上 下
265 / 281
第六章 死を許さない呪い

265 また後で

しおりを挟む
 


 明るくあたたかな夢の中で、何度も優しいキスを貰った。
 優しく肩や背を撫でられて耳元で囁く声が聞こえる。「サシャ……」と。
 大好きなアランの声だ。
 別れたあの日から、夢の中で何度も聞きながら触れることができなかった。王城での暮らしは何一つ不自由は無かったけれど、アランの姿だけが無かった。

 王になるためにたくさん勉強して、体を鍛え知識も増やしていったけれど、心の中に、どうしても埋められないものがあった。

「おはよう……」

 眩しさに瞼を一度ぎゅっとして、ゆっくりと開くと、目の前に彼がいた。
 添い寝をするように横たわりながら、僕の髪を、頬を優しく撫でる。そして微笑む。温かい指先にの感触に、僕は呟く。

「アラン……」
「気持ちよさそうに眠っていたな」
「……アランだ……」

 眠る時までの記憶が無いわけじゃない。
 彼の呪縛は解かれた。国王にゆるしを得た。長く続いていた呪いの反動で熱を出していたけれど、城の治癒師やザカリー殿の手当てもあって回復した。
 ちゃんと忘れずに記憶しているのに、それでも夢にまで見たアランが目の前にいるのか不思議でならない。

 アランが瞳を細める。

「ああ、俺だ。ずっとお前の側にいる」
「アラン……」

 きゅっ、と抱き寄せるようにして胸に顔を埋める。
 そんな僕の肩を抱きしめ返し、アランは囁く。

「お前を抱きながら目覚めることができるなんて、最高に幸せだ」
「うん……」

 頷いて、腕の強さと温もりと、心から安心できる匂いを堪能する。
 獣人ほど嗅覚が鋭いわけじゃないけれど、僕だってアランの匂いは大好きだ。このまま、また夢の中に戻ってしまいたいぐらいに。……けれど……。

「あれ、今……何時?」

 ぴこっ、と僕は顔を上げて訊いた。
 アランが軽く笑って答える。

「もうすぐ昼になる。今日はたくさん寝たな」
「えっ! 僕っ! 寝坊!?」

 がばっ! っと起き上がると、窓辺のテーブルで食事の準備をしていたロビンが顔を向けた。二人きりでは無かったことに気づいて、僕の顔に熱が集まる。

「おはようございます。殿下」
「ロビン! 僕、寝坊を……」
「ええ、でも本日は、殿下が目覚めるまで起こさないようにと仰せつかっておりました。もう少しお休みになりますか?」

 言われて僕は、ゆっくりと体を起こしたアランに顔を向けた。
 もう少しだらだらしていたい気もするけれど、王子としての仕事もたくさんある。昨日はアーシュの件だけ片づけて、後は全て任せてきてしまったんだ。
 どうしようと迷う僕に、アランは声をかけた。

「腹も減ってるだろ、起きようぜ。まだ疲れが残っているなら、一仕事終えた後に昼寝でもすればいい」
「うん、そうだね……」

 言われてみればお腹も鳴っている。
 頭の隅に気になる仕事を残したままじゃ、ゆっくりいちゃいちやもできない。なんて思った心の中を読んだように、アランは僕の耳元に口を近づけて囁いた。

「また後で、たくさんキスしよう。たっぷり……気持ちよくさせてやるよ」

 そう言って耳たぶを甘噛みする。 
 低く甘い声だけで、僕の背筋はぞわぞわしてしまった。

 こくこくと頷くとバスルームに駆けこんで軽く汗を流して、反応し始めていた自分をなだめる。あのままアランの側にいたなら、ロビンも居るというのに恥ずかしい声を出してしまいそうだ。
 まぁ……今更、という気もするけれど。

 身支度を整えて、朝というには遅い……でも、昼というには少し早い食事を終えた頃、ノックの音共に、訪問者が来た。
 アーシュとハヴェル殿だ。

「兄さま!」
「おはよう、サシャ」

 ぎゅ、と抱きしめ合う挨拶をしてから、ハヴェル殿とも笑顔を交わす。
 彼も長旅で疲れていたんだ、しっかり休んでもらえただろう。

「夕べは家族とゆっくり過ごせた?」
「ええ、サシャのおかげです」

 答えながらアーシュはアランの前まで来て、片膝を折り頭を下げた。

「サシャ殿下のご尽力により、放免となりました。貴方様のお力添えのおかげです」
「堅苦しい挨拶はいいよ。俺は、サシャの心配を減らしたかっただけだ」
「ええ。それでも命を救っていただいたことに変わりはありません」

 答えながらアーシュは立ち上がる。そして表情を引き締めながら、僕らに伝えた。

「最後のうれいのご報告を。奴隷商にして凶悪な盗賊でもあったズビシェクが捕らえられました。護送され、もう間もなく王城に到着します」

 その名前にどきりと胸が鳴る。
 アランを見ると覚悟していたのか、戸惑う様子もなく頷いた。

「処罰の場に、同席されますか?」
「居合わせてくれ」

 躊躇ちゅうちょなく、アランは即答した。
 自分の過去に向き合おうとしているんだ。僕も続いて頷いた。

「かしこまりました。到着次第、お知らせいたします」

 もう一度アーシュは頭を下げて、ハヴェル殿と共に退室する。
 それから僕らが呼ばれたのは、昼を少しすぎた頃のことだった。
しおりを挟む
感想 43

あなたにおすすめの小説

社畜だけど異世界では推し騎士の伴侶になってます⁈

めがねあざらし
BL
気がつくと、そこはゲーム『クレセント・ナイツ』の世界だった。 しかも俺は、推しキャラ・レイ=エヴァンスの“伴侶”になっていて……⁈ 記憶喪失の俺に課されたのは、彼と共に“世界を救う鍵”として戦う使命。 しかし、レイとの誓いに隠された真実や、迫りくる敵の陰謀が俺たちを追い詰める――。 異世界で見つけた愛〜推し騎士との奇跡の絆! 推しとの距離が近すぎる、命懸けの異世界ラブファンタジー、ここに開幕!

転生したけど赤ちゃんの頃から運命に囲われてて鬱陶しい

翡翠飾
BL
普通に高校生として学校に通っていたはずだが、気が付いたら雨の中道端で動けなくなっていた。寒くて死にかけていたら、通りかかった馬車から降りてきた12歳くらいの美少年に拾われ、何やら大きい屋敷に連れていかれる。 それから温かいご飯食べさせてもらったり、お風呂に入れてもらったり、柔らかいベッドで寝かせてもらったり、撫でてもらったり、ボールとかもらったり、それを投げてもらったり───ん? 「え、俺何か、犬になってない?」 豹獣人の番大好き大公子(12)×ポメラニアン獣人転生者(1)の話。 ※どんどん年齢は上がっていきます。 ※設定が多く感じたのでオメガバースを無くしました。

4人の兄に溺愛されてます

まつも☆きらら
BL
中学1年生の梨夢は5人兄弟の末っ子。4人の兄にとにかく溺愛されている。兄たちが大好きな梨夢だが、心配性な兄たちは時に過保護になりすぎて。

転生悪役令息、雌落ち回避で溺愛地獄!?義兄がラスボスです!

めがねあざらし
BL
人気BLゲーム『ノエル』の悪役令息リアムに転生した俺。 ゲームの中では「雌落ちエンド」しか用意されていない絶望的な未来が待っている。 兄の過剰な溺愛をかわしながらフラグを回避しようと奮闘する俺だが、いつしか兄の目に奇妙な影が──。 義兄の溺愛が執着へと変わり、ついには「ラスボス化」!? このままじゃゲームオーバー確定!?俺は義兄を救い、ハッピーエンドを迎えられるのか……。 ※タイトル変更(2024/11/27)

身分差婚~あなたの妻になれないはずだった~

椿蛍
恋愛
「息子と別れていただけないかしら?」 私を脅して、別れを決断させた彼の両親。 彼は高級住宅地『都久山』で王子様と呼ばれる存在。 私とは住む世界が違った…… 別れを命じられ、私の恋が終わった。 叶わない身分差の恋だったはずが―― ※R-15くらいなので※マークはありません。 ※視点切り替えあり。 ※2日間は1日3回更新、3日目から1日2回更新となります。

いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜

きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員 Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。 そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。 初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。 甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。 第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。 ※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり) ※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り 初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。

ハイスペックストーカーに追われています

たかつきよしき
BL
祐樹は美少女顔負けの美貌で、朝の通勤ラッシュアワーを、女性専用車両に乗ることで回避していた。しかし、そんなことをしたバチなのか、ハイスペック男子の昌磨に一目惚れされて求愛をうける。男に告白されるなんて、冗談じゃねぇ!!と思ったが、この昌磨という男なかなかのハイスペック。利用できる!と、判断して、近づいたのが失敗の始まり。とある切っ掛けで、男だとバラしても昌磨の愛は諦めることを知らず、ハイスペックぶりをフルに活用して迫ってくる!! と言うタイトル通りの内容。前半は笑ってもらえたらなぁと言う気持ちで、後半はシリアスにBLらしく萌えると感じて頂けるように書きました。 完結しました。

平凡なSubの俺はスパダリDomに愛されて幸せです

おもち
BL
スパダリDom(いつもの)× 平凡Sub(いつもの) BDSM要素はほぼ無し。 甘やかすのが好きなDomが好きなので、安定にイチャイチャ溺愛しています。 順次スケベパートも追加していきます

処理中です...