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第4章 たいせつな人を守りたい

146 この姿を忘れない ※

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 部屋つきの召使いに頼めば、ヴァンの身体を清めることだってしてもらえる。
 それは分かっていたけれど誰にも触らせたくなくて、濡らした布でヴァンを丁寧に拭いてから着ている物を取り換えた。
 一通り終えたのは昼前。
 飲み物をひとつ口にして、俺も自分の身体を洗おうとバスルームに向かった。

 全身が映る鏡がある。その前に立って改めて自分の姿を見る。

 今日もいっぱい出してもらえた。
 後処理もしておかないと体調を崩すから……だから、いつもは俺がとろとろになっている間に、ヴァンが浄化してくれたり掻き出してくれていた。
 今日は自分でやらないと……。 
 そう思うのに、内股をしたたり落ちていく精を見て、俺は不思議な感覚になっていた。

 このままずっと、身体の中に納めておきたいと思う。
 ……ヴァンの匂いや証を、俺の中に留めておきたい。

「なんだよ、それ……」

 思わず苦笑するみたいにして呟いた。
 呟いて、掻き出そうと指を入れた。けれど刺すような痛みが、胸を襲う。

「……ん、ヴァン……」

 流れ落ちる精を中に押し込めるように、俺は指を奥へと挿し込む。
 くちゅっ、くちゅっ、と響く音に俺の下肢に熱が集まって、たまらない気持ちになっていく。
 あれほど満たされるセックスをしたのに。
 気持ちよくて、幸せな気持ちになったのに……。

 今日の俺はどこかおかしい。

 この大結界再構築が終わってヴァンの体力が戻ったなら……そしたらまたきっと、何度でも抱いてくれる。
 ヴァンが言っていたような湖畔の家でも、ベネルクの家でも、どこでも。
 俺が求めればきっとヴァンは応えてくれる。それなのに――。

「……は、ぁ、ヴァン……好き……」

 ヴァンが欲しい。
 熱が欲しい。
 俺……もしかして、ヴァンと魔力を巡らせて、暴走……しかけているのだろうか。欲情が止まらないなんて。
 いやでも、そんなことが起きているなら、ヴァンは気付くような気がする。

「んんっ……ん、ぁ……ぅ」

 俺の指じゃ上手くできない。
 それでもぎりぎり届く気持ちいい場所をかすめて、流れ出ようとする精を押し戻す。自分の性器をしごくことも忘れて、ヴァンに突き上げられている、あの感覚だけを追いかけていく。

「んぅ……ぅ、っあ、ぁ、好き……」

 腰を抱く、大きくあたたかな優しい手のひらの感覚。労わるような動き。
 鼓膜を撫でる、低い柔らかな声。
 唇同士で触れる感触。舌の卑猥な動き。匂い。

 全部好き。

 ヴァンの全部が好き。
 好きすぎて溺れていく……という感覚。涙がにじんで視界が歪む。

「あ、んん……は、ぁ……」

 自分の指じゃ物足りない。でも……止められない。
 胸が痛い。

「あっ、ぁ、あ、ぁぁ、ん、ふぁ――っあ!」

 びくっ、と身体が痙攣した。
 じん……とした痺れが背筋を伝って、大きく息を吐く。
 涙が頬を伝う。

 夢中になって突き入れていた指を引き抜くと、精にまみれてどろどろになった手があった。いったい……俺は、何をやっているのだろう。

 俺……おかしい。変だよ。

「ふふ……こんなの、ヴァンが知ったら引くよね」

 後、二夜だ。
 二夜を乗り越えたなら、ゆっくりできる。
 そうしたらヴァンに可愛がってもらうんだ。朝も昼も夜も……。
 抱き合うだけじゃなくて、散歩したり美味しいご飯食べたり……いろんな街を巡って旅をしても面白いかも。
 あ、でもヴァンも忙しいから難しいかな……。

 汗と精と涙と……どろどろの身体を洗って拭きながら、気持ちを切り替えていく。

 寝不足で倒れたりしたら、それこそ迷惑かけてしまう。
 ヴァンを支えたい力になりたいと思うなら、俺自身の身体もしっかり整えておかないと。そう思って寝間着を着直して、穏やかに休むヴァンの隣に横たわる。

 この温もりを忘れないように。

 ――匂いを、忘れないように。




 六夜目。
 昼過ぎに目覚めたヴァンは、思う以上に魔力の巡りが整っていたようだ。
 すっきりした顔で儀式の法衣に身を包んだ姿に、迎えに来たクリフォードは驚いていた。それは護衛のザックたちも同じだったらしい。マークは俺を肘で突きながら、にやにや笑っている。

「リク様……今朝はイイ感じだったみたいですね」
「なんだよ、それ……」
「いやいやもう、リク様が幸せそうで俺も嬉しいですよ」

 くくく……と笑うマークに、俺は顔が赤くなる。

「も……もしかして、声とか、聞こえてた?」
「さぁて、どうでしょうねぇ?」

 おどけた様子でごまかすマークに、ますます顔が熱くなる。
 そんな俺に、ヴァンは微笑みながら人の目を盗むように軽く口づけして頭を撫でた。……って、それ、どういう意味だよもぅ……。

 祭壇に向かう、ヴァンの姿が妙に神々しく見える。

 他の二人は既に準備を整えている。儀式が始まる。
 その直前、日が沈む、茜色から蒼に染まっていく空の下で、ちらり、ヴァンが俺の方を向いた。視線が合い、俺が笑い返すとヴァンも瞳を細めてから祭壇に向き直る。
 朗々と、呪文が響き始める。

 なんかもう……何度となく見た姿なのに、今日のヴァンはいつも以上にカッコイイ。

 この姿を絶対に忘れない。
 記憶に……焼き付けようと、思うような。

 ――その時俺は、何故かそんなことを思った。





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