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第3章 成人の儀

82 それ、覚えていないんだけど ※

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 気持ちよさに意識が飛んでしまった……みたい、だ。
 抱きかかえられた感覚に、ふと瞼を開くと、バスルームに運ばれているところだった。目を覚ました俺に気づいて、ヴァンが囁く。

「起きた?」
「……ヴァ、ン……俺、どのくらい?」

 眠っていたのだろう。東に向いたバスルームの窓の外、千切れた雲が浮かぶ初夏の空は白々と明るくなり始めている。
 早いうちから時間の感覚は無くなっていた。けど、もしかして、一晩中抱かれていた……の、かな。

「少しだよ。気持ち良すぎた?」

 微笑みながら額に口づけて、なみなみと張ったバスタブの、お湯の中に俺を下ろす。贅沢ぜいたくにかけ流しのままの湯の温度は、熱すぎずぬるすぎず、一番ゆっくり入っていられるあたたかさだ。

「ヴァン……も」
「……うん。とても、こんなに幸せだったことはない」

 一緒にバスタブに浸かり、背中から抱きかかえられるように座った。
 今まで俺の体調の悪かった時とか、ヴァンの手でお風呂に入れてもらったことは何度かある。けれどいつもヴァンは服を着たままで、一緒に浸かったことはない。
 本当に、俺が大人になるまでそういうところ、ヴァンはかたくなに守っていたんだ。
 そして今……その垣根かきねを越えて、俺はヴァンに直接触れている。

「汗と涙と……僕たちのでどろどろになったから、ゆっくり流そう」
「……んっ……」

 ゆっくりと俺の髪に指を差し入れて、きながら洗い流す。
 耳や肩や首筋や、胸と腹とに流れていくヴァンの指が優しくて、性的な動きじゃないのに、また俺はぞくぞくし始めてしまう。

「気持ちいい?」
「……きもち、いい……ヴァン……」
「ん?」
「身体洗うの、浄化の魔法……とかは使えない、の?」
「そっちの方が良かった?」
「……わけじゃない、けど」

 ヴァンもきっと疲れている。
 なのに、こんなにしてもらったら休めないんじゃないかと思って。

「ヴァンの楽な方で……俺なら、自分で洗えるから。ちゃんと休んで」
「ふふ……」

 なぜか笑われてしまった。
 俺、何か変なこと言っただろうか。

「僕がリクに触っていたいんだ」
「……っあ」

 囁きながら下の方に指を滑らせる。そのまま散々吐き出してくったりしていた俺のを、手のひらで包んでいく。軽く芯ができそうで、俺はたまらず身をよじった。

「んっ……」
「浄化の魔法は簡単だけれど、こんなに可愛いリクを見ることができない」

 囁いて、首筋にキスをする。

「だから、触らせて」
「……っあ、あ」
「嫌?」
「いや……じゃ、ない……」

 駆り立てるような動きじゃない。くびれとか根元をやさしく撫でこする、そんな動きだけれど、俺の身体は甘ったるくほぐされて、感じてしまう。
 それに……背中や腰に立ち上がり始めているヴァンの熱を感じて、少し期待してしまっている俺がいる。せっかく洗おうとしてくれているのに……な。

「ヴァンに……触られるの、すごい、好き……」
「どんなところも?」
「うん……全部、好き」

 身体をよじってヴァンに向かい合う。
 俺の方からヴァンの唇に唇を重ねると、微笑みながら舌先で迎え入れてくれた。俺の舌の動きはやっぱりぎこちない。それなのにヴァンは嬉しそうにしている。
 大きな手が俺の尻の方に行って、後孔を優しく撫でてから指を差し入れる。

「んっ……んっ!」

 中を感じさせる……という動きじゃない。
 俺の体内に吐き出した精子を、やさしく掻きだそうとしてくれている。そんな、動きだ。

「奥の方は……浄化、しておいたよ。調子悪くなったら辛いだろ?」
「んっ……入り口の方……は?」
「せっかくだからね、僕の指で」
「っあ!」

 気持ちのいい場所を指先が掠めて、高い声が出た。
 きっとわざとだ。俺はたまらず……肩を、よじらせる。

「っは、あ、ヴァン……そこ……」
「気持ちいい場所だったね」

 イタズラっぽく笑う。どうしてこういう意地悪、するのかな。
 また我慢、できなくなるじゃないか……。

「リク、キスして」

 うっとりと見つめるヴァンに、俺は優しく頬を包みながら、もう一度キスを落とす。柔らかくて熱い唇に、俺の方から、こんなふうにキスできるとは思わなかった。

「んっ……」
「ふふ、リクの初めてのキスも僕のものだね」

 ふ、と動きを止めた。
 その一瞬の動揺を見逃すヴァンじゃない。

「リク?」
「……あ、えっと」

 俺の中をほじっていいた指を抜いて、腰を捕まえられた。これはもう、逃がさない、の意思表示だ。

「リクの初めてのキスは、夕べじゃなないの?」
「初めてだよ。その……初めてみたいなもの……だよ」

 視線をらす。
 恋愛的な意味の、性欲的な意味でのキスは間違いなく夕べのだ。

「誰?」
「えっ……」
「リクの初めてのキス、誰?」

 微笑んでいるけれど、声が、怖い……よ。

「誰って……」
「この世界に来る前?」
「いや」
「じゃあ、僕の知っている人?」

 あうあうと声が漏れる。湯あたりのせいじゃなくて、耳まで熱い。

「知っている……と、いうか……」
「怒らないから言ってごらん」

 微笑みながら言う声の圧が……すごい、んだけれど!

「……その」
「言えない相手?」
「じゃなくて」
「だったら……言いたくなるようにしようか?」

 えぇ……えぇぇぇ!?
 その、言えないと言いたくないじゃなくて、恥ずかしくて言えないだけで。でもこれ絶対、俺が言うまでまためちゃくちゃに責められて、泣かされそうな気がする!

「ヴァ……ン」
「ん?」
「初めての、ヴァンだよぉ……」

 泣きそうな声で言った。
 ヴァンが首を傾げる。

「僕?」
「その……二年前の……」

 大結界再構築の仕事を終えて、本来なら一ヶ月近く休養してから帰ってくる予定だったのに繰り上げて帰宅した。無理を押して馬車でい移動したせいか、重度の魔法酔いでヴァンが寝込んだ夜のことだ。

「――ヴァン、薬も水も飲めないほど酷くて……熱、全然下がらないし。水ちゃんと飲ませてって言われていたのに……だから、俺、口移しで……」

 少しずつ、一晩中口移しで水を飲ませた。
 氷の魔法を繰り返し、両手が軽いしもやけになったぐらい夢中で、必死で。

「でも……そんな、あの時はキスとかそういう感覚じゃなくて……」
「それ、覚えていないんだけど」
「意識無かったんだからヴァンは覚えてないよ。でも死んじゃったらどうしようとか思ったら、他に方法思いつかなくて。ごめん……ヴァンは俺みたいなのにキスとか、そんな気も無いだろうと思っていたから、絶対、言わないようにしようと……」

 本人に無断でやったんだ。だから秘密にしていたのに……。
 ヴァンは視線をそらしてから、ぎゅっ、と目をつむる。怒って……しまった、かな?

「ヴァン」
「……それは、救命行為だ」
「う、うん……」
「だからリクの初めてのキスは夕べの、だ」
「うん……んっ!」

 肩を抱きかかえられて噛み付くように深く唇が重なる。
 激しい。濃すぎるよ。バスタブの中で振り回されそうになる。
 俺の息が続かなくなってからやっと唇を離したヴァンが、全然満足していないという顔で微笑んだ。

「キスだけでイかせてあげるよ」

 そんな、過去の自分に嫉妬しないでよ!
 という反論は当然言わせてもらえず、ヴァンは宣言通りキスだけで、俺をイかせてしまった……。





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