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帰省 #1
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それからしばらく、放課後の音楽室でリジーとの密会は続いた。
リジーの家族のことや、自分が今埋められているお墓のこと。聞きにくかったブリンクリー会長のことに遺産のこと。それと、なんで肩から髪の毛が生えてたかも聞いた。それはどうやら、今の埋められている状態をそのままトレースしたからだとか。
そして、リジーと出会って一週間ほど経った頃。
いつの間にかリジーの存在が世間に広まっていた。しかも、新聞にまで大々的に掲載される始末。おそらく、モイラとシェリーが元凶だろう。
『聖ブリンクリー学園に幽霊が出没!』
おかげさまで町中が大パニック。ただ、なによりも大変だったのは、生徒の親たちが自分の子供を心配して学校に押しかけてきたことだった。
『うちの娘は大丈夫なのか!』
『高い学費を払っているのだ! どうにかしろ!』
『先生達は一体なにをしている!』
『今すぐ悪霊を退治して!』
昼夜、その対応に追われる先生方とメレディス校長。その騒ぎのせいで授業どころではなくなり、学校は急遽、臨時休校を余儀なくされた。
心配をしていたのは、クララの父親も例外ではなかった。彼は噂を聞きつけると、すぐさまクララを家に帰宅させた。
「おかえり、クララ」
「ただいま帰りました、お父様」
父親はクララを迎え入れるように抱擁した。
「い、痛いです、お父様」
「おっと、すまない」
久しぶりのクララの帰省でついつい力が入ってしまったのだろう。父親は抱きしめていた手をパッと離した。
クララの父親、J・R・ロバートソン。この町で弁護士をしている地元の名士。
身長は一八〇cmで、徴兵されていたわけでもないのに体はがっしりとしていて、顎には勇ましい髭が蓄えられている。
性格は真面目だが、一人娘のことをものすごく愛していて、クララのことになると判断が鈍ることもあった。もちろん、自分の部屋にはおびただしい数の愛娘の写真が飾ってある。
クララは八歳の頃に母親を亡くし、男手ひとつで育ててくれた父親を尊敬していた。そしてなにより、クララのやりたいことを尊重してくれている。幼い頃からピアノばかり弾いていたクララにとって、聖ブリンクリー学園は憧れでもあった。この学校は特に音楽が秀でているというわけではない。ただ、ピアノのコンクールに出場するには、学校自体に地位がないとエントリーすることすらできなかった。そして、音楽に秀でていないからこそ、校内の競争率は低い。
「人前で演奏したい」という自身の欲望のためには、コンクールに出なければならない。まさに、クララにとっての好環境がこの学校には整っていた。
父親はそんな邪な考えを持つクララを快く送り出してくれた。
可愛い一人娘を下宿させ、もちろんその間は自宅に頻繁に帰って来ることはできない。唯一帰宅出来るのは長期休暇の時だけ。
「お父様」
「なんだいクララ」
挨拶のハグも済み、クララは俯きながら少し恥ずかしそうに言った。
「あの……私がいなくて、寂しくないですか?」
顔に手を当て、宙を仰ぎ見るようにして父親の動きが止まったかと思うと、ガバッと勢いよく抱擁された。
「パパはいつだってクララのことを考えているよ。寂しくない日なんか一日もない」
クララは自分で言っておいて、頬が熱くなるのを感じた。
「うん。ありがとう」
大きな背中に手を回す。
「お父様、聞いてほしいことがあるのだけれど—— 」
「なんだい」
クララは父親を振り解きながら言った。
「今回の騒動、実は私が原因だったかも…… 」
俯きながら話すクララに、父親は優しく頷く。
「うんうん」
「それで、幽霊のことなんだけど、別に悪い子じゃなくて…… 」
「うんうん、なるほど」
「私……その子の力になってあげたくて! ……ダメ、かな?」
「クララの好きにするといい」
その言葉に目を丸くしてキョトンとするクララ。
「えっ、いいの?」
変わらず優しく微笑む父親。
「もちろん。クララがやりたいようにやりなさい。ただし、道徳から外れるようなことをしてはいけないよ」
「うん、大丈夫! パパ、ありがとう!」
クララは笑顔でお礼を言うと、再び父親に抱きついた。
学校に入学する際に「パパ」から「お父様」に呼び変えていたのに、嬉しくてついつい「パパ」に戻ってしまっていた。
父親はクララの頭を撫でながら言う。
「クララ、とりあえず部屋に戻って、準備ができたら食堂に来なさい。お腹も空いているだろうから、食事をしながら詳しい話を聞かせておくれ」
クララは抱きついたまま目をキラキラと輝かせ、父親の顔を仰ぎ見ると元気に返事をした。
「うん! わかった!」
抱きついていた手を緩め、荷物を持って階段を駆け上がる。
そんなクララの後ろ姿を父親は愛おしそうに見守っていた。
クララの自宅は、古代ギリシャ建築をベースにしたフォーマルで古典的なファサードが特徴的な「グリークリバイバル様式」の建物だった。
広さは二三〇〇スクエアフィートの二階建と、控えめに言っても大きい。
外観は白を基調としていて、どこからどう見ても神殿にしか見えない。 近隣の家々と比べても、明らかに異色を放っていた。
一階にはキッチンに食堂、お客様用の応接室やトイレがあり、二階にはクララの部屋や父親の書斎、来賓が泊まる時用の客間がある。
リジーの家族のことや、自分が今埋められているお墓のこと。聞きにくかったブリンクリー会長のことに遺産のこと。それと、なんで肩から髪の毛が生えてたかも聞いた。それはどうやら、今の埋められている状態をそのままトレースしたからだとか。
そして、リジーと出会って一週間ほど経った頃。
いつの間にかリジーの存在が世間に広まっていた。しかも、新聞にまで大々的に掲載される始末。おそらく、モイラとシェリーが元凶だろう。
『聖ブリンクリー学園に幽霊が出没!』
おかげさまで町中が大パニック。ただ、なによりも大変だったのは、生徒の親たちが自分の子供を心配して学校に押しかけてきたことだった。
『うちの娘は大丈夫なのか!』
『高い学費を払っているのだ! どうにかしろ!』
『先生達は一体なにをしている!』
『今すぐ悪霊を退治して!』
昼夜、その対応に追われる先生方とメレディス校長。その騒ぎのせいで授業どころではなくなり、学校は急遽、臨時休校を余儀なくされた。
心配をしていたのは、クララの父親も例外ではなかった。彼は噂を聞きつけると、すぐさまクララを家に帰宅させた。
「おかえり、クララ」
「ただいま帰りました、お父様」
父親はクララを迎え入れるように抱擁した。
「い、痛いです、お父様」
「おっと、すまない」
久しぶりのクララの帰省でついつい力が入ってしまったのだろう。父親は抱きしめていた手をパッと離した。
クララの父親、J・R・ロバートソン。この町で弁護士をしている地元の名士。
身長は一八〇cmで、徴兵されていたわけでもないのに体はがっしりとしていて、顎には勇ましい髭が蓄えられている。
性格は真面目だが、一人娘のことをものすごく愛していて、クララのことになると判断が鈍ることもあった。もちろん、自分の部屋にはおびただしい数の愛娘の写真が飾ってある。
クララは八歳の頃に母親を亡くし、男手ひとつで育ててくれた父親を尊敬していた。そしてなにより、クララのやりたいことを尊重してくれている。幼い頃からピアノばかり弾いていたクララにとって、聖ブリンクリー学園は憧れでもあった。この学校は特に音楽が秀でているというわけではない。ただ、ピアノのコンクールに出場するには、学校自体に地位がないとエントリーすることすらできなかった。そして、音楽に秀でていないからこそ、校内の競争率は低い。
「人前で演奏したい」という自身の欲望のためには、コンクールに出なければならない。まさに、クララにとっての好環境がこの学校には整っていた。
父親はそんな邪な考えを持つクララを快く送り出してくれた。
可愛い一人娘を下宿させ、もちろんその間は自宅に頻繁に帰って来ることはできない。唯一帰宅出来るのは長期休暇の時だけ。
「お父様」
「なんだいクララ」
挨拶のハグも済み、クララは俯きながら少し恥ずかしそうに言った。
「あの……私がいなくて、寂しくないですか?」
顔に手を当て、宙を仰ぎ見るようにして父親の動きが止まったかと思うと、ガバッと勢いよく抱擁された。
「パパはいつだってクララのことを考えているよ。寂しくない日なんか一日もない」
クララは自分で言っておいて、頬が熱くなるのを感じた。
「うん。ありがとう」
大きな背中に手を回す。
「お父様、聞いてほしいことがあるのだけれど—— 」
「なんだい」
クララは父親を振り解きながら言った。
「今回の騒動、実は私が原因だったかも…… 」
俯きながら話すクララに、父親は優しく頷く。
「うんうん」
「それで、幽霊のことなんだけど、別に悪い子じゃなくて…… 」
「うんうん、なるほど」
「私……その子の力になってあげたくて! ……ダメ、かな?」
「クララの好きにするといい」
その言葉に目を丸くしてキョトンとするクララ。
「えっ、いいの?」
変わらず優しく微笑む父親。
「もちろん。クララがやりたいようにやりなさい。ただし、道徳から外れるようなことをしてはいけないよ」
「うん、大丈夫! パパ、ありがとう!」
クララは笑顔でお礼を言うと、再び父親に抱きついた。
学校に入学する際に「パパ」から「お父様」に呼び変えていたのに、嬉しくてついつい「パパ」に戻ってしまっていた。
父親はクララの頭を撫でながら言う。
「クララ、とりあえず部屋に戻って、準備ができたら食堂に来なさい。お腹も空いているだろうから、食事をしながら詳しい話を聞かせておくれ」
クララは抱きついたまま目をキラキラと輝かせ、父親の顔を仰ぎ見ると元気に返事をした。
「うん! わかった!」
抱きついていた手を緩め、荷物を持って階段を駆け上がる。
そんなクララの後ろ姿を父親は愛おしそうに見守っていた。
クララの自宅は、古代ギリシャ建築をベースにしたフォーマルで古典的なファサードが特徴的な「グリークリバイバル様式」の建物だった。
広さは二三〇〇スクエアフィートの二階建と、控えめに言っても大きい。
外観は白を基調としていて、どこからどう見ても神殿にしか見えない。 近隣の家々と比べても、明らかに異色を放っていた。
一階にはキッチンに食堂、お客様用の応接室やトイレがあり、二階にはクララの部屋や父親の書斎、来賓が泊まる時用の客間がある。
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