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番外編 十七の秋の終わりと その一年後
04 十七の秋の終わり 1
しおりを挟むカークマン領に入り始めたころから、異変は肌で感じ始めていた。
常に守られている……という感覚から、しっかり閉じていたはず窓に隙間が開いているような、寒々とした気配が触れる。その感覚に合わせて、魔物の出現も増えていった。
しかも、俺の声を聴き取ることのできない、本能だけで動く魔物だ。
この手の魔物は動きを鈍らせる……など肉体支配はできても、聖獣ウィセルのように意思疎通はできない。
まだ昼の時間帯だと言うのに、魅了の気配に引き寄せられ、次々と襲い掛かる。
俺はヴァンから学んだ方法で魔物たちの動きを鈍らせ、ヴァンとゲイブ、ザックとマークが次々と斬り倒していく……ということを繰り返していた。
やはりこの魔物の多さはおかしい。
夏のはじめに張った結界に穴が開いているという、そのせいだろうか。ヴァンが手綱を握る馬の上で、俺は荒い呼吸を繰り返していた。
「リク、大丈夫かい?」
「うん……なんかもう、キリがないね。まるで迷宮に潜っている時みたいだ」
「ああ、だがこの程度の小物なら、領主らの私兵で討伐できるだろうに」
魔物の出現が多すぎて、自衛が間に合わないでいるのか。
魔法石を回収したマークが荷物に収めるのを見て俺たちは再出発する。峠を越えるとすぐに森は切れて、点々と民家が見える果樹園沿いの道になった。
けれど……やはり様子がおかしい。
「荒れているわね」
ゲイブが眉間にしわを寄せて呟いた。
アールネスト王国南西に位置する国境沿いの領は、年間を通じて温暖な気候と聞いている。だから秋の終わりのこの季節でも、俺たちは馬車ではなく馬で訪れたんだ。
それなのに、樹々は実りを結んでいない。
この土地は平坦な地形が少なく、薄い表土の下は硬い岩盤の場所が多い。そのため穀物を育てるには向かないが、土地に適した野菜や果物など農作物の育てるには恵まれた土地だ。
かつてはこの土地でしか採れない果物など、領の実入りも多かったらしいが。
「町まで行ってみよう。先ずは人々から情報を聴き出すんだ」
ジャスパーの言葉に誰もが頷いて、俺たちは先を急いだ。
そうしてたどり着いた先の荒れた様子に、誰もが言葉を失った。
町ゆく人の姿が無い。
壊れた小屋や馬車がそのままに放置されている。それもここ最近のことじゃないだろう。雑草が生え、石畳の隙間を埋め始めているのだから。
「人が……住んでいないわけじゃ、ないみたいですね」
「ああ」
マークが呟きジャスパーが頷く。
俺たちが通る姿を窓のカーテンの隙間から覗く人影が見える。どんよりとした厚い雲があるせいで町は薄暗い。魔物を警戒しているのだろうか。
本来、魔物は陽の光を嫌う。昼の時間帯はよほどのことが無いかぎり、陽の下に出てこない。俺の魅了の力は、魔物の本能を上回るものだ。だから厄介でもあるのだけれど。
逆に夜は魔物の時間として、人々は家に入り窓やドアを固く閉ざす。
天気が悪い時は現れることもあるけれど……それでも、雲が切れれば陽が射す時間帯に出てくる出てくる魔物は稀だ。
ここまで警戒するのは、何かあるのだろうか。
「こんな場所であーだこーだ言っていても仕方がないでしょう。さっさと地元の人たちから情報を聞き出して、危険な魔物がいるなら倒しちゃいましょ」
明るく言うゲイブが酒場の前に馬を止める。
どこの町にでもある、宿屋を兼ねた店だ。窓からもれた明かりを見れば、店はやっているみたいだ。
俺もヴァンの手を借りて馬から下り、酒場のドアを開けた。
カウンター席と、手前にテーブル席が並んでいる。
壁際にはロウソクの明かり。カウンターには背の高い歳のいった男が立ち、テーブル席には冒険者とも地元の農夫ともつかない恰好の男たちが数人、酒を飲んでいた。
お客さんの姿が珍しいのか、一声に俺たちに顔を向けて息を飲む。
ゲイブはそんな様子をぐるりと見てから、ヴァンと二人で真っ直ぐカウンター席に向かった。
俺とジャスパーとマーク、ザックはカウンター席に近いテーブル席につく。
「飲み物と食べ物、それと数日止まる宿の部屋をお願いしたいのだけれど、空いているかしら」
「へ……?」
カウンターの店主が驚いた声を上げる。
ゲイブは落ち着いた声と笑顔で、もう一度同じ言葉を繰り返した。
「あ、あぁ……はい。只今。部屋も空いています」
「ありがたいわ。馬の旅は疲れちゃって。食事はどんなのができるの?」
「あぁ……その、食材を切らしているので大した種類のご馳走はできませんが……スープとパンと干し肉なら……卵も少し」
「地元の果物もあれば嬉しいわね」
「それは……」
言いよどむ。
奥から出て来た年配の女性――店主の奥さんだろうその人に店主が合図を送ると、俺たちの方に向き直った。
「すみません、果物はあまりないんです。少しでしたら盛り合わせをお持ちします」
「あら……今は収穫の季節でしょう? 今年の夏は天候が悪かったの?」
気さくな感じで世間話を続ける。
そんな様子に少しばかり空気が和んだのか、テーブル席にいた男たちが答えた。
「天気は悪くなかったさ。ただ……魔物が出るで、畑に手を入れることができないんだ」
「あんたは魔物退治の冒険者か?」
答えた男の隣の者が問う。やっぱり地元の人達だったのだろうか。
くるりと振り返ったゲイブが、いかつい身体つきに似合わない和やかさで答えた。
「そんなカッコイイものじゃないわよぉ。あたしはとある東方の国から来た、侯爵家ご令息リク様の従者。お忍びで諸国の美味しい物を食べ歩く、ただの旅行者よっ」
「ぶっ!」
運ばれて来た飲み物に口をつけようとして、思わず吹き出しそうになった。
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応援、めちゃ、ありがとうございます(TдT)
年度末と始めの大山を越え、PCも文章ソフトも進化して、やっと執筆できる環境が整いました。
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ありがとうございます!!
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こんにちは。
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