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第三話 海上都市エクリア
しおりを挟むエクリアという街の話をしよう。
都心から南に約600kmの海上にある人工都市。それがこの海上都市エクリアだ。
正式な名称はEconomic Calculation Largescale Improve Authorize cityで。
その頭文字を取ってエクリアと呼称している。
この海上都市エクリアが完成したのは六年前。
国際競争力に劣る日本が外国の最先端技術に追いつくために、政治・法律・経済のありとあらゆる面で既存の日本の仕組みとは異なる試みを行うために造られた。
日本の中で最先端の技術やノウハウを試験的に実施するための、いわば大型試験都市。
六年前に新設された新興都市でありながらその人口はすでに五十万人を超えている。
日本本土から遠く離れた海上に作られているため、この街には都市機能を保つためのありとあらゆるインフラが整備されている。
「おぶふっ!」
そんなエクリアの街並みを見つめながら道路を歩いていると、前にいた人がぶつかってきた。
「Oh! sorry!! But I`m in a hurry」
「あ~~、ノープロブレム」
無常にぶつかってきたのは背の高い外国人男性だった。
このエクリアの街は国際競争力を高めるために、日本国外の大企業も積極的に誘致している。そのせいか、この街には外国人も多く在住している。
外国人の男性は急いだ様子で駅前のオフィス街の方へと走っていく。その後姿を見つめながら、無常はため息を吐いて再び歩き始めた。
「ねえ、聞いた? さっき駅前のオフィス街の方でテロがあったってッ!」
「うん、怖いよね。なんか、死者も大勢出たって……」
耳を澄ませると、周りにいる人たちの話し声が聞こえてくる。周りではついさっき起きたテロの話題でもちきりだった。
ある人は心配そうな表情で電話をかけていて、またある人は何か情報が出ていないかと一心不乱にスマホを操作している。
そんな人たちの真横をすり抜けるように無常は歩いて行き、やがて巨大なビルの前までたどり着いた。
セントラルルミナスタワー。
それがこの見上げるばかりの巨大なビルの名前だ。
エクリアの中心に建設されたこのビルの全長は996mあり、天を衝くような偉容は見る者を圧倒させる。
周囲にある他の高層ビルと比較すると、その大きさがはっきりと分かる。他のビル群もけっして低くはないが、セントラルルミナスタワーと比較してしまうと大人と子供ほどの差がある。
「あっ!! やっと見つけたっ!」
と、巨大な三角錐のような天高く聳える摩天楼を見上げていると、声をかけられた。
そちらを見ると、そこには一人の女子高生が立っていた。
思わず息を呑んでしまうほどの美しい少女だった。
ツン、と吊り上がった勝気な瞳に、切れ長の両眉は触れれば斬れてしまいそうなほどに鋭く。すっと通った鼻筋に、白く美しい艶肌。
腰元まで伸びる艶のある黒髪を白菊のような純白のリボンで頭の後ろで結い上げている。
何より特徴的なのは彼女の目元にかけられている黒ぶち眼鏡だ。
彼女は無常のことを見るや、その切れ長の瞳を心配げに緩めた。
「良かった。無事だったのね、冠城くん」
「委員長か。おはよう」
無常の暢気な挨拶に、彼女――望月(もちづき)美(み)冬(ふゆ)は、黒ぶち眼鏡のレンズ越しに、キッとこちらを睨み付けてくる。
「何がおはよう、よっ! もう、心配したんだからねっ!!」
美冬は、抜き身のナイフのような鋭く怜悧な冷たい瞳を緩めると、母親のような柔和な表情を浮かべてこちらに近づいてくる。
そのまま美冬は、ペタペタと無常の全身を触り始める。
「何してんだ? セクハラ罪で訴えるぞ」
「そんな罪はないわよっ! 電話している最中に爆発音が聞こえてきて、すっごく心配してたんだからっ! 聞いた? 駅前のオフィス街の方でテロがあったって……」
美冬の言葉に無常は、「あ~~」と言い辛そうにそっぽを向いた。
「その話は聞いた。つか、何ならこの目で見っ――」
無常の言葉を聞いた瞬間、美冬の目がギョッと見開かれる。
「やべっ……」
やっちまった、と気づいた時にはもう既に手遅れだった。
「ちょっとッ!! いま見た、って言ったわよねっ! 見たってどういうことよッ!! まさか……冠城くん、テロに巻き込まれたんじゃ……」
美冬は弾丸のように言葉を紡ぎながら、無常に詰め寄ってくる。
「待て。誤解だ。いや、誤解じゃないが勘違いをしている。俺は現場の近くにいたけど、巻き込まれてはいないよ」
嘘だった。
「確かに駅前のオフィス街にはいたが、遠くの方で爆発音がしてな。そのまま訳も分からず人の波にもまれてしまってさ……」
それも嘘。
喋りながら自分でも感心してしまうほどに鮮やかに嘘がペラペラと出てくる。
「じっ……」
美冬は無常の言葉に何か感じ入るものがあったのか、その切れ長の瞳を細めながら無言で見つめてくる。
やがてその瞳が伏せられ、深いため息を吐いた。
「まあ、良いわ。とにかく冠城くんが無事で良かった」
「あぁ、委員長には心配かけて……」
と、そこまで言いかけて無常の言葉が途切れた。見れば、無常は美冬よりも上の方を凝視したまま固まっている。
「ちょっと……貴男、どこを見て――」
固まったままの無常を見て、美冬も少し怒ったようにそちらの方を見た。
二人の視線の先、そこにはビルの壁面に設置された巨大なモニターがあった。
モニターに映っているのは、テロがあったオフィス街の映像だった。どうやらヘリで上空から映しているようで、未だに黒煙を上げ炎上している車や道路が見える。
現場の映像に映し出されているのはまるで大災害の直後のような、痛ましい破壊跡だった。
「……嘘」
テロの現場を目の当たりにした美冬は口元を手で覆い隠しながら言葉を失ってしまっている。
「なんて……酷い」
モニターの向こうでは破壊跡と共にキャスターが既に判明した死亡者と重傷者の名前と数を言っている。
「クソ異能者(ヴァリアンダー)めッ! 何が死を想えだッ!!」
その時だった。モニターを見ていた大勢の内の一人が叫んだ。
「そ、そうよっ!! こうなった原因は全て異能者(ヴァリアンダー)じゃないっ!」
「あぁ、そうだっ!! 異能者(ヴァリアンダー)なんて……全員死んじまえばいいんだッ!!」
最初に叫んだ男に呼応するように数人が叫び出し、やがて異能者に対する苛烈なバッシングが周りの群衆へと広がっていく。
「殺せっ! 殺せっ!!」
「異能者なんて、この世から全て駆逐されてしまえばいいッ!!」
無常たちの周りにいた人々はいつの間にか感情をむき出しにして叫び出していた。
「あの……ちょっと……」
美冬は周りの過熱していく人々を見ながら困惑している。
「委員長、こっちだ行くぞ」
「えっ、あの冠城くんっ!?」
無常は冷静に周りを見渡して、困惑したまま立ち尽くしている美冬の手を取ると、加熱していく人々の波を掻き分けて群衆の外に出た。
そのまま美冬の手を握ったまま噴水のある広場までやってきた。
「大丈夫か?」
「う、うん。ありがとう」
「別に良いさ。あのままじゃ、最悪は暴動に発展しそうな雰囲気だったからな」
「そうだよね。別に全ての異能者(ヴァリアンダー)が悪いわけでもないのに……」
美冬はそう言うと、悲しげに目を伏せた。
“異能者(ヴァリアンダー)”
その存在が初めて確認されたのは今から十年前のことだ。
十年前の今日。突如として日本を含めた世界各地に“黒獣(シヴィラ)”と呼ばれる巨大な未確認生物が出現した。
前兆は何もなかった。
ただその怪物は、頭上の空間を捻じ曲げて、この世界へと顕現した。
世界各地に出現した“黒獣(シヴィラ)”は街を破壊し、人々を喰い尽くし始めた。
“黒獣(シヴィラ)”は異能力(ヴァリアント)と呼ばれる特異な能力を宿していた。
ある黒獣(シヴィラ)は摂氏3000℃を優に超える灼熱の炎を操り、また別の個体は空間を支配し操る能力を持っていた。
そんな強力な異能力(ヴァリアント)を支配する黒獣(シヴィラ)に対して当時の人類はあまりにも無力だった。
当時、世界最強の軍事力を誇っていたアメリカ合衆国ですら黒獣(シヴィラ)を倒すどころか、たった三匹の黒獣(シヴィラ)に滅ぼされかけた。
黒獣(シヴィラ)がこっちの世界では長く生き続けられない性質を持っていなければ、それこそ世界に出現した十体の黒獣(シヴィラ)に人類は喰い尽くされ、滅ぼされていたかもしれない。
黒獣はその全身を黒い霧のようなものに覆われた粘液状の生物だ。その粘液状の身体にとって地球の大気は猛毒になる。
人類史に残る大災害をもたらした別世界からの侵略者は、ほんの数日でこの世界からあっさりと姿を消した。
ただ、そこで話は終わらなかった。
巨大な黒獣が消えて数か月ほど経ったある日、突然世界各地に超常的な異能力を操る人間が出現し始めた。
黒獣の因子に侵されて、黒獣にしかない超常の能力を操ることのできる人間。
人々はその因子に侵された人間のことを異能者(ヴァリアンダー)。因子によって発現した能力のことを異能力(ヴァリアント)と呼んだ。
「ねぇ……聞いた? また“異能者(ヴァリアンダー)”が出たんだって。恐いよね」
「やっぱり奴らは見つけ次第殺すのは一番なんじゃないか。奴らは……人間じゃない」
「殺すのは流石に可哀想だけど。隔離してもらわないと怖いよね」
さきほどの事件のせいで、周りを行き交う人々の口から出てくるのは異能者(ヴァリアンダー)の話題ばかりだった。
「…………」
あまり触れたくない話題だが、周りの人たちの言葉は嫌でも聞こえてきてしまう。
「ねっ、そういえば、さ!」
「委員長。無理して話題を逸らさなくてもいい」
「ぁ……」
気まずい雰囲気をなんとか変えようと話題を変えようとした美冬の言葉を無常が遮った。
「……うん。ごめんね。冠城くんはそのテロに巻き込まれたばかりだから……。それに“黒雨(くろさめ)市(し)”の関係者だから、この手の話題が嫌かなって思って……」
美冬は立ち止まると、俯きがちにぽつりと呟いた。そんな美冬を見て、無常はため息をついた。
「別に。俺はそこまでやわじゃねぇよ」
無常は美冬の頭に手を伸ばすと、美冬のおでこを軽く突いた。
「ぁぅ……」
美冬は触れられたおでこを触りながら、頬を上気させる。
「大体さぁ。なんであの事件の被害者である俺が慰めて、何の関係もない委員長が辛そうにしてんだっつーの。普通は逆じゃね?」
「フフっ。そうかも」
無常が笑いかけると、つられるように美冬も笑い出した。
「ねえ、この後はどうする?」
さきほどのテロ事件のせいで学校は休校になってしまった。せっかく登校の準備をしたのに全て無駄になってしまった。
美冬は何かを期待するような視線を向けてくる。
「ん~~~」
普段の無常ならば街中に繰り出して女をナンパしたりするところだが。少なくともこの場で正直にそれを言うとぶっ殺されかねない。
「じゃあ、そこらで遊びに行くか?」
「うん……分かった。ねっ、私さ久しぶりに本土の方に行きたいっ!」
「阿呆か。ここから本土までどれくらいの距離があると思ってんだ。海底リニアや高速旅客便を使っても二、三時間はかかるぞ。大人しく……」
無常は苦笑しながら美冬の方を振り返り、その後ろの方を見て固まった。
「ん? どうしたのよ。私の後ろに何かあるの?」
振り向いたまま硬直した無常を見て、美冬も後ろを振り向いた。美冬の視線の先、そこには一人の男が立っていた。
「おやおや、これはこれはどうやらお二人の時間を邪魔してしまったようで」
不気味な男だった。
背が高いわりに、ヒョロヒョロの痩身で、触れれば折れてしまいそうな体躯。狐のような感情の読めない細目に、その目元にはフレームが歪み目元からずり落ちた眼鏡を引っ提げている。
「……塩崎」
細目の男を見た無常は呻くように呟いた。
「えぇ、私です」
細目の男は感情の読めない顔で笑みを浮かべると、片手を上げた。すると、周りに数人の黒服を来た男たちが現れる。
「冠城無常くん、悪いがご同行願えるかな?」
「え、ぇ……」
突然の出来事に美冬は戸惑った表情で周りを見渡している。そんな美冬の隣で無常は無造作にポケットに両手を突っ込んだまま、静かに周りを見渡した。
いる。
周囲を取り囲んでいる数人の他にも、何人かの異能者(ヴァリアンダー)が潜んでいる。
恐らくは同行を拒否した際に実力行使をするための人員だ。
「あ、あのっ! 何ですかっ!! け、警察を呼びますよ」
美冬は周囲に流れる剣呑な雰囲気に気圧されながらも、手元でスマホを操作しながら無情の前に立つ。
「あぁ、それは困る。警察組織と我々では管轄が違うのでね」
そう言うと細目の男は、くたびれたスーツの内ポケットに手を入れる。
「ですが、ご安心を。我々は日本政府の人間なので……まあ、これを見て貰えば分かるかと」
そう言うと細目の男はスーツの内ポケットから一枚の黒いカードを取り出した。
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「えぇ、我々はGUARD(ガード)所属、特別治安維持部隊エクシードの職員です。なので、ご安心を」
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「…………」
緊張で身を硬直させる美冬の肩を無常が軽く叩いた。
「もういいよ、委員長。コイツらは俺に用があるみたいだ。悪いが、今日の予定はキャンセルで」
そう言うと無常は美冬から離れて、細目の男の方に歩いて行く。
「あっ……」
美冬は咄嗟に手を伸ばして、無常の服の袖を掴んだ。袖口を掴まれて無常が美冬の方に振り返った。
「ぁ……」
無常と視線が合い、気まずそうに美冬は目を逸らした。
「あ、あの……また会える、よね……?」
なぜだろうか。
立ち去ろうとする無常の背中はやけに存在感が希薄で、そのまま放っておくと消えてしまいそうだった。
「あぁ……たぶんな」
「ぁ――」
するりと無常は美冬の手から逃れて、歩いて行く。
「では、こちらへどうぞ」
細目の男は近くに止めてあった車のドアを開ける。無常は一切迷う素振りを見せずに車の中へと乗り込んでいく。
無常と細目の男を乗せると、車が動き出した。後部座席に座りながら、チラリと外を見るとぽつんと立ち尽くした美冬の姿が見えた。
「…………」
無常は遠ざかっていく美冬の姿を見ると、ゆっくりとため息をついた。
「で? テメェは何用だ?」
無常は後部座席にふんぞり返りながら助手席の方を睨み付ける。そこには細目の男が座っていた。
「おぉ、怖い怖い。そんな目で見ないでおくれ。スケール7の能力者である君に睨まれたら、あまりの恐怖でチビってしまいそうだ」
ヘラヘラと笑いながら心にもない言葉を言う細目の男に、無常は内心で舌打ちする。
「くだらない御託はいい。で?」
「フっ……御託ですか。今のはわりと本心だったのですがねぇ。まあ、良い」
細目の男は唇の端を釣り上げると、チラりとバックミラー越しに無常を見つめた。
「まずは、お仕事ご苦労様です。いやぁ、助かりましたよ」
そう言うと細目の男は懐から一枚の写真を投げてよこしてきた。
受け取るとそこには駅前でテロを起こしたあの能力者(ヴァリアンダー)が映っていた。
「その男の名はゲオルグ・ルオ・ツェッペリン。国際的に有名なテロ集団“漆黒(シュヴァルツ・)の(フリュー)翼(ゲル)”の一員です」
「漆黒(シュヴァルツ・)の(フリュー)翼(ゲル)……その名は知っている。なんでも故国ナチスドイツの正統なる後継を標榜している連中だろ。どいつもこいつも頭のイカれた狂信者どもだと聞いている」
「えぇ、その通りです。我々も国際指名手配されている彼らの動向は追っていたのですがねぇ。いやはや、まさか真正面から堂々とこの国に入国して、さらにその日の内にテロを起こすとは予想していなかったもので」
「怠慢だな。テメェらの目的は何だ? あんなイカれた能力者を討伐し、その身柄を拘束するのが使命なんじゃねぇのか」
無常の静かに糾弾するような言葉に細目の男はその薄い目をすっと見開いた。
「それを言われると何も言えませんが、ゲオルグは自身の周囲の熱を自由自在に操る強力な異能を持っています。推定される能力レベルはスケール3。それが数百の人間(ひとじち)を乗せた旅客機に乗って来たのです。迂闊に手出しができなかった我々の心中も察していただきたい」
「詭弁(きべん)だ。この世界では結果が全て。結果としてテメェらはあの狂信野郎のテロを防げなかった。それも、エクシードの縄張りであるこのエクリアでな」
無常が強めの語気でそう言うと、細目の男は何も言えずに黙り込んでしまった。シン、と静かな車内が重苦しい空気に包まれる。
エクリアは表向きは、国際競争力に劣る日本が外国の最先端技術に追いつくために、政治・法律・経済のありとあらゆる面で既存の日本の仕組みとは異なる試みを行うための大型試験都市と謳っている。
そう表向き、は。
「……あの爺も本当に、ただの檻に大層な物を作りやがって」
「檻か……。その言い方は語弊がありますね。このエクリアは最新鋭の防衛装置を備えた日本という国を守るための巨大な護盾なのですから」
「護盾ね……」
無常は頬杖をつきながら興味なさげに車窓の外へ視線を向ける。
車窓の外には高層ビルが並んでいる。大通りには大勢の人々が忙しなく行きかっている。そこだけを見れば何の変哲もない都市の街並みだ。
だが、この街には一般の人が知らない秘密が隠されている。
無常を乗せた車が近くの巨大なショッピングモールの地下駐車場へと入っていく。そのまま薄暗い地下通路を進んで行き、複数の制服を着た警備員が警備する区画に止まった。
「……身分証の提示をお願いします」
塩崎はスーツの懐から一枚のカードを取り出した。それは先ほど美冬に見せたあのカードだった。
「特別治安維持部隊エクシードの塩崎です」
カードを提示すると、それを見た警備員は頷き、手を上げた。
すると、警備員の後ろにあった車止めのバーが上がり、その先に車が進んで行く。そして、突き当りに停車する。
車が止まると背後の壁が閉じて、ガコンと大きく揺れる。やがてゆっくりと車を乗せた土台ごと降下し始める。
そのまま緩やかな浮遊感に身を任せていると、暗い視界が一気に青色に変わった。
車窓の外を見ると、そこには紺碧の海が広がっていた。
海上に造られた巨大な人工島の直下、そこには海中の中へと続く細いエレベーターが伸びている。
無常達を乗せた車はそのまま土台ごとエレベーターで海中の底へと降りて行く。
細く長い海中エレベーターの先には、海の奥深くに造られた巨大な建造物がある。そのまま車を乗せた土台が海中にある巨大な建造物の中へと入っていく。
「塩崎様、GUARD(ガード)本部――ジオクオリアへと到着しました。このまま本部ビルに車で向かいますか?」
車を運転する運転手は助手席に座る塩崎に向かって話しかける。
「さて……冠城君はどうします?」
「別に好きにしたらいい。どうせ、本部に行ったら俺は処分されるのだろう?」
「はて? 漆黒(シュヴァルツ・)の(フリュー)翼(ゲル)のテロリストを制圧した君をなぜ処分しなければならないのかな」
白々しい。
無常は吐き捨てるように塩崎の方を一瞥した。
「エクシードの規定では、所属する異能者(ヴァリアンダー)は如何なる場合でも許可なしに能力を使ってはいけない、だろう?」
「フっ、君の場合は緊急避難で、やむを得ないケースに当たる。上層部も君を罰することはないでしょう。だから、安心してください」
「……どうだかな」
無常は再び窓の外に視線を向けた。それを見た塩崎は運転手に指示を出した。
「了解しました」
運転手は頷くと、ゆっくりとハンドルを切った。そのまま車は薄暗い車庫を抜けて、外に出る。
車庫の外に広がっていたのは海底の底にあるとは思えない街並みだった。
まるで地上のように燦々と降り注ぐ陽光に照らされた街並みは、まるで地上にあると錯覚してしまうほどだった。
街中を歩いているのは、白衣を着た人や警備服を着た人間が目立つ。
それもその筈だ。ここには、この街には一般の人間など一人もいない。
「……もう十年になるのですねぇ。この世界が変わってしまったあの日から」
ゆっくりと後ろに流れていく街並みを眺めていると、唐突に塩崎がぽつりと呟いた。
「…………」
塩崎の言葉を聞いて、無常はゆっくりと瞳を閉じた。
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