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第3章 成人の儀

85 慣れない服

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 結局……遅い朝食の後、ソファでゆっくりしていた後にまたいい雰囲気になり、その日の午後はずっとキスしたり抱き合っていた。さすがに俺の身体を心配してか、激しく……はしなかったけれど、心も何もかもとろとろにとろかされて、もぅ……おかしくなりそうだ。

 ずっと望んでいた幸せに、俺は心地よく微睡まどろむ。

 そしてまた明け方に怖い夢を見て……ヴァンに起こされて……。
 一体どうしたっていうのだろう。
 何も不安に思うことなんかない。
 あたたかなヴァンの腕の中で、これ以上安心できることなんかないのに。

 そういえば。

 初めてこの世界に来た日、俺……緊張と不安からパニックみたいのを起こしていた。あの時は初対面だったしまだ俺も小さかったから、ブランケット越しに抱きかかえられ背中をさすられてやっと落ち着いた。
 ヴァンの手の平の大きさと、優しさとぬくもりが心地よくて。何より「大丈夫」と繰り返したヴァンに言葉に安心して眠りについた。

 ――あの後。
 思いがけない心地よさを、そのまま受け取っていいのか不安になった。ヴァンの優しさと強さにかれながら、失う時の恐怖に怯えていたように思う……。
 やっぱり俺、心が弱いんだろうな。
 不安定……というか。なさけない。
 もっとしっかりした大人になりたい……。

「ふぅ……」

 街の洋服店の奥、仮縫いの衣装を身に着けてながら俺は小さく息をついた。
 老店主――テーラーとでも言った方がいいのかな? うっすらと白髪が交じった老紳士、バーナードさんは、俺がこの世界に来た時からずっと、成長に合わせて服を仕立てて来てくれた人だ。俺の姿勢のクセまでよく知っている。
 そのバーナードさんが俺の小さな息を耳に止めて顔を上げた。

「少し、きつくございますか?」
「いいえ。ぴったりです。着心地もいい」
「さようでございますか。ではこちらを」

 言われてゆっくりジャケットの袖に腕を通した。
 そばではゆたりとイスに座りカッコよく足を組んだヴァンが、じっと俺を見ている。なんだろう、それだけで胸がざわざわして落ち着かない。
 俺は、助手が運んで来た姿見を前にして、さっきとは違う意味で息をつく。

「わぁぁ……」
「お気に召しましてごさいますか?」
「うん、すごい……」

 全体的なシルエットは燕尾服に近い……気がする。
 襟元はゆったりとした白を基調とした絹のシャツで、繊細なフリルがと、薄く滑らかなスカーフがリボンを結ぶ。

 そしてベストとジャケット。
 濃紺……のしっかりとした生地の、カッチリとしたフォルム。スーツならハンカチを差し込む左胸にポケットは無く、代わりに襟と袖に、色や配置を合わせた銀の刺繍と石――この気配は魔法石だ。それが細かく縫い込まれている。

 ふわりと身体を優しく包む、魔力の気配を感じる。

 うん……ふんわりと、なんて柔らかく表現したけど……これは、かなりの魔力だと思う。魔法石の力は必ずしも石の大きさに比例しない。小さくても、えげつない力を持った石はたくさんある。
 今俺が首に着けている、チョーカーの先の守りの魔法石みたいに。 
 防御と攻撃に対する反撃。威圧。俺の魅了の力を増幅させる物もあるよね? えっ、いったい、この服に何を仕込んだの?

 総評として……鎧レベルの戦闘服なのに、見た目は、王子様コスプレ。

「すごい……ね」

 ぎぎぎ、とぎこちなく、じっと俺を眺めているヴァンに顔を向けた。
 これ、俺が着ていく服……なの? お披露目で? 学芸会じゃなく、て。本当に似合う? と聞く前にバーナードさんが微笑んだ。

「とてもお似合いです」
「そう、ですか?」
「気になるところはございますか?」
「気になる……というか。とても華やかでキラキラしていいて……その、普段気慣れている服とかなり違うので、緊張してしまいそうです」

 嘘じゃない。
 すごく素敵でった衣装だけれど、これ、本当に俺に似合うのか? どう見ても衣装に着せられている子供……七五三、な感じ? 七五三やらなかったから、どんなものかよく分からないけど。

 ヴァンがゆっくりとイスから立ちあがり、俺の斜め後ろに並んだ。
 鏡越しに緊張した俺の顔を見てか、ふふふ、とおかしそうに笑う。

「そこまで肩に力を入れなくても大丈夫だよ。これはまだ仮縫い、本当の力を発揮してはいないからね」
「服が力を発揮って……なにっ?」
「この衣装は魔法具と同じだ。うん、少し石は控えめにしたけれど、もう少しにぎやかにしても良かったね。リクの魅力に負けている」
「えぇぇ……?」

 感覚が違うのかな?
 もっと、きらんきらんなのが標準なのか? でも俺にはこれがかなり上限いっぱいの、キラキラ具合だよ。これ以上華やかになったら恥ずかしすぎる……。

「リクはこれを着るの、嫌?」
「え……」

 顔を真っ赤にしてあうあうしている俺に、ヴァンは首をかしげて見せる。
 もしここで俺が「嫌」と言ったら、ここまで作ってくれた衣装がやり直しになっちゃうんじゃないだろうか。それは、俺として、かなり申し訳ない。

「嫌……じゃない。ちょっと恥ずかしい……だけ」

 視線を落として囁くように返す。
 ヴァンは愛おしそうに瞳を細めている。

「リクは本当に恥ずかしがりやだね」

 そう言って、ヴァンに向けていた首……俺の耳の後ろに軽く唇をつけた。

 わぁぁあ……って、人、人が見てるよ!

 慌てて顔を向けると、バーナードさんは……気にせずにっこり笑みを向けている。俺ばかりが心臓をうるさくさせている? これもう、挨拶レベルを越えているスキンシップだと思うんだけれど!

 あ……いや、でも。
 そうだよね……ヴァンは何も変わっていない。

 今までもヴァンってわりと気にせず、おでことかほっぺたに挨拶のキスを人前でもしていた。けど、そのキスの場所が首すじとかに移っただけで、何かものすごくいやらしいことをしている気持ちになる。

 二人っきりの部屋の中じゃない、他の人が見ている店の奥で、やましい気持ちが頭をもたげて俺は……立っているのもつらくなってくる。

「リク、耳まで赤いよ」
「……な、慣れない服を着ているから、だよ」
「ふぅん」

 えっ……?
 なにっ? 今の「ふぅん」はどういう意味?
 俺なんか変なこと言った?
 言ってないよね?
 すごく含みのある声だったけど、何か変なこと考えていたりしないよね?

 かすかな笑い声が耳の後ろに触れてから、ヴァンは一歩離れた。

「リクに気になるところが無いなら、これで仕上げてもらおう。いいかい?」
「うん……大丈夫」
「かしこまりました」

 ヴァンの声にバーナードさんは頷いた。
 あぁぁ……もぅ、助けて。大人になるって大変だ。







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