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第3章 成人の儀
107 リクを狙う者たち
しおりを挟むエイドリアンお兄さんに案内された場所もまた、目も眩むほど豪華な部屋だった。
「気に入らなければ他の――」
「えっ! いいえ、とんでもないです。ここで十分です!」
この部屋を気に入らないなんて言ったら、きっと泊まれる部屋なんか無いんじゃないかというぐらい、凄い、の一言しかない。
高めの天井に細かな柄織りのカーテン。大きな窓。階段を上って来たから、ここは確か三階だ。広いテラスが部屋の明かりに浮かび上がり、庭を一望できるみたいだ。
室内にはもちろん優雅なソファセットがあって、テーブルには果物や飲み物、軽食が用意されている。部屋の中央は踊れるんじゃないかというぐらい広いし、柔らかな絨毯は俺だったらきっとその上でも眠れてしまう。
早速部屋を物色するマークが寝室の奥にあるドアを見つけて、「こちらはバスルームです」と明るい声を上げた。
いちおうベッドはツインになっていたけれど、ひとつがダブル……いや、クイーンかキングサイズじゃないかっていうぐらい大きい。
うん、いっこで十分、二人で眠れてしまえる……。
「ヴァンが戻るのは遅くなるだろうから先に休んでいなさい。着替えと湯あみの手もいるだろうから、今人を――」
「あっ! いいえ、大丈夫です」
使用人にお風呂だとか着替えを手伝ってもらう……ということだろうけれど、自分一人で出来るし。そ、そういうことを……ヴァン以外の人にお願いするのは、抵抗がある。
俺のお断りに、お兄さんは「そう」と短く答えた。
無理に貴族のやり方を押し付ける、ということは無いらしい。
最初に顔を合わせた時、俺に「可愛いヴァンを誑かした」と言って敵視していた。あの気持ちは……変ったのだろうか。
だとしたら少し嬉しい。
だって……ヴァンのお兄さん、なのだから。
「……あの、いろいろとありがとうございます。これほど丁重にもてなして下さって」
「口うるさいほどに言われたからね」
「ヴァンに、ですか?」
「腹立たしいが、あの子の大切なものをないがしろにはしない」
あ、やっぱり腹立たしいんだ。
苦笑いで返す。
そんな俺に、お兄さんは息をついた。
「君が悪者ではない……ということは分かった。ヴァンを心から慕っているということも。彼はひどく優しく正義感の強い子だから、年を経るごとに貴族としての暮らしに馴染めなくなっていってね。……今も、彼を利用しようとする者は後を絶たない」
言葉を切って視線を遠くにする。
ヴァンにもたくさん辛いことがあったのは、一つ二つと耳にしている。
「完全に人を拒絶するようになる前に、君が……引き戻したようだ」
いっそ無表情のようにも見える顔つきは変わらないけれど、声は少し柔らかくなった気がする。
ちらりと横を見ると、唇の端を上げているクリフォードがいた。
俺の存在を認めて……まではいかなくても、ヴァンを騙すような者じゃないというのは分かってもらえたのかな。だとしたらそれはきっと、息子であるクリフォードの助言が、気持ちを動かす一因になったんじゃないか、という気がする。
俺は本当に、たくさんの人に助けられている。
「……俺、ヴァンのために出来ることなら何でもします。もちろん、まだいろんなことが未熟ですが、これが出来るというのがあれば言ってください!」
「そう、ありがとう」
と言って、そっと俺の頬に手を添えると、そのまま瞼の辺りに口づけを――した、タイミングでドアが開いた。
居合わせた全員が顔を向ける。
ジャスパーやハロルドお兄さんを伴って現れたのは、思うより早く戻った、アーヴァイン・ヘンリー・ホールその人だった。
◇◇◇
さて、あの後、アーヴァイン叔父様とリクはどうなるのだろう。
「どうした? クリフォード」
二人を置いて部屋を後にした僕は、横を歩く父上の、笑いを堪える顔に冷ややかな視線を送った。
護衛たち兄弟は隣の部屋に。ジャスパー様とギルマスのギャレット、ハロルド叔父様もそれぞれの部屋に戻り、ここから先、アーヴァイン叔父様を止める者はいない。
「父上は人が悪い」
「そうかな」
「アーヴァイン叔父様が部屋に近付ていてると気づきながら、リクにキスしたしょう?」
「……あの程度、挨拶でしかないだろう」
溺愛していた末弟が他の子に取られ、しかもいい子だったから弟イジメに変更した……ということなんだろうけれど。まったく、我が父ながら子供っぽい。
これで息子もいる父親で、名家の家督を継ぐ長兄だというのが信じられないよ。
ま……でも、あの子を前にすれば気持ちは分からなくもない。
あまりに一途なリクを見ていたら、こう……ちょっかいを出してからかいたくなるんだよね。
どれほど手を出しても、リクの気持ちは絶対に変わらないだろう。
それはこの二年、時々彼らの元を訪れて見て来た、僕の確信だ。リクにとってアーヴァイン叔父様は、父であり、兄であり、魔法を一から教わった師であり、無二の恋人なのだから。
リクを心変わりさせるのは不可能だと断言できる。
半面、彼は一度気を許した相手には、驚くほどガードがゆるくなる。
僕に対してもだが、彼の護衛やジャスパー様への態度を見ていても分かる。父上に対しては……おそらく、叔父様と姿や声が似ているせいで、警戒心が誤作動を起こしているのだろう。
リクの一番の恋人、という位置は手に入れられなくとも、仲のいい友人ならば簡単なんだよね。
そして、「仲のいい友人ならば、この程度のスキンシップは当然だよ」と教え込めば、彼はあっさり信じてしまうだろう。その後で嫉妬した叔父様からリクにどんなお仕置きがあろうと、僕の知ったことではない。
むしろそうやって叔父様に開拓されたリクを、つまみ食いできないかな、と思っている。
「何を考えている?」
横を行く父上が、訝し気にきいてきた。
僕は口の端を上げて笑い返す。
「いいえ、実は僕もけっこうリクは気に入っているので、いろいろ貴族の作法を教えてあげようと思っていましてね」
「ヴァンの逆鱗に触れない程度にしておきなさい」
「もちろんです。父上もほどほどに」
視線がぶつかり合う。
思う以上にリクを気に入ってしまったこと、息子の僕にはわかるんだからね。まぁ、ライバルは多いほど面白いからかまわないけれど。
あの護衛兄弟やルーファス殿下。騎士のナジームも要注意だ。
後は、魔法院のストルアン。
挨拶に来た貴族の何名かも、リクを狙っていることは分かった。
リクの一番の友人の位置を誰が奪い取るか。うん、面白くなってきた。
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