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アブノーマルな僕らの話

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「髪を伸ばし始めてから2ヶ月。ちょうど夏に入ったから、切りたい。今日はカリーナの家に行く。『彼』そう書くのはまだ恥ずかしくて、甘くて、酸っぱい。彼の名前を書けるのはいつ? 呼べるようになるのはいつ?」
 
 乃愛は日記帳の隅に「Cassandra」と綴った後、 「カサンドラ」と呼んでみた。目をつむり、人差し指と中指の腹で唇に軽く触れると、再び鉛筆を取った。
「カリーナの名前を呼ぶのは、大丈夫。だけど、彼の名前は呼べない。不思議。カリーナと彼は兄妹なのに」

 一行書くと、乃愛は頭を掻きむしった。文章が硬い。
 日本で生まれ育った純日本人なのに、未だにうまく日本語を使えない。父の元に引き取られるまで、徹底的に日本語を排除していた母の元で育ったせいだろう。父はそんな母の教育方針に未だに憤っている。私としては……。

 乃愛は窓の外を見ようとした時、時計が視界に入った。そろそろメイクを初めないと。
「メイク」と言っても、最近始めたもんだから、かなりシンプル。持っているコスメも少ない、。
 SPF50の化粧下地を塗り、コンシーラーでニキビを隠そうとした。コンシーラーが肌の色より黒いから、シミが出来たみたいで嫌だけど、無くなるまでは使うしかない。久美花さんによると、私がずっと引きこもりだったせいで肌が白すぎるらしい。パウダーファンデーションと、ピンクベージュのリップを塗って、はい、終わり。

 今日の私は可愛いく見える? 彼の目にはどう映る?

 乃愛はタタタと玄関前の鏡で姿を確認する。
 ずっとショートカットにしていた髪は「ベリーショートボブ」と呼べる長さに伸び、跳ねやすく今日も寝癖のせいでボーイッシュな印象を彼に与えるように見えた。快適さと、彼の目にどう映るか。この日の乃愛はデニムのショートパンツに、襟ぐりが浅く広いTシャツという出で立ち。
 乃愛は高鳴る胸からふぅとゆっくり息を吐いた。


 *

 カサンドラは化粧をしている。きっと、ウキウキと鼻歌でも歌いながら。今日、カリーナが会うのがボーイフレンドじゃないのが、兄としては少し安心する。
 でも1人の、アーサーという人間としては乃愛ちゃんに来てほしくない。確かに彼女は可愛い人だ、勉強熱心だ、本もよく読んでいるようだ。「カリーナにいい影響を与える」と父さんは言っていた ――出来ればティアにも影響を与えてほしい――。
 
 貴重な夏休みだ。日本の夏休みは1ヶ月しかないから尚更。
 その貴重な夏休みにカリーナは友達と遊ぶ約束をした。カリーナの話を聞くと、この子は学校に友達がたくさんいるのだと分かる。だけど、家に連れてくるのは乃愛ちゃん1人だ。もし僕がフリークじゃなければ……。
 勉強に手がつかないシエンナは部屋に篭もり1日中ゴロゴロとしている。ティアはずっとアニメの実況をしている、だからティアの部屋の前を通る時は気を使う。
 僕はカリーナや父さん母さんに借りてもらった本を延々と読んでいる。そして気がつくと窓の外を見ている。家族の誰も気づいていないだろうけど、僕の部屋の窓の方向には乃愛ちゃんの家がある。

 チャイムが鳴った。我が家ではチャイムが鳴ったら、父さんか僕が出ることになっている。母さんと妹達を守るために。今日は父さんがいないから僕が出るしかない。きっとあの娘だろう。
 僕は薄いガラスを持つように慎重にドアノブを回した。ギシッ鳴った瞬間冷や汗が流れた。ギシッと言う音の正体は2階から走ってきたカリーナだった。だが握った手を開くと、ドアノブが少し欠けていた。僕は失望のため息を漏らした後、ドアを勢いよく押し開けた。

 あの娘がいた。
 艷やかな黒い髪と瞳、涼やかな白い肌を持つ少女が。
 
「暑い中いらっしゃい」と乃愛ちゃんに声を掛けた後、カリーナに「悪い。ドアノブが欠けたからドアチェーンで頑張って」と声を掛けた。そして僕はタンタンと2階に駆け上がった。
 カリーナと乃愛ちゃんの話し声が響いた。

 なんであの娘はあんなに華奢なんだろう?細い鎖骨がくっきりと出ていた、僕なんかが触れたらすぐに折れてしまいそうだ。だけど太ももはまろやかだ。膝上まである靴下のせいで余計に太ももに目が行ってしまう。きっと体を冷やさないようにしているのだろう、女の子だから。
 あの娘、留学経験はないそうだが、英語の発音は少しアメリカの訛りが入っている。それでも、流暢に話す声はどこか風鈴のように澄んでいて……。
 あの娘はまだ知らない。僕が化け物だということは。さすがにカリーナも話していないだろうから。
 僕が望んじゃいけない。あの体に触れてはいけない。そもそもあの娘は僕より4歳も年下なんだから。一時の感情で彼女の未来を奪ってはいけない。乃愛に出会えた、それだけで僕は幸せだ。それで満たされるべきだ。
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