上 下
202 / 202
番外編 十七の秋の終わりと その一年後

04 十七の秋の終わり 1

しおりを挟む
 


 カークマン領に入り始めたころから、異変は肌で感じ始めていた。

 常に守られている……という感覚から、しっかり閉じていたはず窓に隙間が開いているような、寒々とした気配が触れる。その感覚に合わせて、魔物の出現も増えていった。
 しかも、俺の声を聴き取ることのできない、本能だけで動く魔物だ。
 この手の魔物は動きを鈍らせる……など肉体支配はできても、聖獣ウィセルのように意思疎通はできない。

 まだ昼の時間帯だと言うのに、魅了の気配に引き寄せられ、次々と襲い掛かる。
 俺はヴァンから学んだ方法で魔物たちの動きを鈍らせ、ヴァンとゲイブ、ザックとマークが次々と斬り倒していく……ということを繰り返していた。

 やはりこの魔物の多さはおかしい。
 夏のはじめに張った結界に穴が開いているという、そのせいだろうか。ヴァンが手綱を握る馬の上で、俺は荒い呼吸を繰り返していた。

「リク、大丈夫かい?」
「うん……なんかもう、キリがないね。まるで迷宮に潜っている時みたいだ」
「ああ、だがこの程度の小物なら、領主らの私兵で討伐できるだろうに」

 魔物の出現が多すぎて、自衛が間に合わないでいるのか。
 魔法石を回収したマークが荷物に収めるのを見て俺たちは再出発する。峠を越えるとすぐに森は切れて、点々と民家が見える果樹園沿いの道になった。
 けれど……やはり様子がおかしい。

「荒れているわね」

 ゲイブが眉間にしわを寄せて呟いた。
 アールネスト王国南西に位置する国境沿いの領は、年間を通じて温暖な気候と聞いている。だから秋の終わりのこの季節でも、俺たちは馬車ではなく馬で訪れたんだ。
 それなのに、樹々は実りを結んでいない。

 この土地は平坦な地形が少なく、薄い表土の下は硬い岩盤の場所が多い。そのため穀物を育てるには向かないが、土地に適した野菜や果物など農作物の育てるには恵まれた土地だ。
 かつてはこの土地でしか採れない果物など、領の実入りも多かったらしいが。

「町まで行ってみよう。先ずは人々から情報を聴き出すんだ」

 ジャスパーの言葉に誰もが頷いて、俺たちは先を急いだ。
 そうしてたどり着いた先の荒れた様子に、誰もが言葉を失った。

 町ゆく人の姿が無い。
 壊れた小屋や馬車がそのままに放置されている。それもここ最近のことじゃないだろう。雑草が生え、石畳の隙間を埋め始めているのだから。

「人が……住んでいないわけじゃ、ないみたいですね」
「ああ」

 マークが呟きジャスパーが頷く。
 俺たちが通る姿を窓のカーテンの隙間から覗く人影が見える。どんよりとした厚い雲があるせいで町は薄暗い。魔物を警戒しているのだろうか。

 本来、魔物は陽の光を嫌う。昼の時間帯はよほどのことが無いかぎり、陽の下に出てこない。俺の魅了の力は、魔物の本能を上回るものだ。だから厄介でもあるのだけれど。

 逆に夜は魔物の時間として、人々は家に入り窓やドアを固く閉ざす。
 天気が悪い時は現れることもあるけれど……それでも、雲が切れれば陽が射す時間帯に出てくる出てくる魔物は稀だ。
 ここまで警戒するのは、何かあるのだろうか。

「こんな場所であーだこーだ言っていても仕方がないでしょう。さっさと地元の人たちから情報を聞き出して、危険な魔物がいるなら倒しちゃいましょ」

 明るく言うゲイブが酒場の前に馬を止める。
 どこの町にでもある、宿屋を兼ねた店だ。窓からもれた明かりを見れば、店はやっているみたいだ。
 俺もヴァンの手を借りて馬から下り、酒場のドアを開けた。




 カウンター席と、手前にテーブル席が並んでいる。
 壁際にはロウソクの明かり。カウンターには背の高い歳のいった男が立ち、テーブル席には冒険者とも地元の農夫ともつかない恰好の男たちが数人、酒を飲んでいた。
 お客さんの姿が珍しいのか、一声に俺たちに顔を向けて息を飲む。
 ゲイブはそんな様子をぐるりと見てから、ヴァンと二人で真っ直ぐカウンター席に向かった。

 俺とジャスパーとマーク、ザックはカウンター席に近いテーブル席につく。

「飲み物と食べ物、それと数日止まる宿の部屋をお願いしたいのだけれど、空いているかしら」
「へ……?」

 カウンターの店主が驚いた声を上げる。
 ゲイブは落ち着いた声と笑顔で、もう一度同じ言葉を繰り返した。

「あ、あぁ……はい。只今。部屋も空いています」
「ありがたいわ。馬の旅は疲れちゃって。食事はどんなのができるの?」
「あぁ……その、食材を切らしているので大した種類のご馳走はできませんが……スープとパンと干し肉なら……卵も少し」
「地元の果物もあれば嬉しいわね」
「それは……」

 言いよどむ。
 奥から出て来た年配の女性――店主の奥さんだろうその人に店主が合図を送ると、俺たちの方に向き直った。

「すみません、果物はあまりないんです。少しでしたら盛り合わせをお持ちします」
「あら……今は収穫の季節でしょう? 今年の夏は天候が悪かったの?」

 気さくな感じで世間話を続ける。
 そんな様子に少しばかり空気が和んだのか、テーブル席にいた男たちが答えた。

「天気は悪くなかったさ。ただ……魔物が出るで、畑に手を入れることができないんだ」
「あんたは魔物退治の冒険者か?」

 答えた男の隣の者が問う。やっぱり地元の人達だったのだろうか。
 くるりと振り返ったゲイブが、いかつい身体つきに似合わない和やかさで答えた。

「そんなカッコイイものじゃないわよぉ。あたしはとある東方の国から来た、侯爵家ご令息リク様の従者。お忍びで諸国の美味しい物を食べ歩く、ただの旅行者よっ」
「ぶっ!」

 運ばれて来た飲み物に口をつけようとして、思わず吹き出しそうになった。
しおりを挟む

この作品の感想を投稿する

みんなの感想(20件)

たろじろさぶ

全話いいね一番乗り〜😄
やった✌️
ファンとしては、嬉しい限りです🎵
ちゃんと全話読み返して、いいねしました❗

鳴海カイリ
2024.04.28 鳴海カイリ

応援、めちゃ、ありがとうございます(TдT)
年度末と始めの大山を越え、PCも文章ソフトも進化して、やっと執筆できる環境が整いました。
何度でも読み返していただけるよう、素敵な作品に進化し続けていこうと思います。
ありがとうございます!!

解除
たろじろさぶ

BL小説大賞まつり中ですね。

なぜ、ひとり一票なの〜。
連打で、ヴァンとリクに投票したい🥰
着々と順位が上がっていて、私も嬉しいです🎵

書籍化希望❗

鳴海カイリ
2023.11.09 鳴海カイリ

応援ありがとうございます(TдT)

お祭の機会に一気に後日談を仕上げてしまいたいと思いながら、なかなかPCの調子が戻らず、執筆に時間がかかっています。
そんな中でのコメント、すごく嬉しいです。
ありがとうございます✨

解除
SAKU
2023.06.19 SAKU

攻めが複数の女性と身体の関係がある表現有りなど、注意書きかタグで知らせておいてください。めっちゃ地雷で不快感いっぱい。最悪。

鳴海カイリ
2023.06.22 鳴海カイリ

SAKU さま
こんにちは。
なるほど、主人公と出会う数年前の過去の出来事でしたが、そのような場合も注意書きが必要なのですね。教えて下さりありがとうございます。

解除

あなたにおすすめの小説

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

俺様幼馴染の溺愛包囲網

吉岡ミホ
恋愛
枚岡結衣子 (ひらおか ゆいこ) 25歳 養護教諭 世話焼きで断れない性格 無自覚癒やし系 長女 × 藤田亮平 (ふじた りょうへい) 25歳 研修医 俺様で人たらしで潔癖症 トラウマ持ち 末っ子 「お前、俺専用な!」 「結衣子、俺に食われろ」 「お前が俺のものだって、感じたい」 私たちって家が隣同士の幼馴染で…………セフレ⁇ この先、2人はどうなる? 俺様亮平と癒し系結衣子の、ほっこり・じんわり、心温まるラブコメディをお楽しみください! ※『ほっこりじんわり大賞』エントリー作品です。

主人公の兄になったなんて知らない

さつき
BL
レインは知らない弟があるゲームの主人公だったという事を レインは知らないゲームでは自分が登場しなかった事を レインは知らない自分が神に愛されている事を 表紙イラストは マサキさんの「キミの世界メーカー」で作成してお借りしています⬇ https://picrew.me/image_maker/54346

その男、有能につき……

大和撫子
BL
 俺はその日最高に落ち込んでいた。このまま死んで異世界に転生。チート能力を手に入れて最高にリア充な人生を……なんてことが現実に起こる筈もなく。奇しくもその日は俺の二十歳の誕生日だった。初めて飲む酒はヤケ酒で。簡単に酒に呑まれちまった俺はフラフラと渋谷の繁華街を彷徨い歩いた。ふと気づいたら、全く知らない路地(?)に立っていたんだ。そうだな、辺りの建物や雰囲気でいったら……ビクトリア調時代風? て、まさかなぁ。俺、さっきいつもの道を歩いていた筈だよな? どこだよ、ここ。酔いつぶれて寝ちまったのか? 「君、どうかしたのかい?」  その時、背後にフルートみたいに澄んだ柔らかい声が響いた。突然、そう話しかけてくる声に振り向いた。そこにいたのは……。  黄金の髪、真珠の肌、ピンクサファイアの唇、そして光の加減によって深紅からロイヤルブルーに変化する瞳を持った、まるで全身が宝石で出来ているような超絶美形男子だった。えーと、確か電気の光と太陽光で色が変わって見える宝石、あったような……。後で聞いたら、そんな風に光によって赤から青に変化する宝石は『ベキリーブルーガーネット』と言うらしい。何でも、翠から赤に変化するアレキサンドライトよりも非常に希少な代物だそうだ。  彼は|Radius《ラディウス》~ラテン語で「光源」の意味を持つ、|Eternal《エターナル》王家の次男らしい。何だか分からない内に彼に気に入られた俺は、エターナル王家第二王子の専属侍従として仕える事になっちまったんだ! しかもゆくゆくは執事になって欲しいんだとか。  だけど彼は第二王子。専属についている秘書を始め護衛役や美容師、マッサージ師などなど。数多く王子と密に接する男たちは沢山いる。そんな訳で、まずは見習いから、と彼らの指導のもと、仕事を覚えていく訳だけど……。皆、王子の寵愛を独占しようと日々蹴落としあって熾烈な争いは日常茶飯事だった。そんな中、得体の知れない俺が王子直々で専属侍従にする、なんていうもんだから、そいつらから様々な嫌がらせを受けたりするようになっちまって。それは日増しにエスカレートしていく。  大丈夫か? こんな「ムササビの五能」な俺……果たしてこのまま皇子の寵愛を受け続ける事が出来るんだろうか?  更には、第一王子も登場。まるで第二王子に対抗するかのように俺を引き抜こうとしてみたり、波乱の予感しかしない。どうなる? 俺?!

或る実験の記録

フロイライン
BL
謎の誘拐事件が多発する中、新人警官の吉岡直紀は、犯人グループの車を発見したが、自身も捕まり拉致されてしまう。

欲情列車

ソラ
BL
無理やり、脅迫などの描写があります。 1話1話が短い為、1日に5話ずつの公開です。

龍の寵愛を受けし者達

樹木緑
BL
サンクホルム国の王子のジェイドは、 父王の護衛騎士であるダリルに憧れていたけど、 ある日偶然に自分の護衛にと推す父王に反する声を聞いてしまう。 それ以来ずっと嫌われていると思っていた王子だったが少しずつ打ち解けて いつかはそれが愛に変わっていることに気付いた。 それと同時に何故父王が最強の自身の護衛を自分につけたのか理解す時が来る。 王家はある者に裏切りにより、 無惨にもその策に敗れてしまう。 剣が苦手でずっと魔法の研究をしていた王子は、 責めて騎士だけは助けようと、 刃にかかる寸前の所でとうの昔に失ったとされる 時戻しの術をかけるが…

極上の一夜で懐妊したらエリートパイロットの溺愛新婚生活がはじまりました

白妙スイ@書籍&電子書籍発刊!
恋愛
早瀬 果歩はごく普通のOL。 あるとき、元カレに酷く振られて、1人でハワイへ傷心旅行をすることに。 そこで逢見 翔というパイロットと知り合った。 翔は果歩に素敵な時間をくれて、やがて2人は一夜を過ごす。 しかし翌朝、翔は果歩の前から消えてしまって……。 ********** ●早瀬 果歩(はやせ かほ) 25歳、OL 元カレに酷く振られた傷心旅行先のハワイで、翔と運命的に出会う。 ●逢見 翔(おうみ しょう) 28歳、パイロット 世界を飛び回るエリートパイロット。 ハワイへのフライト後、果歩と出会い、一夜を過ごすがその後、消えてしまう。 翌朝いなくなってしまったことには、なにか理由があるようで……? ●航(わたる) 1歳半 果歩と翔の息子。飛行機が好き。 ※表記年齢は初登場です ********** webコンテンツ大賞【恋愛小説大賞】にエントリー中です! 完結しました!

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。