ケモとボクとの傭兵生活

Fantome

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第三章 初仕事は蒼へと向かって

怒りの二人

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あまりにも突然の出来事にどよめく馬車内。その床板を踏み締め、唯一の出入口から二人の人物が乗り込んできた。

「全員、その場から動かないで下さい。抵抗すれば身の安全は保証出来ませんよ」

「…………」

「あ……アルト、さん……ヴァルツさん……」

それは、白煙を立ち昇らせる拳銃を手にしたヴァルツとアルトであった。アルトは普段の人当たりの良さそうな笑みを消失させて薫が今までに見た事のない険しい表情を浮かべており、ヴァルツもまた相手を睨み殺すかのような眼光をダリウス達へと向けていた。

「おいおいおい!こいつら眠ってたんじゃねぇのかよ!?テクト、どうなってんだテメェッ!!」

「い、いや、俺は確かに飲ませて……」

「僕、見ての通り鼻が良いので。テクト君が持ってきたお酒に混ぜ物がしてあるのはすぐにわかりましたから、舐めるだけにしておいたんです。ヴァルツさんが全然起きてくれないので、来るのが遅くなっちゃいましたけど……」

「…………」

非難するようなアルトの眼差しに、ヴァルツはテンガロンハットの縁で視線を遮りながらそっぽを向いた。酒好きのヴァルツには罠とわかっていても滅多に味わえない高価な酒の魅力には勝てなかったらしい。

「とにかく、この件は後日アルドゴート商会にも報告させてもらいます。とりあえず、二人を離してもらってもいいですか?」

「けっ、たった二人で何が出来るってんだ!頭数はこっちがーーー」

言葉を遮るように鳴り響く銃声。弾丸はアルト達へと一歩踏み出した運び人の股間にぶら下がる玉袋を掠め、足下の床板を破って大きな穴が開いた。

「…………」

「警告はしましたよ。今度は当てる、と言ってます」

「ひ、ひゃい……しゅみましぇん……」

「ちっ……テメェら、言う通りにしとけ。玉が一個無くならねぇ内にな」

パンパンに張り詰めた状態から、まるで穴の開いた風船のようにしおしおと縮み上がっていく運び人達の男性器。完全に抵抗の牙を抜かれたか、ダリウス達は薫とテクトを解放して後退りする。

「二人共、大丈夫?遅くなってごめんね。少しだけ様子を見るつもりだったんだけど、ヴァルツさんが起きてくれなかったから……」

「い、いや、俺がダリウスさんの話に乗っちまったから……悪かった。でも、本当に助かったぜ」

「アルトさん……ヴァルツさん……」

薫はアルト達の顔をまともに見ることが出来なかった。あれだけ今回の仕事で役立ってみせると意気込んでいたにも関わらず、この始末である。自身の力不足のせいでテクトを助けられず、アルト達の足を引っ張って助けられてばかり。申し訳なさと情けなさに、薫の自信は見る影もなく打ち砕かれていた。

「カオル、顔を上げて」

「えっ……わぷっ!?」

アルトの呼び掛けに顔を上げると、薫は彼によって抱擁されていた。布地越しに、アルトの柔らかな毛並みが薫の顔に押し当てられる。

「自信を失う必要なんて無いよ。カオルが僕達を呼んでくれたから、この馬車の場所がわかったんだから」

「で、でも……僕は、何も出来ませんでした。アルトさん達に迷惑ばかり掛けて……」

「迷惑だなんて思ってないよ。カオルはよく頑張ってる。こんな状況、普通なら声なんて出ないもの。カオルはテクト君を助けたかったから、あんな声が出たんじゃないかな?」

アルトの言う通り、恐怖は意思を縛り付ける。これが薫一人であれば、恐らく声一つ上げることは出来なかっただろう。それを考えれば、薫も決して無力だったわけではない。

「僕……僕は……」

「カオル、俺はお前が足手纏いなんて思わねぇよ。昼間だって、俺はお前のおかげで助かったんだからな」

「ほら、テクト君もこう言ってる。だから、カオルも自分を責めたらダメだよ。こうした積み重ねで、強くなっていくんだから。ねっ?」

「う……ううう~……っ」

アルト達の温かい言葉によって緊張の糸が切れたか、薫の瞳からボロボロと涙が溢れてアルトの服を濡らした。まだ、自分は見放されていない。頑張れる機会を貰ったのだ。その安堵も涙の理由なのかもしれない。

「チッ……傭兵風情が、お楽しみを邪魔しやがって。綺麗事ばっかさんざん並べてんじゃねぇよ。テメェらもどうせ、このチンポ扱き穴くらいにしか使ってねぇんだろうが。そうじゃなきゃ、こんなガキに使い道なんざーーーうぐぉっ!?」

「ヴァルツさんッ!」

ダリウスが洩らした呟きを、ヴァルツは聞き逃さなかった。床を蹴り、飛び上がったかと思えば獲物を急襲する猛禽類のようにダリウスの肩口を蹴り付けて床に捩じ伏せ、その額に未だ熱を帯びる銃口を突きつけたのだ。

「や、やるのか!?出来るもんならやってみやがれ!俺はなぁ、テメェらの雇い主のアルドゴート商会のモンだぜ!?俺をぶち殺したとなりゃ、テメェらもタダじゃ済まねぇぞ!わかってんのか!?」

「く……っ」

テクトは歯噛みした。銃口を前にしても萎縮することなく吠えるダリウスの言葉は何一つ間違ってはいない。ギラン達が拠点を置く街一つの流通を牛耳るアルドゴート商会は強大な組織である。その気になれば、小規模な傭兵団一つ干上がらせることくらい赤子の手を捻るよりも簡単だ。

いくら仲間を襲われたとはいえ、その力関係はあまりにも歴然だ。ここはヴァルツ達が手を引くしかないーーーそう思ったのは、テクトだけだったようだ。

「関係ありませんよ、そんなこと」

「……あ?」

顔色一つ変えずに平然と言ってのけるアルトに、ダリウスは思わず気の抜けた声を洩らした。

「僕達……というか、団長のギランさんはそんなこと気にしない方なので。今までにも似たようなことは沢山ありましたし、何なら他国の王族の人とも一悶着起こしてますから、もう何を今更という感じで……」

「は、はぁ?て、テメェ、自分が何言ってるのかわかってんのか!?俺はアルドゴート商会の……!」

「御心配ありがとうございます。でも、ウチは団員を傷付けた人やめちゃくちゃなこと言う人は気にせずやっちゃえ、っていうのがギランさんの方針なんです。貴方は……ああ、残念。どっちも当て嵌まっちゃいますね」

「う、嘘だろ……な、なぁ、おい?お、お前らも黙ってねぇで助けねぇか!」

「い、いや、それは……」

他の運び人達は身を寄せ合うようにして馬車の隅で固まったまま動けない。床を穿つ銃痕が、彼らの影を縫い留めているかのように。

そんな彼らからの救いもなく、今にも泣き出しそうな表情で半笑いを浮かべたダリウスに突き付けた拳銃のトリガーにヴァルツの指が掛かる。テンガロンハットの下から垣間見える彼を見下ろすヴァルツの眼差しは冷徹そのもの。トリガーを引くことに、彼は決して躊躇はしない。ダリウスは瞬時にそう察した。

「まぁ、そういうことなので。ウチでアルドゴート商会の方にはよくよく説明をしておきますから、後の事は任せて下さい。では……ここまでの道中、とてもお世話になりました」

「ひ、ひぃいいい……っ!」

冷たく言い放つアルトの言葉に恐れ慄くダリウスだが、もう彼を助ける者は誰もいなかった。トリガーに掛けられたヴァルツの指に力が込められ、今ゆっくりとトリガーを引きーーー

「お、俺が悪かったァッ!だから堪忍してーーー」

カチリと、トリガーが音を立てた。

「ぎゃあああああああーーーーーーーーーっ!!」

その瞬間、空を裂かんばかりにダリウスの悲鳴が木霊する。白目を向き、泡を吹いて横たわるダリウス。銃口を突き付けられたはずの額には、何故か風穴は開いていなかった。

「あらら……気絶しちゃってる。ヴァルツさん、新しい弾を装填してなかったんじゃないですか?ヴァルツさんにしては珍しいミスですね」

「…………」

ヴァルツは排莢し、改めて弾を込めた拳銃を一回転させてホルスターに納めた。恐らく、二人はダリウスに文字通り一泡吹かせるために一芝居打ったのだろう。即興の芝居にしてはやけに迫真だったような気もするが、きっとそのはずだ。多分。

「は、ははは……」

一部始終を目撃している内に涙も乾いて、薫は乾いた笑みを溢した。自分に対しては優しい二人だが、怒らせると実はギランに匹敵する怖さを持っているのかもしれない。薫は密かにそう思ったのだった。
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