、ホムラ・エンジョウはヴァイオラ姫殿下以下のお付きの者と人種的特徴が異なる。いまだから言えるが、はっきり言えば日本人だ。ヴァイオラ殿下たちは、欧米人だが線が細いタイプだと言えばわかりやすいだろうか。
もっとも、交易は多い地方なので様々な人種が混じり合っているので、地球で言うところの東洋人もここでは珍しくない。実際、町長や師匠を始め、この土地で一番多いのはモンゴリアンだ。
「それは心強い。ヴァビロン市国も安泰ですな」
師匠もプリンセスの言葉を信じているのかいないのかよくわからない口調で応じた。
貴婦人は超絶的な戦闘能力を有しているとのことだった。昨日の往来での戦闘を思い出す。要らぬ加勢であったのだろうか。ヨナの助けなど必要としないほどの屈強の戦士にはどうしても見えない。
しかし、魔導師の異能とやらがどれほどのものかもわからない。魔導師の能力は戦士としての訓練とは関係なく発揮されるものなのだろう。
「時間との戦いです」
「と、申されますと?」
「まだ、ホムラの異能は開花しておりません。それまで、わが国で彼女を護れるかどうかが勝敗を分けます。護りきれば、我らの勝ちです」
それならば、ヴァビロン市国の堅牢な城塞内で召喚術の儀式を執り行うべきではないだろうか。なぜ、母国より遠く離れたこの地で最重要人物を危険に晒すような真似をするのだろう。
「最大効果の召喚には、日時と場所が指定されます。それゆえ、南のアポロン国の寺院まで出向きました」
いまはその帰途とのことだった。アポロン国からの帰途なら、馬車でも一週間かかったことだろう。
「ここまで来るまでに警護の者が半数になりました」
急にヴァイオラ姫の顔色が曇った。
「近衛は20名にしぼり目立たぬように行動はしておりました。しかし極秘とは言え、一国の公女の旅、まして高名な魔導師であるヴァイオラ殿下の動向はダーユアン国に気取られました。帰路、幾度かの襲撃を受けて、もはや馬車での移動はかないませぬ。幸い、アポロン国に使者を送り、国境の警備を固めてもらい大規模な追手は見なくなりました。しかし、代わりに暗殺者が山を越えるなり、現地で雇われるなりでしつこく攻撃をかけて参ります」
昨日ヨナが倒した二人もその一味というわけか。
「護衛の補充として、ヨナを加えたいというわけですか」
師匠の問いに、プリンセスは首を振った。
「これより二手に別れようと思います。だんだん襲撃者の腕が上がっているように思え、さらに隊列を組んでは敵の目を眩ませません」
「護りが手薄になって大丈夫ですか」
「策があります。敵はわれわれヴァビロン市国の旅団を狙っておりますゆえ、影武者を使い、さらに我らがおとりになります」
なんと立派な。ヨナは感心した。可憐な容姿だが王族としての強い使命感に燃えている。
「殿下、自らが囮に? よろしいのですか」
「わたしもこの度の召喚に命をかけております。その間にホムラには単身、ヴァビロン市国を目指してもらいます」
「異世界人に一人旅ができますかな」
「無理です。と申し上げました」
ホムラ自身が答えた。もちろん彼女が召喚戦士でなくとも、女の一人旅は危険極まりない。
「ヨナどのになにとぞ、ホムラに随伴をいただきたいのでございます」
ヴァイオラが頭を下げた。
「お顔をお上げください」
師匠は立ち上がり、姫の面を上げさせようとした。ヨナは立ち上がったものの、何をしていいかわからず再度腰かけた。
義を見れば断りがたいとヨナは思っていた。しかし、未だ修行中の身、世界の命運を掛けるような争いの中で、救世主の護衛など自分に務まるのだろうか。
「ヨナ、なんとする?」
「師匠、できるならばお力になりたいと思いますが、わたしはまだまだ未熟者です」
師匠が一行に向き直って言った。
「ヨナは親とはぐれた子どもでした。いつか迎えが来ることがあるかもしれぬと手元に置いておきましたが、自身が決断するなら止めませぬ」
そして彼に向かって言った。
「ヨナ、おぬしの修練はとうに免許の域に達しておる。臆せぬのなら発つがいい」
その晩、彼は師匠から最後の稽古を受けた。後に彼の命を救うことになる秘伝の技の伝授であった。
次の日の朝、彼はギルド事務所でヴァビロン市国一行と合流した。
「幸い、あなたたち二人は姉弟に見えるけれど、聞かれたらどんな理由で旅をしていることにすればいいかしら」
ヴァイオラ姫殿下が指を口元に当てて首をかしげる。
「ヴァビロン市国の東に、当寺院と同宗派の寺院があります。そこへ向かうのであれば不自然なことはありません」
「頼もしいな」
「それからホムラさまのお召し物は目立ちます。ゆとりのある着物の下に鎖帷子でも着込むのがよろしいでしょう」
「くさりかたびら?」
「白刃の一閃なら一度は命を守ってくれます。弓矢や槍の一突きに備えるのであれば鉄の鎧胴を着込んだ方がいいのですがそうもいきません」
「ヨナくん……」
「はい?」
「わたしのことはホムラと呼び捨てでいいわ。わたし、あなたのお姉さんに見えそうね、じゃあ『姉さん』って呼んでみて」
「……姉さん」
やはり気恥ずかしい。
「姫殿下から剣をいただいたのだけれど、持っていていいかしら」
そういえば、昨日も帯剣していたな。だから女騎士に見えた。
「見せてください」
公女から賜っただけのことはある。
「とても高価なものに見えます」
「うむ。救世主さまにふさわしい聖なる剣を我が国最高の刀剣鍛冶に鍛えさせたのだ」
ヴァイオラ姫は自慢げに胸を張った。
ヨナは、剣を鞘に戻した。
「我らの旅には不釣り合いかと。人目を引く物は避けた方がよいでしょう」
「そうか……」
姫はがっかりと肩を落としたが、ヨナの言い分には素直に従ってくれた。
「では我ら一行で剣は持ち帰ろう。ヨナ、そなたがホムラに相応しい武器を選んでおくれ」
「御意」
ギルドの倉庫から自由に持ち出して良いとのことなので、ヨナはホムラと武器庫に立った。
「ホムラどの、腕に覚えがありますか?」
ホムラは首を横に振った。
「持ち運びは短く軽い刀、むしろ山刀が実用的かと思います。草を薙ぐにも、狩りをするにも急所の盾にもなります。背中に担げる鞘がよろしいでしょう。刺客と察したらわたしが戦いますが、不意の暗殺者への威嚇に懐剣も選んでください。これは衣服の内に入る大きさで気に入ったものをお選びください」
「わかったわ」
条件に合う刀をホムラがいくつか選び、その中からヨナが決めてあげた。懐剣は彼女の気に入った可愛らしいものを買った。
「あと衣類の下に鎖帷子を着込んだ方がいいですね。剣で斬られたときに致命傷を避けることができます」
どうにか旅支度を終えると、いよいよ出発の刻限が近付いた。ヴァイオラ姫とホムラが熱い抱擁をする。二人の目には涙が浮かんでいる。
「必ず……無事ヴァビロンに来てね」
「姫こそ、気をつけて」
ホムラの手を離すとヴァイオラ姫はヨナの手を強く握った。柔らかくなめらかな肌、指は長い。
「ホムラのことお願いよ、あなたも気をつけて」
「命に代えてもお守りします」
ヨナの言葉に何か感じるものがあったのか、彼とヴァイオラの手にホムラが掌を重ねた。
巡礼者風の旅装束でヨナたちは旅発った。小型の農馬を借りてホムラを座らせ、ヨナが手綱を引いた。
ヨナは棒状の杖と使い慣れた剣を帯びていた。ホムラにも同じ杖を持たせていた。
この二手に分かれる案は功を奏した。結果からすると、一度も暗殺者に追われることは無く1週間の旅の末にヴァビロン市国に到着した。
後に聞いたところ、ヨナたちが出立してから3日ほどしてこの策は露見したらしい。これはヴァイオラ姫たちの安全を守るためには良いタイミングだった。姫たちの慎重すぎる移動によって敵も不審を抱いたようだ。だが、この地方は敵国にとっては影響力を行使できない土地柄であり、アサシンも広範な土地で人探しをすることは難しいことだった。顔も知らぬ女一人が、同行者も出で立ちも替えて歩いているのだ。探し出せるはずがない。
代わりに盗賊や山賊の手合いには何度か遭遇した。易々と賊を撃退するヨナを見て、同道したいという旅人や商人が増えた。そのこともあって、目立たぬように旅をすることができた。
同行者の中にスパイでもいないかとヨナは断ろうとしたが、ホムラは気軽に受け入れてしまう。
「旅は道連れ、世は情けってね」
「ですが、姉上」
道中、ずっと姉弟として振舞っていたので、親近感が増した。まるで本当に姉が出来たような楽しさを正直ヨナも感じていた。
旅の同胞たちは宿のある街に着くとヨナを連れ出そうとするので困る。
「ささ、ここは豚の焼串が美味いよ」
「いえ、わたしは宿の食事でけっこうです。姉を一人にできませんので」
固辞するとからかわれた。
「あんなに腕が立つのに、いつまでも姉ちゃん離れできないんじゃしょうがねーなあ」
正直、かなりいらついた。
ダーユアン国の召喚戦士は、魔導師の異能と将軍のタフネスさを備えているとのこと。
「言ってみれば、一人一人が悪竜に相当する存在です」
ドラゴンを飼いならし使役することなどできはしない。それができるようになり自軍の戦力として利用することが可能になったとしたら、各国の軍事バランスは崩れるだろう。言ってみれば、それだけの恐るべき戦力をダーユアン国は手に入れ、しかも日々、その人数が増えているのだという。
そんな化け物相手にヨナが敵うだろうか。きゅうと唇を噛みしめているヨナに、プリンセスがすまなそうに言った。
「命がけの戦いになりますが、勝機はあります」
勝機とは、兵士の数では勝る都市連合が兵士の屍の山を築いてでも召喚戦士を倒すという人海戦術のことだろうか。そこに自分も加われと言うのならば、ひどい話だと思う。しかし、兵士の数が必要だからと言って、わざわざプリンセス自らスカウトになど来るだろうか、とも思った。
「ダーユアン国に勝るドラゴンの召喚に成功したのです」
プリンセス・ヴァイオラが「えっへん」と胸を張っている。
「ちょっ! ひどい!!」
ホムラ・エンジョウが気色ばんだ。
「あ、ごめん」
プリンセスと女騎士、二人は仲が良さそうだ。
「勝手に呼び出しておいて、ドラゴン呼ばわりなんてあんまりよ」
「まあまあ、ホムラどの、それだけ優れていると姫は言いたいのですよ」
お供の方たちに宥められて、ホムラは立ち上がりかけた腰を下ろした。
「もしや、その方も」
師匠の問いかけに騎士の一人が答える。
「こちらのホムラ・エンジョウ様こそ、このアーシェスの救世主となるお方。我が国最高のサモナーであるヴァイオラ姫殿下の一月にわたる魔術式の末に召喚された戦士にございます」
「自分で言うのもなんですが、ダーユアン国ーのどの召喚戦士にも勝る能力者を引き当てました」
一国の王女にして魔導師。勝算とはこのことか。
目の前の貴人、ホムラ・エンジョウはヴァイオラ姫殿下以下のお付きの者と人種的特徴が異なる。いまだから言えるが、はっきり言えば日本人だ。ヴァイオラ殿下たちは、欧米人だが線が細いタイプだと言えばわかりやすいだろうか。
もっとも、交易は多い地方なので様々な人種が混じり合っているので、地球で言うところの東洋人もここでは珍しくない。実際、町長や師匠を始め、この土地で一番多いのはモンゴリアンだ。
「それは心強い。ヴァビロン市国も安泰ですな」
師匠もプリンセスの言葉を信じているのかいないのかよくわからない口調で応じた。
貴婦人は超絶的な戦闘能力を有しているとのことだった。昨日の往来での戦闘を思い出す。要らぬ加勢であったのだろうか。ヨナの助けなど必要としないほどの屈強の戦士にはどうしても見えない。
しかし、魔導師の異能とやらがどれほどのものかもわからない。魔導師の能力は戦士としての訓練とは関係なく発揮されるものなのだろう。
「時間との戦いです」
「と、申されますと?」
「まだ、ホムラの異能は開花しておりません。それまで、わが国で彼女を護れるかどうかが勝敗を分けます。護りきれば、我らの勝ちです」
それならば、ヴァビロン市国の堅牢な城塞内で召喚術の儀式を執り行うべきではないだろうか。なぜ、母国より遠く離れたこの地で最重要人物を危険に晒すような真似をするのだろう。
「最大効果の召喚には、日時と場所が指定されます。それゆえ、南のアポロン国の寺院まで出向きました」
いまはその帰途とのことだった。アポロン国からの帰途なら、馬車でも一週間かかったことだろう。
「ここまで来るまでに警護の者が半数になりました」
急にヴァイオラ姫の顔色が曇った。
「近衛は20名にしぼり目立たぬように行動はしておりました。しかし極秘とは言え、一国の公女の旅、まして高名な魔導師であるヴァイオラ殿下の動向はダーユアン国に気取られました。帰路、幾度かの襲撃を受けて、もはや馬車での移動はかないませぬ。幸い、アポロン国に使者を送り、国境の警備を固めてもらい大規模な追手は見なくなりました。しかし、代わりに暗殺者が山を越えるなり、現地で雇われるなりでしつこく攻撃をかけて参ります」
昨日ヨナが倒した二人もその一味というわけか。
「護衛の補充として、ヨナを加えたいというわけですか」
師匠の問いに、プリンセスは首を振った。
「これより二手に別れようと思います。だんだん襲撃者の腕が上がっているように思え、さらに隊列を組んでは敵の目を眩ませません」
「護りが手薄になって大丈夫ですか」
「策があります。敵はわれわれヴァビロン市国の旅団を狙っておりますゆえ、影武者を使い、さらに我らがおとりになります」
なんと立派な。ヨナは感心した。可憐な容姿だが王族としての強い使命感に燃えている。
「殿下、自らが囮に? よろしいのですか」
「わたしもこの度の召喚に命をかけております。その間にホムラには単身、ヴァビロン市国を目指してもらいます」
「異世界人に一人旅ができますかな」
「無理です。と申し上げました」
ホムラ自身が答えた。もちろん彼女が召喚戦士でなくとも、女の一人旅は危険極まりない。
「ヨナどのになにとぞ、ホムラに随伴をいただきたいのでございます」
ヴァイオラが頭を下げた。
「お顔をお上げください」
師匠は立ち上がり、姫の面を上げさせようとした。ヨナは立ち上がったものの、何をしていいかわからず再度腰かけた。
義を見れば断りがたいとヨナは思っていた。しかし、未だ修行中の身、世界の命運を掛けるような争いの中で、救世主の護衛など自分に務まるのだろうか。
「ヨナ、なんとする?」
「師匠、できるならばお力になりたいと思いますが、わたしはまだまだ未熟者です」
師匠が一行に向き直って言った。
「ヨナは親とはぐれた子どもでした。いつか迎えが来ることがあるかもしれぬと手元に置いておきましたが、自身が決断するなら止めませぬ」
そして彼に向かって言った。
「ヨナ、おぬしの修練はとうに免許の域に達しておる。臆せぬのなら発つがいい」
その晩、彼は師匠から最後の稽古を受けた。後に彼の命を救うことになる秘伝の技の伝授であった。
次の日の朝、彼はギルド事務所でヴァビロン市国一行と合流した。
「幸い、あなたたち二人は姉弟に見えるけれど、聞かれたらどんな理由で旅をしていることにすればいいかしら」
ヴァイオラ姫殿下が指を口元に当てて首をかしげる。
「ヴァビロン市国の東に、当寺院と同宗派の寺院があります。そこへ向かうのであれば不自然なことはありません」
「頼もしいな」
「それからホムラさまのお召し物は目立ちます。ゆとりのある着物の下に鎖帷子でも着込むのがよろしいでしょう」
「くさりかたびら?」
「白刃の一閃なら一度は命を守ってくれます。弓矢や槍の一突きに備えるのであれば鉄の鎧胴を着込んだ方がいいのですがそうもいきません」
「ヨナくん……」
「はい?」
「わたしのことはホムラと呼び捨てでいいわ。わたし、あなたのお姉さんに見えそうね、じゃあ『姉さん』って呼んでみて」
「……姉さん」
やはり気恥ずかしい。
「姫殿下から剣をいただいたのだけれど、持っていていいかしら」
そういえば、昨日も帯剣していたな。だから女騎士に見えた。
「見せてください」
公女から賜っただけのことはある。
「とても高価なものに見えます」
「うむ。救世主さまにふさわしい聖なる剣を我が国最高の刀剣鍛冶に鍛えさせたのだ」
ヴァイオラ姫は自慢げに胸を張った。
ヨナは、剣を鞘に戻した。
「我らの旅には不釣り合いかと。人目を引く物は避けた方がよいでしょう」
「そうか……」
姫はがっかりと肩を落としたが、ヨナの言い分には素直に従ってくれた。
「では我ら一行で剣は持ち帰ろう。ヨナ、そなたがホムラに相応しい武器を選んでおくれ」
「御意」
ギルドの倉庫から自由に持ち出して良いとのことなので、ヨナはホムラと武器庫に立った。
「ホムラどの、腕に覚えがありますか?」
ホムラは首を横に振った。
「持ち運びは短く軽い刀、むしろ山刀が実用的かと思います。草を薙ぐにも、狩りをするにも急所の盾にもなります。背中に担げる鞘がよろしいでしょう。刺客と察したらわたしが戦いますが、不意の暗殺者への威嚇に懐剣も選んでください。これは衣服の内に入る大きさで気に入ったものをお選びください」
「わかったわ」
条件に合う刀をホムラがいくつか選び、その中からヨナが決めてあげた。懐剣は彼女の気に入った可愛らしいものを買った。
「あと衣類の下に鎖帷子を着込んだ方がいいですね。剣で斬られたときに致命傷を避けることができます」
どうにか旅支度を終えると、いよいよ出発の刻限が近付いた。ヴァイオラ姫とホムラが熱い抱擁をする。二人の目には涙が浮かんでいる。
「必ず……無事ヴァビロンに来てね」
「姫こそ、気をつけて」
ホムラの手を離すとヴァイオラ姫はヨナの手を強く握った。柔らかくなめらかな肌、指は長い。
「ホムラのことお願いよ、あなたも気をつけて」
「命に代えてもお守りします」
ヨナの言葉に何か感じるものがあったのか、彼とヴァイオラの手にホムラが掌を重ねた。
巡礼者風の旅装束でヨナたちは旅発った。小型の農馬を借りてホムラを座らせ、ヨナが手綱を引いた。
ヨナは棒状の杖と使い慣れた剣を帯びていた。ホムラにも同じ杖を持たせていた。
この二手に分かれる案は功を奏した。結果からすると、一度も暗殺者に追われることは無く1週間の旅の末にヴァビロン市国に到着した。
後に聞いたところ、ヨナたちが出立してから3日ほどしてこの策は露見したらしい。これはヴァイオラ姫たちの安全を守るためには良いタイミングだった。姫たちの慎重すぎる移動によって敵も不審を抱いたようだ。だが、この地方は敵国にとっては影響力を行使できない土地柄であり、アサシンも広範な土地で人探しをすることは難しいことだった。顔も知らぬ女一人が、同行者も出で立ちも替えて歩いているのだ。探し出せるはずがない。
代わりに盗賊や山賊の手合いには何度か遭遇した。易々と賊を撃退するヨナを見て、同道したいという旅人や商人が増えた。そのこともあって、目立たぬように旅をすることができた。
同行者の中にスパイでもいないかとヨナは断ろうとしたが、ホムラは気軽に受け入れてしまう。
「旅は道連れ、世は情けってね」
「ですが、姉上」
道中、ずっと姉弟として振舞っていたので、親近感が増した。まるで本当に姉が出来たような楽しさを正直ヨナも感じていた。
旅の同胞たちは宿のある街に着くとヨナを連れ出そうとするので困る。
「ささ、ここは豚の焼串が美味いよ」
「いえ、わたしは宿の食事でけっこうです。姉を一人にできませんので」
固辞するとからかわれた。
「あんなに腕が立つのに、いつまでも姉ちゃん離れできないんじゃしょうがねーなあ」
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