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第1章 廃ビルの向こうは異世界でした

23 なんでもしたい

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 ひどく幸せな夢を見て、ふと、目を覚ました。
 肌触りのいいシーツの感触。高い天井。カントリーハウス調の壁や家具。テーブルに積み重なった本と鉱石と、よくわからない歯車仕掛けの機械。窓からは低い角度で入る柔らかな日差し。鳥の声。
 朝だ。
 ここは、ヴァンさんの家の寝室だ。

「あれ……?」

 たしかヴァンさんに連れられて、雰囲気のいいレストランで食事をしていたはずだ。とても美味しくて、ふわふわした気持ちになった……その辺りから記憶が無い。
 もしかしすると、俺、食事の途中で寝ちゃったとか?

「うわぁ……どれだけお子様なんだよ。俺……」

 頭を抱えて上半身を起こしかけた。そのすぐ横に、人が眠っている。

「……っ⁉」

 ヴァンさんだ。
 ヴァンさんが……寝ている。

「寝てるとこ、初めて……見たかも……」

 ラフな部屋着をはおる程度に着て、片腕を枕代わり眠っている。
 たぶん日焼けしないタイプなのだろう明るい肌色に、絹糸みたいな艶のあるクリームイエローの髪。同じ色の睫毛まつげ。長いなぁ……。意志の強そうな凛々しい眉と、しっかりした顔の輪郭。
 はだけたシャツの隙間から見える、厚い胸元。
 見惚れるほど……カッコイイ。

 いつも俺の方か先に眠り込んで、目を覚ました時には起きていた。
 食事の準備とか、俺が起きた時には全てがそろっているように整えていていてくれた。いきなり知らない子を迎え入れて、いろいろ大変だろうに。
 穏やかな呼吸の寝顔を、じっと見つめる。
 疲れているのかな。
 俺にできること、何かないかな……。
 元の世界に戻るまでの間、働かせてくださいと言ったのに、今のところ何もできていない。あれこれお世話されてばかりだ。

「言ってくれれば、なんでもするのに……」

 なんでもしたい。
 出来ることは限られているだろうけど、それでも、こんなに優しくしてもらった。大切にしてもらった。そのお礼は返したい。返せないままで別れることになったら、切なすぎる……。

「ん……」

 ヴァンさんの瞼が微かに動いて、身じろぎをした。
 鼻を鳴らすような甘い声音に俺の心臓が跳ねる。思わず息を止める。
 それでもじっと見つめる視線を外せない。

「ヴァン……さん」

 俺の方を向いて、ゆっくりと瞼を開いていく。
 綺麗な、すごく綺麗な――エメラルドグリーンの瞳だ。その宝石に譬えたくなるような瞳が、焦点の定まらないまま俺をとらえた。
 捉えてゆっくりと腕が上がり、俺の頭を包み、引き寄せる。
 引き寄せてそのまま唇と唇を――。

「あぁ……」

 あと少し、というところでピタリと引き寄せる腕が止まった。そして、二、三回瞬きをしたかと思うとあごを上げて、俺の鼻先にキスをした。
 ちゃんと目が覚めたのか、いつもの笑顔で瞳が細められる。

「起きていたのかい?」
「う、うん……いま……」
「おはよう」

 ニコッと笑ったかと思うと起き上がる。
 そのまま頭をかきながらバスルームに行ってしまった。取り残された俺は拍子抜けしたような感じで、鼻を指先でこすりながら口をへの字にする。
 びっくりした。本当に、口に、キスされるかと思った。びっくりした。
 ただの挨拶なんだろうから、唇だろうと鼻だろうと、どこだっていいんだけどさ。

「別に……口でも、よかったのに……」

 胸がツキリと痛む。
 何が別にいいのかよく分からないまま、俺はへの字にした口を元に戻せないでいた。




 軽く朝食をとってから、俺が寝ている間に届いていた服を開いた。
 やっぱり肌触りは最高でサイズもぴったりだ。貰い物や古着じゃない、自分のための新品の服……というだけで、特別扱いされている感覚が半端ない。 

「うん、いいね」

 とりあえず着てみた、特別変ったデザインでもないシンプルなシャツですら、ヴァンさんは嬉しそうに笑っている。あれかな、自分の稼ぎで弟や甥っ子に服をプレゼントする、兄や叔父の心境……みたい感じなのかな。

「服をしまう場所も……たしか、このチェストはあまり使っていなかったはずだ」

 ヴァンさんが引き出しを開き、適当に入っていた服や布を入れ替える。
 意外に衣類は多く無いみたいで、俺一人分のスペースは直ぐにできた。

「あの、そんなに……そこまでしなくても」
「箱に入れたままというわけにもいかないだろう」

 いや紙箱でも、何なら段ボールでもいいんだけど。ヴァンさんとしては、そういうわけにもいかないのかな。

「ヴァンさん……俺、何かできること無いですか?」

 ここに来て何日目になるだろう。その間、ヴァンさんは店を休みっぱなしだ。
 俺が寝ているフリをしていた時に来ていたジャスパーさんが、店が休みだとお客さんが困る、みたいなことを言っていた。ヴァンさんの店の石は質がいいし、鑑定も精度が高いと。
 ヴァンさんは平気でも、俺のせいで店が開かないのかと思うと落ち着かない。

「俺は、その放っておいてもらって構わないし。水くみとか、部屋の掃除とか……簡単な雑用ならできると思う」
「うん、そのうち少しずつね」

 俺の頭を撫でながら、眩しいものを見るようにして微笑む。

「そのうち店番や、朝食のパンを取りに行ってもらったりすることもできるから、慌てなくていいよ。今はゆっくりしたらいい……」
「……でも」
「そんなに何かしたいのかい?」

 少し困ったような笑みになる。
 あ……俺、差し出がましかったかな。
 知らない子に家の中を引掻きまわされたら、そっちの方が迷惑か。

「いえ、その……ごめんなさい」
「怒っているわけじゃない」
「俺、魔法も使えないのに……すみません」

 何もしないでじっとしていた方が、迷惑にならないだろうか。 
 どうしたらいいのだろう。
 何か一つでも返したいと思うのに、全部が空回りしている。ありがとうの気持ちを態度で示したい。けれど、今の俺にできることは何もない。

「んん……それなら、魔法の練習をしてみる?」
「えっ?」
「難しいものは習得に時間がかかるけれど、ほら、これとか」

 ランタンに入れて光を点した魔法石だ。一度試して、一瞬だけ光らせることができた。

「これは初歩的な練習によく使うものだから。自分で明かりが点せれば、暮らしの中でも何かと役に立つだろう」
「やる! 教えて!」

 思わず拳を握って返すと、ヴァンさんは笑いながら「立って」と俺を促した。



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