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第5章 この腕に帰るまで

175 聖獣召喚

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 ざぁぁあ! と直径を広げた魔法円が、隕石を受け止めるように空を覆う。
 その面に、触れた巨石が端から光を放ち始めた。
 離れた場所で同じように空を見上げるストルアンから、驚愕きょうがくの声が聞こえてきそうだ。

「ま……まさか……」

 星を砕く。
 ――というより、まるで分厚い紙の束が細かくシュレッダーされていくかのように、魔法円に触れたヶ所から隕石が粉々になっていく。

 辺りに光の粒が降り注ぐ。

 ヴァンが背から、耳元に唇を近づけ囁く。

「リク、今だ」

 俺は頷き、地の底で気配を伺っているに心の中で呼びかけた。

 迷宮と地上を騒がせた、平和を奪う、醜い魔法使いを捕らえたい。
 ――力を、貸して、と。

 伝える魔力に反応して、地上が揺れ始めた。
 聖地ヘイストンの西に広がる広大な大森林。そこを南北に渡って数キロに及ぶ巨大な亀裂が走る。その割れた大地の底から、「オォォォン」と低く咆哮ほうこうを上げるものたちが鎌首をもたげるようにして姿を現した。

 ヘイストンの地の底……迷宮の更に下で眠っていたものたち。
 胴の太さは高層ビルほどもあり、全長は計り知れない。鋭く伸びた幾つものつのとエラは芸術的な美しさで、全体は厳つい蛇というより「龍」と表現した方がいい聖獣だ。
 もしくは北欧神話にあるような、人の世界を囲うほどに巨大な蛇、ヨルムンガンドか。

 そんな巨大で神々しい生き物が二体、三体と大地の亀裂から姿を現し、呆然と空を見上げていたストルアンに襲い掛かっていった。

「おぉぉお!!」
「逃すな!」

 ストルアンは全力の飛行魔法でかわすも、その先を読んで次々と襲い掛かる聖獣。
 火球を飛ばし威嚇いかくしても、既にその威力は俺たちに向けて来たものの半分以下だ。魔力が切れてきたのだろう。

「奴を、ストルアンを捕らえて!」
「オォォォオオオン!」

 巨大な口を開いて、ストルアンに食らいつこうとする。
 邪悪な魔法使いは顔を引きつらせ逃げ惑う。逃げながら、最後の力を振り絞るようにして、俺に風のやいばを飛ばしてきた。

 息を飲む。

 チェーンソーのように俺の命を奪いに来た風の刃は、目の前、ヴァンの右手一本で押し止められていた。

「無駄だ」

 わらいを含んだ低い声が響く。
 目の前の長く美しいヴァンの指に、俺は一瞬、見惚れてしまう。

 ぞくり、とまた甘い痺れが走り、俺は背中のヴァンの胸に頭をよせた。もう……どんな攻撃も俺には届かない。愛しい人に守られているという、絶対の安心感。
 それが……ぞくぞくするほど心地いい。

 もう、何も怖くない。

 ストルアンが聖獣の鋭い口に捕らえられる。
 悲鳴を上げながら残る魔力で火球や風の刃を繰り出すも、聖獣には子供のイタズラ程度にしか感じていないのか、瞳を細めることもしない。
 それを見て、ヴァンが俺の耳元で囁いた。

「奴を、国王陛下の御前に」
「わかった」

 俺が呼びかけると、聖獣はストルアンを加えたままヘイストンの城、ヴァンたちが大結界を張っていた祭壇のあるテラスへと向かった。



    ◇◇◇



 同じ頃、ついに大地から聖なる巨獣を呼び出した異世界人リクに、アールネスト王国の国王は愉快だとでも言うように口の端を歪ませていた。

「奴らめ、地図まで書き換えるつもりか」
「陛下、お下がりください」
「よい。存分に力を振るわせよ。どうせあの辺りは低俗な魔物が徘徊するばかりの、広大な森と迷宮だ。人の住まう村も無い。大地の一つや二つ割れたところで、手間は地図を換える程度であろう」

 国王の側に控える者たちは一様にこうべをたれる。

 地下迷宮から地上に戻り、ローランド国王の元まで駆けつけたルーファス王子と騎士ナジームもまた、アーヴァインたちの「手加減無しの魔法」に開いた口がふさがらないでいた。
 ストルアンの星落としも規格外だが、それを瞬時に砕き砂に変えて無害化するなど、すでに人の技とは思えない。
 更に遥か昔の伝承にしかその姿が記されていない、偉大な大地の聖獣を呼び寄せるリクの魅了も、桁外れだった。

「あれは諸国のよい脅威となった」

 ローランド国王が口の端を上げる。

「この抑止力でもって、我が国はまつりごとを優位に運ぶことができる。大結界で守るばかりではない、魔物をぎょする者までふところに抱いたとなれば、我が国を虎視眈々こしたんたんと狙っていた海の向こうの帝国ですら、容易に手は出せまい」

 むしろこちらに優位な同盟を結ぶことも可能かもしれない。
 国内の反逆者をあぶり出し、近年、反抗的であった貴族や魔法院の力を削ぐこともできよう。

「……後は、あの二人の機嫌を損ねぬよう、扱うのみよ」

 呟き、そばに控える息子、ルーファス王子と騎士ナジームを見下ろす。

「その程度、お主なら容易であろう」
「お言葉の通りで」

 片膝をつくルーファス王子は顔を上げた。

「リクは自身の力に見合わぬほど、欲浅き者。あの二人の仲を裂くような馬鹿者を排するだけで、この国は安泰でございます」
「はっはっはっ! まずはその異世界人を、黒き魔王として迎えようではないか」

 声高らかに笑う国王陛下の御前に、聖獣に喰らいつかれたままのストルアンと、裏切り者を捕らえた二人が舞い戻った。





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