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第五章 王立学園の王太子
184 実地訓練の朝
しおりを挟むこの世界は、精霊に愛された者が土地の浄化やバランスを担うとされる。
かつて精霊たちの愛し子、エルフ族の英雄スラヴェナが、四人の仲間と共に凶悪な魔王倒したのちに世界を旅し、浄化とバランスを整える祭壇を迷宮内に設けた。それらの祭事は神官たちに受け継がれていった。
不思議と、その祭場をもっともよく整える者は神官ではなく、その土地を収める王になる。
精霊たちの加護を受けた者。
善き王とは存在するだけでその地に平和をもたらし、民を豊かにする。
逆に悪しき王からは加護が消え、土地を浄化したりバランスを整える力を失う。国に魔物や疫病が流行り、戦争が起こりはじめ、やがてその国は亡んでいく。
もう一つ、精霊の加護は王の血統で受け継がれる。
それも直系とされる血筋に。
幼い頃から善き王であるということを教えられ、その行いをし、民を想う気持ちを保ち続けることで精霊の加護はあり続ける。
王家の直系血筋であったとしても、私欲に堕ちたなら加護は消えるんだ。
そして傍系血族に加護は移る。
各地の迷宮に設けられた祭壇。
そこで祭事を行える者こそ王の証であり、また王となる者はある一定の間を置いて祭事を行わなければならい。僕が髪を伸ばすことになったのもそのためだ。
王様はただ、玉座に座っていればいいだけじゃない。
多くの護衛が着くとはいえ、危険な迷宮に入って行かなければならない。
王立学園で定期的に行われる〝祭壇の儀の実地訓練〟は、そのように意図があって将来王になる者、そして王を護衛する騎士となる者たちの課題になっていた。というのに……。
「我が国ではそのような話は聞かないな」
実地訓練の朝、バラーシュ王国から少し離れた海沿いの国、アクファリ王国の王太子、マグノアリが面倒くさそうな声で言う。
他国の細かい事情までは知らないが、アクファリ王国にも地下迷宮はあり、やっぱり土地の王様が祭事を担っているはずだ。僕が事前に受け取った資料や歴史書にも、そのような記載があったと記憶している。
僕はこの国の王太子として、留学生でもあるマグノアリのホストも務めなくてはならない。彼の言葉に首を傾げながら、迷宮探索の準備……軽く鎧を身に着け長剣を携えて尋ねる。
「では、国王陛下であられるお父様は、祭事を行っておられないのですか?」
「知らん」
「え……?」
そっけない言葉に僕は思わず声を漏らした。
将来自分が行うことになる責務を「知らない」で済ましてしまっていいのだろうか。マグノアリは不機嫌な声で続ける。
「こんな面倒なことは、神官たちが行えばいいことだ。いちいち王を呼び出さなくてもいいだろう」
「ですが祭壇の儀は、精霊の加護を受けた者でなければなりません。国の平和のためです」
「神官たちにも精霊の声を聞くものはいる。それは加護があるということだろ? だったらそいつらがやればいい。王は忙しいんだ」
ふふふん、と鼻を鳴らすようにして笑う。
確かに王たるお祖父さまは忙しくしていらっしゃるが、体調が思わしくなかった時ですら、この祭事は欠かさなかったと聞いている。僕も十二歳で王城入りしてから、最初に教えられたのもこのことだ。
だから国のためには、何よりも大切にしなくてはならないことだと思っていたのに。
「アクファリ王国でも、国王陛下は祭事を行っておりますよ」
そう、口を挟んだのは、隣のアークライト龍人王国から留学生、ハヴェル殿だ。留学期間を考えると、ほとんどバラーシュ王国に帰化していると本人は笑って言うが。
「貴国は地上に二カ所。海の底の大迷宮に一カ所。どちらも春と秋に祭事を行っています。我が兄も招かれ、参加したことがあると聞いたことがありますので」
にこやかに笑って言う。
ハヴェル殿には三人の兄上たちがいる。現王の子が女性のため、兄の内の一人との婚姻が決まっているのだという。ハヴェル殿は、「俺は結婚相手に選ばれなかったら、この国で自由にさせてもらっている」と笑って言っていたことがある。
他国の公爵令息に説明され、マグノアリは顔を歪めた。
「俺は知らん」
「では、帰国されてから教えて頂くのでしょうね。祭事を行えないようでしたら、近隣諸国の諸王たちも、王とお認めにはならないでしょうから」
さらりと言っているけれど、これってマグノアリに「王太子の資格はあるのか?」と聞いているようにも聞こえる。
僕は先生方と打ち合わせをして、こちらに戻って来るアーシュの姿を見てから、不機嫌なマグノアリに苦笑した。
事前に凶悪な魔物は一掃して、学生らに危険の無いようにしているが、迷宮では何が起るか分からない。アランも決して油断するなと、いつも言っていたんだ。
この実習、何事も無く終わらせたい。
「マグノアリ殿下、きっとこの実地訓練で学んだことを、故国に戻ってから生かせということなのでしょう。気を引き締めてまいりましょう」
「面倒な話だ」
鼻を鳴らして言う。
本当に……何事も無く終わればいいのだけれど……。
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