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第2章 届かない背中と指の距離

63 臆病になっているのは僕の方だ 1

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 リクと二人、二階のダイニングテーブルで向かい合って夕食を共にしたのは、いつぶりだろう。

 昼間、リクが護衛のザックやマークに連れられて出かけた先は、この街に来る冒険者がよく利用する、宿を兼ねた飯屋だったという。僕は何度か行ったことがある、という程度の店だが、比較的まだ治安のいい所だ。
 リクの不調が、精神的なものからも来ているのだろうと察したジャスパーが、ゲイブを伴っていろいろ聞きだしたらしい。酒でも飲ませたのかと心配したが、そうするまでも無く胸に溜めていたことを吐き出したと、土産物を片手に顔を出したジャスパーから聞いた。
 いろいろと不器用で、素直に甘えられない性格だとも。
 それは僕もずっと思っていたことだ。

 僕には言ってもらえなかった……という寂しさはある。けれど近くにいるからこそ言えないこともあるのは分かっているつもりだ。現にリクは、「今度はできるだけ相談する」と僕に言った。
 だから今は、その言葉を信じるより他にない。

「鶏の丸焼きがとっても大きかったんだよ。野菜もいっぱい詰まっていて」
「リクは食べたの?」
「マークがお皿に取ってくれた……う、うん……美味しかった」
「そう」

 気恥ずかしそうに耳まで赤くして視線を逸らす。
 星を抱いた夜空のように美しい、黒い瞳が潤んだようになる。艶やかな唇。僕のことを意識させるような話でもしていたのか、出かける前とは別の方向で挙動不審きょどうふしんだ。
 それでもいい。こうして手を伸ばせば、リクの髪や頬に触れられるようになっただけ。

「ヴァ、ン……」
「楽しそうで良かったよ」
「うん……楽しかった。こんなふうに友達とご飯、すること無かったから」

 少しでも身体を動かせるようにとゲイブの所に通っている。その先で、ギルドのメンバーたちと昼を食べることはあったと思うが、それとはまた違う雰囲気だったのだろう。

「夜になったら、きっとロウソクとかランタンとか、灯すんだよね」
「そうだね。昼間とは違う感じだった」
「ヴァンは行ったことがあるの?」
「頻繁にではないけれど、何度かあるよ」
「そっか……」
「行ってみたい?」

 じっと見つめながら問うと、リクはもじもじしながら小さく頷く。
 可愛いいな……と思う。
 人からの厚意は当然だと、厚かましい態度でふんぞり返ったりしない。
 僕の与える物、僕の手解き、どれ一つとっても、本当に自分が受け取っていいのか戸惑いながらも、全身で受け入れてくれる。嬉しいと、溢れる笑顔や恥ずかしそうに口もとをほころばす。
 その全てが愛しくてたまらない。このまま腕の中に抱いて、誰にも触らせたくないと思ってしまう。

「リクが大人になったら連れて行ってあげるよ。夜は……お酒が入って乱暴になる人もいるからね」
「本当に……? あ、でも夜は俺……」
「夜は魔力が強くなる……魅了のことが、心配?」

 僕の甥、クリフォードから自身の魔力のことを聞いていたという。ここ一ヶ月あまりのリクの不安や体調不良は、それが原因の一端だったことも聞いた。正直、余計なことをしてくれたものだと思いはしたが、いつまでも本人に隠し通せるものでもない。
 甥っ子の言うように、ただ甘やかして閉じ込めておくわけにはいかないのだから。

「だから大人になったらね。僕が、大丈夫だと判断したら」
「……わかった」

 リクは素直に頷いた。
 それからまた少し話をして、リクは早めにベッドに横になった。
 ここずっと、一人で休みたいと僕から距離を取っていた。けれど一番の心配事だった魅了の不安が取り除かれて、必要以上に避ける必要はないと知ったらしい。おかげでまた以前のように、僕はリクを腕に抱いて横になる。
 ひどく恥ずかしがって、こちらを向いてくれなくても。

「今日は疲れただろ?」
「うん……」

 身体を固くして、僕が頭を撫でる度にびくりとする。
 そんなに緊張しないでほしいな……と思いながら、何度も優しく頭を撫でた。

 初めてこの世界に来た時のように、体中をこわばらせて警戒する。リクがそんな状態に戻ってしまったのは少し寂しくても、呪文のように「大丈夫」と繰り返し、ブランケット越しに肩や背中やおなかの辺りをさすっていた。
 僕のぬくもりで包むように。
 リクの体温を味わうように。
 そうしてどのぐらいいただろう。やがて身体のこわばりも解けて、穏やかな寝息が聞こえ始めた。その耳や、力無く握り返すリクの指に僕は口づけする。

 リクは、やっと自分に気持ちを自覚したとジャスパーは言っていた。
 それが具体的にどんなことかは、本人に口止めされているらしい。「気持ちが落ち着いたら自分で言うってさ、だから待っていてやれよ」と。それが何か、おおよその察しはついている。

 リクが僕に好意を持っているのは感じている。
 たぶん僕のことを「好き」だと勘違いしている。

 今まであまり愛情をかけてもらえなかった中で僕と出会い、保護という安心の中で感情を取り違えているのだと思う。
 幼い子供が何の見返りも無く自分を守ってくれる。
 そういう存在に対して心からの信頼を寄せ、大好きなのだと思い込むのはよくあることだ。嫌われたら守ってもらえなくなる。守ってもらうためには好きでいてもらい続けるしかない。だから自分もその人のことを好きでいる。
 生物としての生存本能だ。
 だからやがて、保護する者がいなくても自分はこの世界で生きていけると思う時が来たなら、リクは自分の本当の気持ちに気付く。

 その時、リクの隣にはふさわしい少女がいるだろう。
 リクの不安定な心すら包み込めるような、気立ての良い娘だ。普通の恋をして、子をし、幸せな家庭を築く。ささやかな幸せを享受きょうじゅして一生を終える。
 魔法石の歪みに引き込まれ、もとの世界を捨てる選択をさせたリクに、僕ができることは影に日向ひなたにリクを守り続けるだけだ。

 その決意が、揺らぐことも多いのだが……。
 時に、自分だけのものにしてしまいたいという……欲望が頭をもだげる。
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