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第5章 この腕に帰るまで
番外編 異世界・同級生、荒井慎介 1
しおりを挟む俺――荒井慎介が、初めて川端里来を見たのは、小学の高学年のことだった。
塾で知り合った市立の学校に通う友達の話題で、やたら可愛い子がいると話が出た。
まさかそれが男の子だとは知らず――たぶん、友達はからかい半分で言ったのだろうけど、母の仕事の関係でモデルの知り合いも多かった俺は、「ちょっと可愛いぐらいじゃ、ダメだぜ」なんて笑いながら言って、わざわざ他校の里来を見に行った。
そこで……一目惚れしてしまったのだと、今なら分かる。
日焼けしていない白い肌。
吸い込まれそうな黒い瞳に、柔らかな黒髪。
同年代より背も小さくて折れそうなほどほっそりとした身体は、そこらの女子より可憐に見えた。
たった一人で下校するその表情は乏しかったけど、俺にはそれが憂いを帯びたように見えて、とにかく儚そうな……目を離した隙に消えて無くなってしまいそうな気がした。
「な……可愛いだろ?」
と腕を突っつく友達に、俺は呆けたように「うん……」と頷いた。
そして、彼が行っている塾や習い事は何かときいた。
他校の子と知り合うには他に方法が無い。既に週の六日を習い事に費やしていたが、里来が行っているところなら辞めて変えてもいい。
両親は俺に甘かったし、金の心配をする必要のない経済力があったから、俺が熱心にお願いすれば大丈夫だと思っていた。
「や、あいつ、習い事とかはやってない」
「何も?」
「ビンボーでさ、ネグレクトとかいうの? 親に放って置かれてるみたいでさ」
「なにそれ」
いや、言葉としては知っていた。
そういう子が存在することも。けれど俺の周りに居た友達は、皆が皆、親には大事にされていたし、むしろ過剰な期待を重苦しく感じている子が多かったから。だから、まったく相手にされずにいるという子が本当にいるという事実にも驚いた。
単に俺のいた世界が狭かっただけなのだけど。
それから俺は里来の情報を集めた。
父親は誰か分からない。小学校入学前までは通いの祖母に時々めんどうを見てもらっていたが、入学前に亡くなっている。母
親はまともに帰らず。暴力は受けていないみたいだけれど、食事は満足に取れていないようで、同年代より小さな身体はそのせいだとろうと思った。
俺は両親に、中学は市立の学校に行かせてくれたと頼み込んだ。
成績は落とさない。高校では親が行かせたい学校に受験し直す。幼稚園からの一貫校では友達に偏りが出来るから……とか。何ヶ月もかけて説得して、私立の小学から里来が通う中学に入学した。
とにかくどんなことでもいい、里来と接点が欲しかったんだ。
中学一年の時はクラスが別々だった。
里来は部活や委員会に入ることも無かったから、なかなか話をする切っ掛けがつかめなかった。
図書室で自習する姿を見つけた時は、さりげなく隣に座ったりもした。
なのにいざとなると何を話していいか分からず、横目でノートを覗き見ることぐらいしか出来なかった。中一とは思えないほど綺麗で丁寧な筆跡にすら、胸がどきどきした。
相手は男なのに、恋をしている自覚があった。
里来にはこれといって親しい友達がいなかった。
生い立ちのせいか皆が知るようなゲームや芸能人の話題を知らない。人に頼るということもせず、表情も乏しく、ただ淡々と課題をこなす様子に、クラスの者たちも扱いかねてる様子があった。
とにかく可愛いから、女子も男子も里来のことは気になっていたみたいなのに。
だったら俺が最初の友達になってやる。
いや、親友に。
できれば……恋人に。
中二で同じクラスになって、やっとチャンスが来たと思った。
学年でも一、二を狙うほどの成績をキープしてスポーツも負けない。家は金持ち。気前もいいし、見た目より優しいと言われてもいた。既にカースト上位にいた俺が声をかけて、友達にならない人間はいなかった。
バカなことに、俺はそのノリで里来にちょっかいを出した。
結果は散々。
里来は相手の成績だとか金を持っているとか、付き合いがあれば何かと得することがある、という部分に全く興味を示さなかった。それどころか冷めた視線で相手にもしない。そんな態度に俺はムキになってしまった。
下手に出るのは俺のプライドが許さない。
俺は里来に会いたくて、学校すら変えたのに。
……そんなことなど知りもしない里来には理不尽な話だと頭の隅では分かっていても、俺に興味を示さない態度に、可愛さより苛立ちの方が募っていった。
やがて里来に近寄るクラスメイトすら邪魔をした。
俺より仲のいい友達を作るのが許せなかったんだ。孤立させて、俺しか話し相手がいないように仕向けた。
俺に気を許してさえくれれば、どんな物でも買ってやるし優遇するのに。
美味しい飯にだって連れて行ってやる。
親が帰らず寂しいなら、いつでも俺の家に来たらいい。
高校ではきっとまた別々になる。その前に、卒業しても毎日電話やSNSで話ができるような、そんな仲になりたいと焦っていた。
中三になっても関係は進展せず、むしろ俺のちょっかいは、イジメのようにエスカレートしていった。
里来はますます、俺から距離を取るようになった。
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