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番外編 十七の秋の終わりと その一年後

01 さぁ、冒険に出よう 1

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 空から、ひとつふたつと粉雪が舞い降り始めた。
 アールネスト王国の北に位置するこの別荘に、冬の季節が来た。俺たちがこの湖畔のコテージに来たのは夏の終わり、秋に近づいている頃だった。
 そう思うとずいぶん長く、この場所で過ごしたことになる。

 そろそろベネルクの町に帰ろうか。
 どちらともなくそんな話を始め、日取りや馬車の手配などをし始めたころのこと。どこから話が行ったのか、辺境の地の別荘に来客があった。ヴァンの兄、エイドリアンお兄さんが息子のクリフォードを連れて、顔を見せに来たんだ。
 久々の再会に、すっかり回復したヴァンの様子を見に来たのかと思えば……。

「馬車、ではなく馬で?」
「そう。道中、魔物の出現状況を調べて、場合によっては討伐をしてもらいたい」

 おもてなしのお茶に一口、口をつけると、近状報告もそこそこにお兄さんは切り出した。
 この辺りからベネルクに至る広大な領土はホール家のもので、その管理は、長男であるエイドリアンお兄さんの管轄にある。その領地内に魔物出現の報告があるという。

「夏の初めに、あれだけの結界を張ったのに?」
「リク、王国を守る結界は、国外からの狂暴な魔物を寄せ付けないためだ。魔法石が存在する限り、魔物は自然に発生する」
「そうであっても、今年はリクの力もあってかなり抑えられているはずだが」

 僕の疑問にクリフォードが応え、ヴァンがいぶかしむように唸る。
 俺の魅了の魔力は、多くの魔物を従えさせる力を持つ。それは高位の、知能の高い魔物ほど強く、聖獣と呼ばれる魔物を従えることもある。
 以前、この別荘に来る前、エイドリアンお兄さんからその辺りの説明を受けていた。

 西の大森林地帯を守護する龍。
 南東には聖なる大鳳おおとりが棲み、地元住人の守護獣になっている。けれど北と北東の国境付近には、これといって名のある聖獣はいない。
 まずは西の龍の動きを見てから来年度――年明けから春にかけて、少しずつ地方の様子を見ていこうという話だった。
 第一優先は、裏切り者ストルアンとの戦いで無理をした、ヴァンの療養だったのだから。

「兄上がわざわざここまで足を運ぶということは、あまり良くない状況なのか?」
「そこまで切迫した状況だとは思っていない。だが、危険の芽は早く摘むに限る。それに半年近く療養していたお前の、ちょうどいい復帰訓練になるのでは?」

 ヴァンとよく似た、口の端を上げる笑みでお兄さんは返す。
 怪物級モンスタークラスの大魔法使いなんて呼ばれ方をしているけれど、ヴァンは基本、インドアな人だ。店の中であれこれ魔法石を磨いたりいじくり倒しているのが好きで、魔物を討伐するのは人々の暮らしを守るためと、倒した魔物から魔法石を得るため。
 他に魔物討伐をする人がいるのなら、無理に戦いに出ようとはしない。
 この別荘で飽きもせず、毎日穏やかに……夜は、甘く、過ごしていたのも、そういうヴァんの性格による。

 まぁ……俺も、ヴァンといちゃいちゃできるなら、ずっと家にこもっていても平気な辺り、人のこと言えないんだけれど。

 夕べも、もうムリって言うぐらい気持ちよくされて、思い出した俺の顔に熱が集まる。
 うぅぅ……ヤバイ、ヤバイ。クリフォードが呆れた顔で見ているよ。

「復帰訓練は必要ないが……危険の兆候があるなら、見ておいた方がいいな」

 ふぅ、とヴァンがため息交じりに答える。
 特別な季節を過ごしたコテージだけれど、ずっと居続けるわけにはいかない。
 ベネルクの町では、多くの人たちが偉大な大魔法使いの帰りを待っている。何だかんだと夏至の頃からずっと、家を空けてしまっていたのだから。
 
「どうせお前のことだ、ホール家の屋敷ではなく、あの町の小さな店に帰るというのだろう?」
「僕がリクと暮らす家はあそこだからね」
「その道中、少し回り道をして魔物の動向を探るだけでいい。これからの季節は、長旅をするにはあまりいい時期とはいえまい?」

 昼はまだ小春日和のように温かい日もあるけれど、朝晩は冷え込む。
 本当は馬車や……それこそ急いで戻るのなら、飛竜ワイバーンを利用するという方法もあるのだけれど、魔物討伐となれば馬に乗って帰ることになる。
 道なき道を行く冒険の旅だ。

「あ……でも、俺……一人で馬に乗れない」

 ヴァンが手綱を握る馬に乗せてもらったことはあるけれど、自分一人で馬に乗ったことは無い。
 思わず呟いた言葉に、クリフォードが冷ややかな笑いで俺を見た。

「練習したら?」
「う……」
「なに、馬が苦手なの?」
「そうじゃなくて……」
「僕がちゃんと教えてあげるよ」

 すっ、と腰を寄せてヴァンが俺の耳元に唇をつける。

「大丈夫、リクは動物たちにも好かれるから、直ぐに自在に扱えるようになるよ」
「う、うん……」
「まぁ、かわりに……」

 俺にだけ聞こえるような声で囁く。

「……しばらく、夜はお預けかな」

 カッ、と顔が熱くなるのを感じて、恥かしさに視線を落とした。
 ヴァンが悪戯でもするように笑っている。
 知ってる。
 お預けって言っても、ヴァンと密着して眠れば俺の方が我慢できなくなる。それを焦らして、楽しむつもりだ。

「本当に仲いいよね、二人は」

 クリフォードが飽きれた声で笑い、エイドリアンお兄さんは明後日の方を向いていた。
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