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第六章 死を許さない呪い
208 幸せ者だ※
しおりを挟む肩に力が入ったまま、クッションを強く握りしめる。息が止まる。
喉をのけ反らせて、僕は欲望を吐き出していく。
それを余すことなく飲み干していくアランに、全身が痺れるほどの甘い心地よさを感じていた。
やがて……全てを吐き出して、ぺろりと僕の雄を舐め上げたアランが口を離すのを感じてから、僕はやっと息を吐き、体の力を抜いた。
……いや、力が抜けてしまって、くったりと僕は横たわる。
息だけが荒く、僕は何度も薄い胸を上下させた。月明かりの下のアランが、嬉しそうに僕を見降ろしている。
少しして、やっと息が整ってから僕はアランを睨みあげた。
「ばかぁ……」
「ふふ、可愛いな」
笑いながら僕の前髪をはらう。
そして衣服もきちんと整えて、僕は何事も無かったかのようにベンチに横たわされた。
「ばかばかばかぁ……出ちゃうって、いったのにぃ」
「あのままだったら寝間着がぐしょぐしょになっていただろ? そんな姿で部屋に戻ってみろ、おっかない騎士さまが煩く追及してくるんじゃないのか?」
アランの言う通りだ。
そして侵入者があったことも隠し切れなかっただろう。けど、元と言えばアランが僕を駆り立てたのが悪いんだ。
「気持ちよかったろ?」
「うっ……き……」
優しく頭を撫でながら囁くアランに、嘘はつけない。
「……き、気持ちよかった……」
「嬉しいな」
「アラン……でも……」
「俺は、お前が気持ちよくなるなら、何でもするぜ」
愛の告白をするように、じっと僕を見つめてアランが言う。
「お前が喜ぶなら、お前が安心できるなら、なんでもする。そう、決めた」
「アラン」
「お前を手放したこと、死ぬほど後悔した」
僕がいなかった日々を思い出しているのだろう。アランの目元が辛そうに歪む。
胸にじん……と温かいものを感じながらアランを見上げた。
「寂しかった?」
「ああ、毎日泣いていたさ」
「アラン……」
「常にお前の一番近い所で、お前を守っていたい」
瞳を細め、アランは続ける。
「それが、どれほど難しいことが知っている。お前はもうじき王になる王太子で、俺はAを取ったとはいえどこの誰とも知れない元奴隷だ。天と地ほど身分の差がある」
指先で僕の目元を、頬を撫でるアランの優しい動きは、カサルの町に暮らしてい頃と変わらない。アランは僕がずっと小さい頃から、この事実をまるで自分の罪のように背負っていたのだろう。
「そんな……身分なんて……」
「関係ないなんて言うなよ。現実はそう簡単じゃない」
当ての無い楽観視などしない慎重さが、彼がここまで強くした。
彼の言う通りなんだ。成人の祝いの後の会食で、多くの貴族や神官ばかりでなく、諸外国の大使までもが僕とアーシュの婚姻の認める流れになっている。仮にアーシュと婚姻しなかったとしても、僕は世継ぎを作らなければならない身だ。
エルフ族の血を持つ者として、種族性別問わず命を生み出すという奇跡を現さなければ、いずれかの姫か令嬢を妃に迎えなくてはいけなくなる。
それは……今みたいなことを、アラン以外の人とする、ということだ。
僕はいやいやをするように首を横に振った。
「簡単じゃなくても、でも、アランがいい」
「サシャ……」
「アランが好き」
腕を伸ばす。アランが僕の上に重なるように体を寄せて来る。
彼を両腕で抱きしめながら、僕は同じ言葉を繰り返す。
「アランが好き」
「あぁ……俺もだ」
「アランが好き」
僕の背中に腕を伸ばし、アランも僕を優しく抱きしめ返してくれる。
その温かさに、また胸の奥がじんと熱くなった。
「アランが好きだよぉ……」
「……サシャ」
アランが囁く。
「俺は幸せ者だな」
「うん……」
アランがここに来るまで、どれほど辛い日々があっただろう。
両親を盗賊に殺され故郷を焼きだされた哀しみはあっても、僕にはアランがいた。アランは……奴隷商の元から逃げ出し、クレメントさんたちと出会うまでずっと一人きりだった。
物心ついた時から苦しめられ、ずっと、ずっと一人だったんだ。
「僕がもっとアランを幸せにする」
「サシャ」
「きっと、だから……もう少し時間をちょうだい。貴族や神官たちや、お祖父さまを説得して、きっと……」
アランが微笑む。
「嬉しいな」
僕の言葉を、夢物語のように思っているのかもしれない。
でも絶対に夢だけにはしない。そう胸に誓いながら腕を離した。体を起こしたアランが、くん、と鼻を鳴らす。
「お前の帰りを心配して、迎えが来たみたいだな」
「え……」
そう言えば、ちょっと夜風に当たって来るといって出て来たんだ。
いくら城内の中庭にいるとはいえ、あまり帰りが遅ければ迎えにだって来るだろう。こんな所を誰かに観られたなら、アランは捕まってしまう。
「アラン……」
「できることなら、お前を抱いて部屋まで運びたいところだが……ここは大人しく消えることにするぜ」
そう言うと、額に軽くキスをして体を離す。
明日の午後にはまた会えるんだ。
僕はうんと頷いて、庭木の間に消えていくアランをベンチで見送った。
だいぶ呼吸は整ったけれど、まだ顔は熱い。
ベンチに横たわったまま夜風を受けていると、ゆらりとランプの明かりが近づいてきた。
迎えに来たのは従者のロビンだろう。そう思っていたのに、声をかけて来たのは意外な人だった。
「サシャ殿下、こんな所に居ましたか」
「ハヴェル殿……」
アーシュの友人にして龍人族のハヴェル殿は、黒々とした角を月明かりに輝かせ、僕に微笑みかけた。
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