64 / 202
第2章 届かない背中と指の距離
63 臆病になっているのは僕の方だ 1
しおりを挟むリクと二人、二階のダイニングテーブルで向かい合って夕食を共にしたのは、いつぶりだろう。
昼間、リクが護衛のザックやマークに連れられて出かけた先は、この街に来る冒険者がよく利用する、宿を兼ねた飯屋だったという。僕は何度か行ったことがある、という程度の店だが、比較的まだ治安のいい所だ。
リクの不調が、精神的なものからも来ているのだろうと察したジャスパーが、ゲイブを伴っていろいろ聞きだしたらしい。酒でも飲ませたのかと心配したが、そうするまでも無く胸に溜めていたことを吐き出したと、土産物を片手に顔を出したジャスパーから聞いた。
いろいろと不器用で、素直に甘えられない性格だとも。
それは僕もずっと思っていたことだ。
僕には言ってもらえなかった……という寂しさはある。けれど近くにいるからこそ言えないこともあるのは分かっているつもりだ。現にリクは、「今度はできるだけ相談する」と僕に言った。
だから今は、その言葉を信じるより他にない。
「鶏の丸焼きがとっても大きかったんだよ。野菜もいっぱい詰まっていて」
「リクは食べたの?」
「マークがお皿に取ってくれた……う、うん……美味しかった」
「そう」
気恥ずかしそうに耳まで赤くして視線を逸らす。
星を抱いた夜空のように美しい、黒い瞳が潤んだようになる。艶やかな唇。僕のことを意識させるような話でもしていたのか、出かける前とは別の方向で挙動不審だ。
それでもいい。こうして手を伸ばせば、リクの髪や頬に触れられるようになっただけ。
「ヴァ、ン……」
「楽しそうで良かったよ」
「うん……楽しかった。こんなふうに友達とご飯、すること無かったから」
少しでも身体を動かせるようにとゲイブの所に通っている。その先で、ギルドのメンバーたちと昼を食べることはあったと思うが、それとはまた違う雰囲気だったのだろう。
「夜になったら、きっとロウソクとかランタンとか、灯すんだよね」
「そうだね。昼間とは違う感じだった」
「ヴァンは行ったことがあるの?」
「頻繁にではないけれど、何度かあるよ」
「そっか……」
「行ってみたい?」
じっと見つめながら問うと、リクはもじもじしながら小さく頷く。
可愛いいな……と思う。
人からの厚意は当然だと、厚かましい態度でふんぞり返ったりしない。
僕の与える物、僕の手解き、どれ一つとっても、本当に自分が受け取っていいのか戸惑いながらも、全身で受け入れてくれる。嬉しいと、溢れる笑顔や恥ずかしそうに口もとをほころばす。
その全てが愛しくてたまらない。このまま腕の中に抱いて、誰にも触らせたくないと思ってしまう。
「リクが大人になったら連れて行ってあげるよ。夜は……お酒が入って乱暴になる人もいるからね」
「本当に……? あ、でも夜は俺……」
「夜は魔力が強くなる……魅了のことが、心配?」
僕の甥、クリフォードから自身の魔力のことを聞いていたという。ここ一ヶ月あまりのリクの不安や体調不良は、それが原因の一端だったことも聞いた。正直、余計なことをしてくれたものだと思いはしたが、いつまでも本人に隠し通せるものでもない。
甥っ子の言うように、ただ甘やかして閉じ込めておくわけにはいかないのだから。
「だから大人になったらね。僕が、大丈夫だと判断したら」
「……わかった」
リクは素直に頷いた。
それからまた少し話をして、リクは早めにベッドに横になった。
ここずっと、一人で休みたいと僕から距離を取っていた。けれど一番の心配事だった魅了の不安が取り除かれて、必要以上に避ける必要はないと知ったらしい。おかげでまた以前のように、僕はリクを腕に抱いて横になる。
ひどく恥ずかしがって、こちらを向いてくれなくても。
「今日は疲れただろ?」
「うん……」
身体を固くして、僕が頭を撫でる度にびくりとする。
そんなに緊張しないでほしいな……と思いながら、何度も優しく頭を撫でた。
初めてこの世界に来た時のように、体中をこわばらせて警戒する。リクがそんな状態に戻ってしまったのは少し寂しくても、呪文のように「大丈夫」と繰り返し、ブランケット越しに肩や背中やおなかの辺りをさすっていた。
僕のぬくもりで包むように。
リクの体温を味わうように。
そうしてどのぐらいいただろう。やがて身体のこわばりも解けて、穏やかな寝息が聞こえ始めた。その耳や、力無く握り返すリクの指に僕は口づけする。
リクは、やっと自分に気持ちを自覚したとジャスパーは言っていた。
それが具体的にどんなことかは、本人に口止めされているらしい。「気持ちが落ち着いたら自分で言うってさ、だから待っていてやれよ」と。それが何か、おおよその察しはついている。
リクが僕に好意を持っているのは感じている。
たぶん僕のことを「好き」だと勘違いしている。
今まであまり愛情をかけてもらえなかった中で僕と出会い、保護という安心の中で感情を取り違えているのだと思う。
幼い子供が何の見返りも無く自分を守ってくれる。
そういう存在に対して心からの信頼を寄せ、大好きなのだと思い込むのはよくあることだ。嫌われたら守ってもらえなくなる。守ってもらうためには好きでいてもらい続けるしかない。だから自分もその人のことを好きでいる。
生物としての生存本能だ。
だからやがて、保護する者がいなくても自分はこの世界で生きていけると思う時が来たなら、リクは自分の本当の気持ちに気付く。
その時、リクの隣にはふさわしい少女がいるだろう。
リクの不安定な心すら包み込めるような、気立ての良い娘だ。普通の恋をして、子を成し、幸せな家庭を築く。ささやかな幸せを享受して一生を終える。
魔法石の歪みに引き込まれ、もとの世界を捨てる選択をさせたリクに、僕ができることは影に日向にリクを守り続けるだけだ。
その決意が、揺らぐことも多いのだが……。
時に、自分だけのものにしてしまいたいという……欲望が頭をもだげる。
10
お気に入りに追加
336
あなたにおすすめの小説
一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!
当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。
しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。
彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。
このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。
しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。
好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。
※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*)
※他のサイトにも重複投稿しています。
ずっと女の子になりたかった 男の娘の私
ムーワ
BL
幼少期からどことなく男の服装をして学校に通っているのに違和感を感じていた主人公のヒデキ。
ヒデキは同級生の女の子が履いているスカートが自分でも履きたくて仕方がなかったが、母親はいつもズボンばかりでスカートは買ってくれなかった。
そんなヒデキの幼少期から大人になるまでの成長を描いたLGBT(ジェンダーレス作品)です。
俺様幼馴染の溺愛包囲網
吉岡ミホ
恋愛
枚岡結衣子 (ひらおか ゆいこ)
25歳 養護教諭
世話焼きで断れない性格
無自覚癒やし系
長女
×
藤田亮平 (ふじた りょうへい)
25歳 研修医
俺様で人たらしで潔癖症
トラウマ持ち
末っ子
「お前、俺専用な!」
「結衣子、俺に食われろ」
「お前が俺のものだって、感じたい」
私たちって家が隣同士の幼馴染で…………セフレ⁇
この先、2人はどうなる?
俺様亮平と癒し系結衣子の、ほっこり・じんわり、心温まるラブコメディをお楽しみください!
※『ほっこりじんわり大賞』エントリー作品です。
主人公の兄になったなんて知らない
さつき
BL
レインは知らない弟があるゲームの主人公だったという事を
レインは知らないゲームでは自分が登場しなかった事を
レインは知らない自分が神に愛されている事を
表紙イラストは マサキさんの「キミの世界メーカー」で作成してお借りしています⬇ https://picrew.me/image_maker/54346
その男、有能につき……
大和撫子
BL
俺はその日最高に落ち込んでいた。このまま死んで異世界に転生。チート能力を手に入れて最高にリア充な人生を……なんてことが現実に起こる筈もなく。奇しくもその日は俺の二十歳の誕生日だった。初めて飲む酒はヤケ酒で。簡単に酒に呑まれちまった俺はフラフラと渋谷の繁華街を彷徨い歩いた。ふと気づいたら、全く知らない路地(?)に立っていたんだ。そうだな、辺りの建物や雰囲気でいったら……ビクトリア調時代風? て、まさかなぁ。俺、さっきいつもの道を歩いていた筈だよな? どこだよ、ここ。酔いつぶれて寝ちまったのか?
「君、どうかしたのかい?」
その時、背後にフルートみたいに澄んだ柔らかい声が響いた。突然、そう話しかけてくる声に振り向いた。そこにいたのは……。
黄金の髪、真珠の肌、ピンクサファイアの唇、そして光の加減によって深紅からロイヤルブルーに変化する瞳を持った、まるで全身が宝石で出来ているような超絶美形男子だった。えーと、確か電気の光と太陽光で色が変わって見える宝石、あったような……。後で聞いたら、そんな風に光によって赤から青に変化する宝石は『ベキリーブルーガーネット』と言うらしい。何でも、翠から赤に変化するアレキサンドライトよりも非常に希少な代物だそうだ。
彼は|Radius《ラディウス》~ラテン語で「光源」の意味を持つ、|Eternal《エターナル》王家の次男らしい。何だか分からない内に彼に気に入られた俺は、エターナル王家第二王子の専属侍従として仕える事になっちまったんだ! しかもゆくゆくは執事になって欲しいんだとか。
だけど彼は第二王子。専属についている秘書を始め護衛役や美容師、マッサージ師などなど。数多く王子と密に接する男たちは沢山いる。そんな訳で、まずは見習いから、と彼らの指導のもと、仕事を覚えていく訳だけど……。皆、王子の寵愛を独占しようと日々蹴落としあって熾烈な争いは日常茶飯事だった。そんな中、得体の知れない俺が王子直々で専属侍従にする、なんていうもんだから、そいつらから様々な嫌がらせを受けたりするようになっちまって。それは日増しにエスカレートしていく。
大丈夫か? こんな「ムササビの五能」な俺……果たしてこのまま皇子の寵愛を受け続ける事が出来るんだろうか?
更には、第一王子も登場。まるで第二王子に対抗するかのように俺を引き抜こうとしてみたり、波乱の予感しかしない。どうなる? 俺?!
願いの守護獣 チートなもふもふに転生したからには全力でペットになりたい
戌葉
ファンタジー
気付くと、もふもふに生まれ変わって、誰もいない森の雪の上に寝ていた。
人恋しさに森を出て、途中で魔物に間違われたりもしたけど、馬に助けられ騎士に保護してもらえた。正体はオレ自身でも分からないし、チートな魔法もまだ上手く使いこなせないけど、全力で可愛く頑張るのでペットとして飼ってください!
チートな魔法のせいで狙われたり、自分でも分かっていなかった正体のおかげでとんでもないことに巻き込まれちゃったりするけど、オレが目指すのはぐーたらペット生活だ!!
※「1-7」で正体が判明します。「精霊の愛し子編」や番外編、「美食の守護獣」ではすでに正体が分かっていますので、お気を付けください。
番外編「美食の守護獣 ~チートなもふもふに転生したからには全力で食い倒れたい」
「冒険者編」と「精霊の愛し子編」の間の食い倒れツアーのお話です。
https://www.alphapolis.co.jp/novel/2227451/394680824
エロゲ世界のモブに転生したオレの一生のお願い!
たまむし
BL
大学受験に失敗して引きこもりニートになっていた湯島秋央は、二階の自室から転落して死んだ……はずが、直前までプレイしていたR18ゲームの世界に転移してしまった!
せっかくの異世界なのに、アキオは主人公のイケメン騎士でもヒロインでもなく、ゲーム序盤で退場するモブになっていて、いきなり投獄されてしまう。
失意の中、アキオは自分の身体から大事なもの(ち●ちん)がなくなっていることに気付く。
「オレは大事なものを取り戻して、エロゲの世界で女の子とエッチなことをする!」
アキオは固い決意を胸に、獄中で知り合った男と協力して牢を抜け出し、冒険の旅に出る。
でも、なぜかお色気イベントは全部男相手に発生するし、モブのはずが世界の命運を変えるアイテムを手にしてしまう。
ちん●んと世界、男と女、どっちを選ぶ? どうする、アキオ!?
完結済み番外編、連載中続編があります。「ファタリタ物語」でタグ検索していただければ出てきますので、そちらもどうぞ!
※同一内容をムーンライトノベルズにも投稿しています※
pixivリクエストボックスでイメージイラストを依頼して描いていただきました。
https://www.pixiv.net/artworks/105819552
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる