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第三章 試練の町カサル

112 僕の中で交ざり合う

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 ふ……と、夢も見ない深い眠りから覚めた。

 暗い部屋。窓の外は月明かりかぼんやりと明るい。
 すっかり陽が落ちた時間まで眠ってしまっていたみたいだ。今は夕方……いや、真夜中だろうか、時間の感覚が分からない。
 寝ぼけた頭で体を起こしてふと、寄り添っていた熱が無いと気が付いた。
 手のひらを伸ばして確認したシーツの上に温もりは無い。
 ずいぶん前に起きた……ということだろうか。

「……アラン?」

 まさか……アランが帰って来たこと自体、全部夢だったのでは。
 それとも僕を置いてどこかに行ってしまった。……あの、狐系獣人の冒険者の所へ……。

 ざわっ、と血の気が引く思いがして飛び起きた。

「アラン!」

 寝室の隣、リビングや続くキッチンにも明かりは無い。
 泣きそうな思いでもう一度名前を呼ぶと、階下から物音がした。一階、階段を降りてすぐ右手にある作業室だ。わずかに開いたドアの向こうから明かりが漏れている。
 僕は慌ててドアを開けた。

「アラ――」
「おぅ、サシャ、起きたか?」

 湯を浴びたのか、濡れた髪と首元にタオルを引っ掛けたアランが、武具の手入れをしていたのだろう手を止めて顔を上げた。同時に、僕を見て眉を歪め、苦笑になる。

「何だ。怖い夢でも見たか?」
「ちが……」
「ん?」

 ゆっくりと立ち上がるアランに、僕は吸い寄せられるようにしがみついた。
 優しい腕が僕の肩に回って抱きしめ返す。夢じゃない。幻でもない。アランはここにいて僕を抱きとめてくれている。

「なんだよ」
「居なく……な、ちゃっ……たかと、思って……」

 声をしぼり出すように言うと、苦笑するような息遣いが聞こえた。

「何もないっていうのに、俺がお前を置いて行くわけないだろ?」

 耳元で囁くような低い声。
 それたけで背がぞくぞくしてしまうってこと……きっとアランは気付いていない。僕はアランの胸の中で、うんうん、と小さく頷いて顔を上げた。

「ほら、また泣くなよ」
「泣いてないよ」
「そうか、じゃあこの目尻ににじんでるのは何かなぁ」

 そう言って指の腹で拭う。
 アランの昔からの癖た。僕は恥かしさと嬉しさを隠す為に、手の甲でごしごし目を擦った。

「武具の……手入れしていたの?」
「ん? あぁ、簡単にな。かなり手荒に扱ったから、修理の必要な物も多いし。どれとどれを優先的に直しに出すか見ていたところだ」
「今から?」
「あん? いや、武具ギルドに持って行くのは後日だ。それより腹減ったからさ」

 そう言ってタオルでガシガシと頭を拭きながら、二階の居間に戻る。
 まだ暗くなりきる前に起きて作業室に行っていたようで、部屋が真っ暗になっていたことに気づかなかったみたいだ。

「食事つくるよ」
「無理するなよサシャ、疲れてたんだろ?」

 少し乱暴なぐらいの手つきで僕の頭を撫でる。
 疲れていたというより、気持ち的に落ちたり上がったの差が激しくて落ち着かない……というか。でもそれをうまく説明できずに口をもごもごしていると、アランが僕の顔を覗き込んで来た。

「食欲はあるか?」
「う……うん。おなかは……空いている」

 寝る前にちょっと食べた、……というか食べさせてもらったけど、なんか大泣きした直後だったからあまり食べたという実感がない。
 アランだってずっと僕を膝の上に乗せたままだったし、ちょっと摘んだ程度だから。

「飯の準備するのも今日はメンドクサイし、外に食べに行こうぜ。この時間なら、川向うの飯屋がまだ開いている」

 そう言って、昨年の僕の誕生日に買ってもらった暖炉のそばの時計に顔を向ける。王都で有名な技師の一点物らしくて、貴重な魔石を動力源にとても精巧な歯車が時を刻んでいるものだ。初めて手にした時は物珍しくて、一晩中眺めていた。
 その時計の針はまだ、日が沈んだばかりの時間を示している。

「嫌か?」
「うううん。アランと一緒なら、平気」

 一人で夜外を出歩くのは怖いけど、アランとならどんな場所でも平気だ。
 ……というか、僕をご飯に連れて行ってくれるのは久しぶりだ。この二ヶ月ちょっとの間はアランが留守だったし。その前はまだ雪の季節で、草花がまだ芽を出す前は僕を家から出すのをアランが避けていたせいもある。

 簡単に身支度を整えて家を出る。
 初夏の夜は、まだ昼間の熱気を残すところまでいかず少し肌寒いくらいだった。

「何、食いたい?」
「何でも。アランのおススメ」
「なんだよそれ。いっぱい食べないとでっかくなれないぞ」
「身長は伸びたよ、僕」

 アランの隣に並びながら、僕はほらと頭の上に手をのせる。
 ここ一年ぐらいの間に急に背は伸びた。けど、胸板に厚みはないし筋肉もまだ足りない。生薬ギルドで重い物だって運んでいるのにな。
 そんな僕を、アランは眩しそうに見下ろす。

「ああ、本当に背は伸びたよな」
「きっとその内、アランの身長だって追い越すよ」
「そいつは無理だ」
「どうして?」
「俺の方が強いからな」

 全然理由にならないことを理由にして言う。いつものアランだ。
 他愛ないことを言い合って、笑い合って。嬉しいという気持ちと、喉の奥に刺さったままの小さな骨のような切なさが、僕の中で交ざり合う。

 何度かアランと来たことのある飯屋「魔女の鍋」にたどり着いた。
 今夜も店はほどよく賑わっている。女将とは顔なじみて、僕らは軽く顔を合わせただけで店の奥、いつもの窓側の席に向かう。その途中で声をかけられた。

「よぉ! アラン」
「ラドヴァン!」

 冒険者と思われる人たちの中の一人に向って、アランが声を上げた。
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