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第4章 たいせつな人を守りたい

133 握られた指

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 あの後……ゆっくりと食事を取ってから、ベッドでヴァンを抱きしめるようにして眠った。いつもより高い体温が、これ以上、上がらなければいいな……と思いながら。
 キスして、抱きしめ合って、柔らかなシーツやブラケットに包まれて眠る。
 本来なら緊張感を保っていなくちゃいけないと思うのに、充実感と安心感に満たされて、俺もぐっすり眠ってしまった。

 昼過ぎ。
 ヴァンより先に目を覚まして寝室の隣のリビングに行ってみると、今朝の食事の後は片づけられ、新しい飲み物や果物が用意されていた。
 こんな風に何もかも整えられた暮らし……なんて、凄く贅沢だ。
 幸せだな、と。
 薄暗い部屋でたった一人置いて行かれた生活をしていた頃からは、想像できないほど幸せだ。幸せすぎて怖いぐらいに。

 柑橘の香りがする水で喉を潤していると、軽くドアがノックされた。「どうぞ」と返事をすると召使いを伴ってジャスパーが入って来る。

「よお、調子はどうだ?」
「良いんじゃないかな。ずっと呼吸も落ち着いていたし」

 俺たちの気配に気づいて起きたのか、ヴァンが起きる気配があった。
 パタパタとルームシューズを鳴らして覗いてみる。寝起きのヴァンが伸びをしながら俺の方に顔を向けた。

「おはよ。ジャスパーが来たよ」
「ん……」

 キスして、バスルームに向かうヴァンを見送る。
 さあ……二夜目の準備だ。

 軽くベッドを直し、入れ替わりで水を浴びてからリビングに戻ると、ちょうど魔力の調整を終えたヴァンが食事の席に着くところだった。そばで補助の魔法師が、今日の術の流れを伝えている。

「今日はずいぶん人が多いね。クリフォードもいないし」

 食事と身支度を整え祭壇に向かう、城の広い廊下を行きながら、俺はヴァンの一歩後ろを歩くジャスパーに声をかけた。
 昨日も慌ただしさはあったけれど、今日は何かまた違う雰囲気を感じる。
 クリフォードは今回、俺に着くと言っていたのに何かあったのだろうか。
 いつものように付き従う護衛のザックとマークにたずねると、「都市の防衛機能に不具合があったようです」と短く声が返った。

「防衛機能……聖地ヘイストン全体が一つの魔法円、というか魔法具のような機能を持っているって聞いた。そのこと?」
「ああ、ヴァンたちが再構築する大結界とは別の、独立した都市の防衛機能だよ。どうも一部の働きが悪いようでさ、一部の魔法師や魔導機械技師が駆り出されている」
「じゃあ、クリフォードも?」
「あいつの魔法師としての能力は、下手したら父親のエイドリアンより上だからな。ホール侯爵家では二番目の実力の持ち主だ」

 ヴァンのお兄さんより上。
 一番はヴァン、ということなのだろう。

「心配するなって、何があっても祭壇の方に影響はないから。術の邪魔が入ることは無い」

 俺は頷いて空を見上げる。
 日は西に傾き、白い雲が浮かぶ青空は、徐々に黄昏たそがれの色に染まり始めていた。数時間後には、また魔物が飛来してくるようには思えない穏やかさた。
 今日も無事に朝を迎えるため、俺も気を引き締めないと。

 ふと、行き交う人の中にチャールズの姿があった。
 向こうも俺の姿に気がついて、笑顔を浮かべながら駆け寄ってくる。

「こんにちは。いよいよ二夜目ですね」
「うん、そっちも忙しい?」
「はい、毎年のこととはいえ、やることがいっぱいで」

 照れくさそうに瞳を細める。その様子から、困ったことは起きていなさそうだ。

「一昨日のからんできていた奴ら、またちょっかいとか出してきていない?」
「あ! はい、大丈夫です。ありがとうございます」

 ぺこり、と頭を下げる。
 軽く鼻をくすぐる香りは花のものだろうか。男の人なのにいい匂いがするなんて、やっぱり貴族は優雅だな……。
 チャールズは胸に手を当ててから、おずおずといった感じで問いかけた。

「もしかして、なのですが……アーヴァイン様が何かご指示を出されたのでしょうか?」
「何か……ってどんな?」
「はい、その……先日の者たちの担当が大きく変わりまして、僕とは顔を合わせることが無くなったのです。そのような急な配置転換ができるのは、王家や近衛、魔法院の上層部、もしくは大魔法師のアーヴァイン様ぐらいしか……」
「あぁ……」

 ヴァンはそんなこと一言も言っていなかった。
 けれど俺が強く言い返した様子を遠くで見ていて、目をつけられないかと心配して先に手を回した……なんてことは十分にあり得る。

「何も聞いていないけど、そうかもね」
「本当に、ありがとうございます!」

 感激したように俺の手を握る。よっぽど困っていたんだろうな……。

「あ……いや、これも全部、術を滞りなく終わらせるために必要にことだからだよ。いちいちあんなふうに絡まれていたら、仕事の効率だって落ちちゃうだろうし……」
「リク様は、お優しいのですね」
「俺は何もしていないよ」

 あの時はチャールズのため、というよりはヴァンが働いている部屋でもめ事なんか起こさないでほしい、という気持ちの方が強かった。だからこんなふうに感謝されると、どんな言葉で返していいのか分からなくなる。
 困ったような気持ちで答えると、ヴァンが俺を呼んだ。
 慌ててチャールズは一歩離れる。

「あ、お呼び止めして申し訳ありません! また……その、お時間のある時にでも、お話できたら嬉しいです」
「うん、またね……」

 ぺこり、と頭を下げたチャールズは、駆け足で行き交う人の中に紛れていった。
 俺は数歩先で立ち止まっていたヴァンのもとに向かう。

「ごめん、立ち話しちゃった」
「知り合いになったの? お披露目会で倒れた子だよね」
「そう、チャールズって言う」

 確か俺と同い年ぐらいだったはず。友達に……なれるだろうか。
 そう思う俺の手を取ったヴァンは、そのままそっと口づけた。さっきチャールズに握られた指だ。

「あ……」
「甘い……花の香りがする」
「ええっと」
「手を洗っておきなさい」

 にっこりと、優しく静かに微笑むヴァンの顔がちょっとだけ怖くて、ぞくっ……としてしまったのは内緒だ。





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